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3 魔法学校の聖人候補
467 ロンガ親子の悪巧み
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467
「おいおいおい!! なんだか〝チェンチェン工房〟の様子がおかしいぞ」
ゴテゴテとしたデザインの値段だけは高そうなファー付きの毛皮のベストを着て、むっちりした指に指輪をジャラジャラとつけた小太りの男が〝ザイザロンガ工房〟へ駆け込んできた。
弟子たちを怒鳴りつけたり、物を投げつけたりしながら、作業台に向かっていたザイザロンガは、面倒くさそうに振り返り、やってきた男の方を向く。
「親父、なんだよ。俺はいま忙しいんだよ。〝鞍揃え〟用の新しい鞍を考えるのに必死なんだ!」
実際には、考えているのはいままさに怒鳴られたり物をぶつけられたりしている〝チェンチェン工房〟から、金で無理やり引っ張ってきた職人たちだったが、ザイザロンガの中ではそれは彼が考えていることになっているらしい。
魔法関連施設を除けば、セルツ唯一の知られた産業である革製品の問屋はいくつかあるが、〝ロンガロンガ〟工房の主人、ザイザロンガの父親であるマバロンガは、この街で一番大きな革問屋を経営している。この街では羽振りの良い名士ではあるが、その影響力は限定的だ。なぜなら、この街には〝チェンチェン工房〟という、国中に名の通った有名な革工房があるからだ。彼らの影響力そして信用力はこの街では不動のもので、革の価格も流行の流れも、すべては〝チェンチェン工房〟主導で決まってしまい、革問屋主導で旨味のある商売をすることはなかなかできない状況だった。
だからこそマバロンガは〝チェンチェン工房〟の親方の死に乗じて、工房ごと根こそぎ奪い取り新しい工房を開く、という三男ザイザロンガの話に乗った。少なくない資金を出し〝チェンチェン工房〟に負けない大きさのこの工房を突貫で建てさせ、すぐに仕事を始めさせた。
「親父のところから革はもう買えないんだから〝鞍揃え〟に使えるような上等な革を大量に買いつけるのは時間的にも資金的にも無理だろう?心配ないぜ」
自分がそう仕組んだのだから、間違いないとばかりに鼻を鳴らすザイザロンガを、マバロンガは怒鳴りつけた。
「バカヤロウ! 自分で見てきやがれ!! 〝チェンチェン工房〟には朝からずっと革を叩く槌音が響いているし、忙しそうに働いてるぞ!」
「え、はぁ? そんなバカな……」
慌てて立ち上がったザイザロンガとマバロンガは、コソコソと〝チェンチェン工房〟へと忍び寄り中の様子を窓から覗き見た。
そこには大量に積み上げられた革を忙しそうに選びながら処理しているプーアと職人たちの姿があった。あれから雇い入れたのか、下働きの弟子の数も増えている。
ザイザロンガは小さな声で、それを指差しながら父親を責めた。
「どういうことなんだよ、親父!! この街の革問屋は全部抑えたんじゃなかったのかよ!! あいつら、立派な革がたっぷりあるじゃねーか! 誰が売ったんだよぉ」
今後の取引を盾に脅しをかけた上、金まで握らせて抑え込んでいるこの街の革問屋がマバロンガの店を裏切るとは到底考えられなかった。
「もちろん、革問屋たちには目を光らせておるし、第一、これだけの量の高級皮革がこの街で動けば、ワシが知らずに済むわけがなかろう。……しかしいい品だ。遠目だがここに置かれている革は品質も種類もうちの店以上かもしれん。魔術師横丁のババアが孫みたいな子供と何度か訪ねてきていたらしいが、あのババアが革の買い付けに動いたって話も聞いてねぇしな。なら、一体どこから……」
わけがわからず戸惑うマバロンガを残して、工房の裏に回ったザイザロンガは井戸の水汲みに来た入ったばかりらしい下働きの少年を呼び止め、その太い腕でいきなり胸ぐらを掴んで締め上げた。
