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3 魔法学校の聖人候補
408 薬作り合宿
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408
私の魔法学校生活は忙しくも楽しい日々だ。勉強も概ね順調に進んでいる。
すっかり仲良しになった貴族のクローナや優等生のオーライリは、そつなく〝基礎魔法講座〟を進め、テストも順調に合格を重ねているが、他のメンバーはやはりそう簡単にはいかないようで、日が経つに連れ徐々に差が開いてきている。
(みんな頑張ってね!)
私はというと、実技のテストを重ねるうちに出題傾向が把握できてきたので、最近は魔法の出力調整も板についてきて、うまいこと可もなく不可もない成績を保ちつつ、合格を続けている。低空飛行ながら、決して不合格にならない聴講生の存在は、ちょっと噂になってはいるが、そこはグッケンス博士の内弟子だから……ということで、大事にならず済んでいるようだ。
(ホント博士のご威光、ありがたいわぁ)
〝魔法薬研究会〟にも、定期的に顔を出している。
人前だと緊張して上手くいかないので……と言い訳をして、ノルマの《ポーション》は自室で作ったものを納品し、相変わらすひたすら資料を漁る日々だ。薬作りをほとんどせずにひたすら机にかじりついている私の姿を見て〝魔法薬研究会〟の人たちは、私が薬学の分野の研究職に進むつもりなのではないか、と思っているらしい。
だが特に非難されたりはしないし、ここは自主性に任せる主義らしく、聞けばなんでも教えてくれるが、ノルマさえ果たしていれば、あとは何も言われないので、とても気が楽だ。
部長のラビ先輩も温かく見守ってくれている。
そんな落ち着いた学校での日々だったのだが、ある日〝魔法薬研究会〟から、全部員に緊急招集がかかった。
そして集まった部員たちの前で厳しい顔のラビ部長はこう言った。
「どうやら、パレス北西の湿地帯でゴブリンが大量に湧いたらしい。討伐隊がパレスから出動したようだが、数が多く苦戦が予想されるとのことだ」
ゴブリンは、人型の精霊種だが、生存本能だけの存在だ。集団で周囲の動植物を喰らい尽くしながら移動する。人と当たれば、人にも同じように危害を加える。彼らには人すらただの捕食対象だ。沼地など悪い冷気が溜まった場所で湧きやすく、時に大量に発生して人々を苦しめたりもする面倒な連中だ。
精霊に属してはいるが、実態を持ち物理的な攻撃が有効なため、対処法は対人戦闘と変わらないが、敏捷で武器も使え、ある程度集団行動をしてくるため、数が増えれば制圧にはかなりの人員が必要となる。
「今回は1万に近い大集団らしくてね。どうやらここ数十年で一番手強い相手らしい。兵士も近隣の農民からの義勇軍を含めると3万人近く移動するらしいから、《ポーション》はいくらあっても足りないそうだ。しかも、まだ一部だがすでに戦端は切られていて一刻の猶予もない」
ラビ部長はため息をつきながら、在庫の確認をしている。
2300本は在庫で確保しているそうだが、軍部からの要請では最低でも4000本欲しいのだそうだ。さすがに、それは無茶だと言ってはみたらしいが、数日余裕を増やしてくれただけで、本数を減らしてくれる様子はないらしい。
「先生方にも、個人所有のポーションの供出をお願いしているから、もう2、300本は確保できるだろうけど、それでも1000本以上足りないんだ」
そういう事情で、これからラビ部長を始めとする〝魔法薬研究会〟の主要な部員たちは学校公認の合宿に入るそうだ。なんでもひとりではなく分担して同じ薬を作ることで、作業効率が上げられるそうだ。特にポーション系については〝魔法薬研究会〟独自の分業方法なども研究されているそうで、非常時には合宿して大量生産を行うという。
「これも、たくさんの魔法使いが1箇所に集まっている魔法学校だからできる方法なんだけどね。それでも今回はかなりきつい作業になるから、マリスさんも合宿は無理でも、少しでも顔を出して手伝ってもらいたいんだけど、ダメかな」
普段、部室で文献を散々読ませてもらっている身としては、ここまで言われて、行けませんとはさすがに言いにくいが、私の《ポーション》作成を人前で何度も行うのは気乗りがしない。
「では、私がこれまで練習のために作って、マジックバッグへストックしてある《ポーション》を提供させて下さい。正確な数は分かりませんが、500本はあると思いますから……」
