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3 魔法学校の聖人候補
451 岐路に立つ貴族たち
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451
「それは……確かにツライ罰になるでしょうな……」
グッケンス博士の提案は、会議の出席者一堂に驚きを与え、皆その罰の重さに沈黙した。
今回の一年生の成績上位者たちによる、合宿での危険行為に対する懲罰決定会議は、冬休みに入るとすぐ開かれた。
それは今回の懲罰対象者に関係する上級貴族の家々から〝早くどうなるのか教えてくれ〟という圧力が凄まじかったせいだが、学校側としても早く決着をつけたい気持ちがあったので、年末の忙しい時期ではあったが、関係者はすぐに集められた。
会議で出された案は、反省文の提出、短期の出席停止、停学、退学といったもので、貴族たちと波風を立てたくない者たちは、なるべく軽い罰にしようとしたが、今回ばかりは彼らの意見は通らなかった。
何より、今回の事件の裁定には、グッケンス博士の意見が最も重要視されることは、すでに決まっており、今回の成績上位者たちの行動に激怒していた彼がそんな〝甘い〟裁定を下すことなど、誰もがありえないとわかっていた。
そして、グッケンス博士の提案を受け下った判決は、会議が終わるとすぐに待っていた学生たちへと伝えられることとなった。
裁定を待つ学生たちは、重傷を負ったにもかかわらず、いづれも高価な魔法薬と手厚い看護のおかげで後遺症もなく、すでに皆歩ける程度には回復していた。まだ、精神的に不安定な者や痛みが残っている学生もあるようだが、どの子も自分たちへの処分がよほど気になるとみえて、全員が今回の事件に対する懲罰について言い渡されるのを、無言のまま決定会議が行われているとなりの会議室で待っていた。
どの子にも数人の使用人が傅き、まだ本調子ではない主人のため暖かい上着を用意したり、お茶を入れ替えたり、不安を口にする主人を慰めたり、皆甲斐甲斐しく世話を焼いている。
会議室の扉が開き、現れた会議の取りまとめ役である事務局局長フォド・ソロンは一枚の紙を取り出すと、彼らの前で読み上げた。
「諸君らの今回の行動は、栄光あるシド帝国国立魔法学校の学生として恥ずべきものである。本来ならば、退学をも視野に入れた重い罰を課すところではあるが、未来ある諸君らに国家魔術師への道を閉ざすのは、国家の損失でもあるし、魔法学校としても本意ではない。従って、諸君らにはふたつの道を用意した。
どちらを選ぶかは諸君らの意思に任せよう」
学生たちが息を呑む音だけが聞こえる部屋で、ソロン局長はこう続けた。
「まず諸君らの〝成績上位者特権〟は、すべてなくなる。成績に関係なく、今後は一般の学生とともに一般寮で卒業まで過ごすのだ。もちろん家からの度を超えた援助もなしだ。一般の学生たち以上の金品のやり取りも一切禁止する。
もしくは1年間の停学を選択してもよい。今から行使されるため、二年二学期までの停学となる。もちろん、まだ完了していない《基礎魔法講座》も一からやり直しだ」
その言葉を聞いて、学生たちは一気にざわざわと話し始めた。
「え、どういうことですの? 私たちに第一寮を出ろとおっしゃいますの? それも従者も連れずに?」
「貴族の生活は従者がいなくては成り立たない。そんなことができるわけがないだろう!」
「いや、そんなの無理!」
ざわつく学生たちの前にグッケンス博士が進み出る。
「ならば、1年間停学するがいい。そして、考えるのだ。何が間違っていたのかをな」
これはかなり意地悪な二択だ。魔法学校で長期停学になる、これは貴族にとってはトップ・エリートからの脱落を意味する。なぜなら、停学によりダブった生徒は、その科目を再度取り直す時、基礎点を減点されてしまうからだ。従って停学からの復帰後に第一寮に入れる保証もないし、この減点は卒業までついて回る。
さらに〝停学になった〟という事実は、今回の顛末とともに貴族社会に流布され、長く汚名としてその身に降りかかることとなり、将来の彼らの就職や昇進にも影響する。貴族社会に生きる彼らは、その重さをよくわかっている。
「停学? そんなことが選べるわけがない……」
唇を噛みしめる学生たちの様子を冷ややかに見て、グッケンス博士はこう続けた。
「君たちはたまたま全員上級貴族の子弟に生まれた故に、今ここにいる。普通の学生たちには手に入れることも難しい高価な《魔法薬》を瞬時に手に入れてもらいそれを使って治療され、召使いたちに寝ずの番で看病されて、あの血まみれ状態から数日でここまで回復した。それは、君らの力ではない、そのことに気づきなさい」
「解ってますわ。でも、私たちは貴族なのです。たとえ魔法学校にあっても、貴族として生きねばなりませんし、社交をせずにも過ごせません」
泣きながらも、慈悲を訴える車椅子の少女に、さらに冷たく博士は言う。
「なるほど……だが、あの場にわしがいなければ、その社交をする者はここには誰もいないのではないのか?