「おい! 小僧、あの革はなんだ! どこから仕入れた!! 密輸品じゃないだろうな!」
すっかり怯えた少年は、先代と付き合いのあったイスの商人から買い付けたらしい、と答えた。
「イスだとぉ!! そんな知り合いがいるなんて親方から一度も聞いたことがないぞ! 第一、イスからここまで運んでくるにしても、こんな短期間では無理だろうが!!本当なのか、おい!」
「ああ、本当だとも」
泣きそうな少年をさらに締め上げて聞き出そうとするザイザロンガの腕を、プーアが掴んで振りほどき少年を助け出す。
「うちの子に乱暴はやめてくれないか。第一革工房が革を買い集めるのは、当たり前だろう。何が問題なんだ」
後ろからマバロンガも口を出す。
「〝鞍揃え〟は、高貴な方々がお乗りになる鞍を披露する催しだ。そんな素性の知れない汚らしい怪しい革なぞ使ったものを出品されては困るんだよ。名門の工房に公衆の面前で恥はかかせたくないからね」
(やっぱりメイロードさまのおっしゃった通りの嫌がらせだな)
プーアは、メイロードの想定通りの行動に出てくる元兄弟子を冷ややかに見ていた。
「そんな心配はしてもらわなくとも結構だ。取引については正当な手順で、きっちりと行われている。それも〝鞍揃え〟の時になれば説明するさ。さあ、こっちは人数が少なくて忙しいんだ、帰ってくれ!」
親方の死後から続いていた意気消沈した様子もなくなり堂々としたプーアの態度に、今まで兄弟子をかさにきて影でいじめ続けていたザイザロンガは、唇を噛んだ。
「生意気な小僧がぁ!」
掴みかかろうとする息子を、ここで問題を起こしてはまずいとマバロンガがなだめ、そのまま散々悪態をつきながらふたりは自分の店へと戻っていった。
頭に湯気を立ててブリブリ怒りながら工房へ戻った親子は、こうなったらもう少し〝鞍揃え〟のために動く必要があると考え、ふたりでひそひそと何かを相談し始めた。
ソーヤが大量のおにぎりをばくばく食べながら横でその悪巧みをすべて聞いているとも知らずに……
「おいおいおい!! なんだか〝チェンチェン工房〟の様子がおかしいぞ」
ゴテゴテとしたデザインの値段だけは高そうなファー付きの毛皮のベストを着て、むっちりした指に指輪をジャラジャラとつけた小太りの男が〝ザイザロンガ工房〟へ駆け込んできた。
弟子たちを怒鳴りつけたり、物を投げつけたりしながら、作業台に向かっていたザイザロンガは、面倒くさそうに振り返り、やってきた男の方を向く。
「親父、なんだよ。俺はいま忙しいんだよ。〝鞍揃え〟用の新しい鞍を考えるのに必死なんだ!」
実際には、考えているのはいままさに怒鳴られたり物をぶつけられたりしている〝チェンチェン工房〟から、金で無理やり引っ張ってきた職人たちだったが、ザイザロンガの中ではそれは彼が考えていることになっているらしい。
魔法関連施設を除けば、セルツ唯一の知られた産業である革製品の問屋はいくつかあるが、〝ロンガロンガ〟工房の主人、ザイザロンガの父親であるマバロンガは、この街で一番大きな革問屋を経営している。この街では羽振りの良い名士ではあるが、その影響力は限定的だ。なぜなら、この街には〝チェンチェン工房〟という、国中に名の通った有名な革工房があるからだ。彼らの影響力そして信用力はこの街では不動のもので、革の価格も流行の流れも、すべては〝チェンチェン工房〟主導で決まってしまい、革問屋主導で旨味のある商売をすることはなかなかできない状況だった。
だからこそマバロンガは〝チェンチェン工房〟の親方の死に乗じて、工房ごと根こそぎ奪い取り新しい工房を開く、という三男ザイザロンガの話に乗った。少なくない資金を出し〝チェンチェン工房〟に負けない大きさのこの工房を突貫で建てさせ、すぐに仕事を始めさせた。
「親父のところから革はもう買えないんだから〝鞍揃え〟に使えるような上等な革を大量に買いつけるのは時間的にも資金的にも無理だろう?心配ないぜ」