よいか、もう少し我々が気づくのが遅ければ、間違いなくお前たちは、あの銀の狼たちに食われて全員死んでいたのだぞ! 死者が社交か、片腹痛いわ!」
女子学生の何人かは、これからの生活への不安なにぐずぐずと泣き続けた。
だが、自分たちを命がけで助けてくれた恩人、グッケンス博士の言葉は重かった。そして、ひとりで(実際は違うが)銀狼たちと戦いながら彼らを守りきった特級魔術師から、彼らの甘さをこうもきっぱり断罪されては、もう彼らには反抗できる言葉がなかった。
「一年生のための第一寮は一時的に閉鎖する。残るにせよ、去るにせよ、冬休みの間に移動するように……」
ソロン局長の言葉とともに、グッケンス博士たちは去り、後には苦しい岐路に立たされた嗚咽することしかできない学生たちだけが残された。
「それは……確かにツライ罰になるでしょうな……」
グッケンス博士の提案は、会議の出席者一堂に驚きを与え、皆その罰の重さに沈黙した。
今回の一年生の成績上位者たちによる、合宿での危険行為に対する懲罰決定会議は、冬休みに入るとすぐ開かれた。
それは今回の懲罰対象者に関係する上級貴族の家々から〝早くどうなるのか教えてくれ〟という圧力が凄まじかったせいだが、学校側としても早く決着をつけたい気持ちがあったので、年末の忙しい時期ではあったが、関係者はすぐに集められた。
会議で出された案は、反省文の提出、短期の出席停止、停学、退学といったもので、貴族たちと波風を立てたくない者たちは、なるべく軽い罰にしようとしたが、今回ばかりは彼らの意見は通らなかった。
何より、今回の事件の裁定には、グッケンス博士の意見が最も重要視されることは、すでに決まっており、今回の成績上位者たちの行動に激怒していた彼がそんな〝甘い〟裁定を下すことなど、誰もがありえないとわかっていた。
そして、グッケンス博士の提案を受け下った判決は、会議が終わるとすぐに待っていた学生たちへと伝えられることとなった。
裁定を待つ学生たちは、重傷を負ったにもかかわらず、いづれも高価な魔法薬と手厚い看護のおかげで後遺症もなく、すでに皆歩ける程度には回復していた。まだ、精神的に不安定な者や痛みが残っている学生もあるようだが、どの子も自分たちへの処分がよほど気になるとみえて、全員が今回の事件に対する懲罰について言い渡されるのを、無言のまま決定会議が行われているとなりの会議室で待っていた。
どの子にも数人の使用人が傅き、まだ本調子ではない主人のため暖かい上着を用意したり、お茶を入れ替えたり、不安を口にする主人を慰めたり、皆甲斐甲斐しく世話を焼いている。
会議室の扉が開き、現れた会議の取りまとめ役である事務局局長フォド・ソロンは一枚の紙を取り出すと、彼らの前で読み上げた。
「諸君らの今回の行動は、栄光あるシド帝国国立魔法学校の学生として恥ずべきものである。本来ならば、退学をも視野に入れた重い罰を課すところではあるが、未来ある諸君らに国家魔術師への道を閉ざすのは、国家の損失でもあるし、魔法学校としても本意ではない。従って、諸君らにはふたつの道を用意した。
どちらを選ぶかは諸君らの意思に任せよう」
学生たちが息を呑む音だけが聞こえる部屋で、ソロン局長はこう続けた。