自分がそう仕組んだのだから、間違いないとばかりに鼻を鳴らすザイザロンガを、マバロンガは怒鳴りつけた。
「バカヤロウ! 自分で見てきやがれ!! 〝チェンチェン工房〟には朝からずっと革を叩く槌音が響いているし、忙しそうに働いてるぞ!」
「え、はぁ? そんなバカな……」
慌てて立ち上がったザイザロンガとマバロンガは、コソコソと〝チェンチェン工房〟へと忍び寄り中の様子を窓から覗き見た。
そこには大量に積み上げられた革を忙しそうに選びながら処理しているプーアと職人たちの姿があった。あれから雇い入れたのか、下働きの弟子の数も増えている。
ザイザロンガは小さな声で、それを指差しながら父親を責めた。
「どういうことなんだよ、親父!! この街の革問屋は全部抑えたんじゃなかったのかよ!! あいつら、立派な革がたっぷりあるじゃねーか! 誰が売ったんだよぉ」
今後の取引を盾に脅しをかけた上、金まで握らせて抑え込んでいるこの街の革問屋がマバロンガの店を裏切るとは到底考えられなかった。
「もちろん、革問屋たちには目を光らせておるし、第一、これだけの量の高級皮革がこの街で動けば、ワシが知らずに済むわけがなかろう。……しかしいい品だ。遠目だがここに置かれている革は品質も種類もうちの店以上かもしれん。魔術師横丁のババアが孫みたいな子供と何度か訪ねてきていたらしいが、あのババアが革の買い付けに動いたって話も聞いてねぇしな。なら、一体どこから……」
わけがわからず戸惑うマバロンガを残して、工房の裏に回ったザイザロンガは井戸の水汲みに来た入ったばかりらしい下働きの少年を呼び止め、その太い腕でいきなり胸ぐらを掴んで締め上げた。
「おい! 小僧、あの革はなんだ! どこから仕入れた!! 密輸品じゃないだろうな!」
すっかり怯えた少年は、先代と付き合いのあったイスの商人から買い付けたらしい、と答えた。
「イスだとぉ!! そんな知り合いがいるなんて親方から一度も聞いたことがないぞ! 第一、イスからここまで運んでくるにしても、こんな短期間では無理だろうが!!本当なのか、おい!」
「ああ、本当だとも」
泣きそうな少年をさらに締め上げて聞き出そうとするザイザロンガの腕を、プーアが掴んで振りほどき少年を助け出す。
「うちの子に乱暴はやめてくれないか。第一革工房が革を買い集めるのは、当たり前だろう。何が問題なんだ」
後ろからマバロンガも口を出す。
「〝鞍揃え〟は、高貴な方々がお乗りになる鞍を披露する催しだ。そんな素性の知れない汚らしい怪しい革なぞ使ったものを出品されては困るんだよ。名門の工房に公衆の面前で恥はかかせたくないからね」
(やっぱりメイロードさまのおっしゃった通りの嫌がらせだな)
プーアは、メイロードの想定通りの行動に出てくる元兄弟子を冷ややかに見ていた。
「そんな心配はしてもらわなくとも結構だ。取引については正当な手順で、きっちりと行われている。それも〝鞍揃え〟の時になれば説明するさ。さあ、こっちは人数が少なくて忙しいんだ、帰ってくれ!」
親方の死後から続いていた意気消沈した様子もなくなり堂々としたプーアの態度に、今まで兄弟子をかさにきて影でいじめ続けていたザイザロンガは、唇を噛んだ。
「生意気な小僧がぁ!」
掴みかかろうとする息子を、ここで問題を起こしてはまずいとマバロンガがなだめ、そのまま散々悪態をつきながらふたりは自分の店へと戻っていった。
頭に湯気を立ててブリブリ怒りながら工房へ戻った親子は、こうなったらもう少し〝鞍揃え〟のために動く必要があると考え、ふたりでひそひそと何かを相談し始めた。
ソーヤが大量のおにぎりをばくばく食べながら横でその悪巧みをすべて聞いているとも知らずに……
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