「まず諸君らの〝成績上位者特権〟は、すべてなくなる。成績に関係なく、今後は一般の学生とともに一般寮で卒業まで過ごすのだ。もちろん家からの度を超えた援助もなしだ。一般の学生たち以上の金品のやり取りも一切禁止する。
もしくは1年間の停学を選択してもよい。今から行使されるため、二年二学期までの停学となる。もちろん、まだ完了していない《基礎魔法講座》も一からやり直しだ」
その言葉を聞いて、学生たちは一気にざわざわと話し始めた。
「え、どういうことですの? 私たちに第一寮を出ろとおっしゃいますの? それも従者も連れずに?」
「貴族の生活は従者がいなくては成り立たない。そんなことができるわけがないだろう!」
「いや、そんなの無理!」
ざわつく学生たちの前にグッケンス博士が進み出る。
「ならば、1年間停学するがいい。そして、考えるのだ。何が間違っていたのかをな」
これはかなり意地悪な二択だ。魔法学校で長期停学になる、これは貴族にとってはトップ・エリートからの脱落を意味する。なぜなら、停学によりダブった生徒は、その科目を再度取り直す時、基礎点を減点されてしまうからだ。従って停学からの復帰後に第一寮に入れる保証もないし、この減点は卒業までついて回る。
さらに〝停学になった〟という事実は、今回の顛末とともに貴族社会に流布され、長く汚名としてその身に降りかかることとなり、将来の彼らの就職や昇進にも影響する。貴族社会に生きる彼らは、その重さをよくわかっている。
「停学? そんなことが選べるわけがない……」
唇を噛みしめる学生たちの様子を冷ややかに見て、グッケンス博士はこう続けた。
「君たちはたまたま全員上級貴族の子弟に生まれた故に、今ここにいる。普通の学生たちには手に入れることも難しい高価な《魔法薬》を瞬時に手に入れてもらいそれを使って治療され、召使いたちに寝ずの番で看病されて、あの血まみれ状態から数日でここまで回復した。それは、君らの力ではない、そのことに気づきなさい」
「解ってますわ。でも、私たちは貴族なのです。たとえ魔法学校にあっても、貴族として生きねばなりませんし、社交をせずにも過ごせません」
泣きながらも、慈悲を訴える車椅子の少女に、さらに冷たく博士は言う。
「なるほど……だが、あの場にわしがいなければ、その社交をする者はここには誰もいないのではないのか?
よいか、もう少し我々が気づくのが遅ければ、間違いなくお前たちは、あの銀の狼たちに食われて全員死んでいたのだぞ! 死者が社交か、片腹痛いわ!」
女子学生の何人かは、これからの生活への不安なにぐずぐずと泣き続けた。
だが、自分たちを命がけで助けてくれた恩人、グッケンス博士の言葉は重かった。そして、ひとりで(実際は違うが)銀狼たちと戦いながら彼らを守りきった特級魔術師から、彼らの甘さをこうもきっぱり断罪されては、もう彼らには反抗できる言葉がなかった。
「一年生のための第一寮は一時的に閉鎖する。残るにせよ、去るにせよ、冬休みの間に移動するように……」
ソロン局長の言葉とともに、グッケンス博士たちは去り、後には苦しい岐路に立たされた嗚咽することしかできない学生たちだけが残された。
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