「ご、500!!そ、それは有難いけど、いいのかい。何かのためにストックしてあるんじゃないのかい?」
「いえいえ、私は子供の頃から薬屋さんの手伝いをしながら練習を積んでいましたので、いつの間にか数が増えてしまっただけのことです。マジックバッグに保管しているので、品質には問題ないと思います。どうぞお役に立てて下さい」
苦し紛れの提案だったのだが、意外なことにラビ部長は、突然私の手を握り、真剣な顔でこう言った。
「ありがとう。やはり、君は魔法薬作りに真摯に取り組んでいたんだね。部室で全く薬作りをしている様子がないので、やる気がなさすぎるという意見もあったんだが、あれだけ熱心に文献を読んで勉強をしているのだから、そんなことはないはずだと僕は言っていたんだ。500本の《ポーション》を作るまで練習を続けるのは並大抵の努力じゃないよ。やはり、見えないところで日々研鑽を積んでいたんだね」
(あー、やっぱり、そう思われてたんだ)
何も言わない先輩方も〝魔法薬研究会〟に出入りしながら全然薬作りをしない私のことを、やっぱりちょっと奇異な目で見ていたようだ。仕方がないことだが……
私は後で500本の《ポーション》を届けることを約束して、その場を離れた。
(さて、じゃ不足分があったらこれから作って、今日の夜にでも届けますか)
合宿への参加を逃げるためだったのだけれど、部長は良い方へ解釈してくれたようなので、結果オーライだ。ストックもかなりの数があるし、足りなければ〝生産〟するだけ。
「夜食ぐらい差し入れしましょうかねぇ」
消化の良い夜食を考えながら、私はグッケンス博士の研究棟へ戻っていった。
私の魔法学校生活は忙しくも楽しい日々だ。勉強も概ね順調に進んでいる。
すっかり仲良しになった貴族のクローナや優等生のオーライリは、そつなく〝基礎魔法講座〟を進め、テストも順調に合格を重ねているが、他のメンバーはやはりそう簡単にはいかないようで、日が経つに連れ徐々に差が開いてきている。
(みんな頑張ってね!)
私はというと、実技のテストを重ねるうちに出題傾向が把握できてきたので、最近は魔法の出力調整も板についてきて、うまいこと可もなく不可もない成績を保ちつつ、合格を続けている。低空飛行ながら、決して不合格にならない聴講生の存在は、ちょっと噂になってはいるが、そこはグッケンス博士の内弟子だから……ということで、大事にならず済んでいるようだ。
(ホント博士のご威光、ありがたいわぁ)
〝魔法薬研究会〟にも、定期的に顔を出している。
人前だと緊張して上手くいかないので……と言い訳をして、ノルマの《ポーション》は自室で作ったものを納品し、相変わらすひたすら資料を漁る日々だ。薬作りをほとんどせずにひたすら机にかじりついている私の姿を見て〝魔法薬研究会〟の人たちは、私が薬学の分野の研究職に進むつもりなのではないか、と思っているらしい。
だが特に非難されたりはしないし、ここは自主性に任せる主義らしく、聞けばなんでも教えてくれるが、ノルマさえ果たしていれば、あとは何も言われないので、とても気が楽だ。
部長のラビ先輩も温かく見守ってくれている。
そんな落ち着いた学校での日々だったのだが、ある日〝魔法薬研究会〟から、全部員に緊急招集がかかった。
そして集まった部員たちの前で厳しい顔のラビ部長はこう言った。
「どうやら、パレス北西の湿地帯でゴブリンが大量に湧いたらしい。討伐隊がパレスから出動したようだが、数が多く苦戦が予想されるとのことだ」
ゴブリンは、人型の精霊種だが、生存本能だけの存在だ。集団で周囲の動植物を喰らい尽くしながら移動する。人と当たれば、人にも同じように危害を加える。彼らには人すらただの捕食対象だ。沼地など悪い冷気が溜まった場所で湧きやすく、時に大量に発生して人々を苦しめたりもする面倒な連中だ。
精霊に属してはいるが、実態を持ち物理的な攻撃が有効なため、対処法は対人戦闘と変わらないが、敏捷で武器も使え、ある程度集団行動をしてくるため、数が増えれば制圧にはかなりの人員が必要となる。
「今回は1万に近い大集団らしくてね。どうやらここ数十年で一番手強い相手らしい。兵士も近隣の農民からの義勇軍を含めると3万人近く移動するらしいから、《ポーション》はいくらあっても足りないそうだ。しかも、まだ一部だがすでに戦端は切られていて一刻の猶予もない」
ラビ部長はため息をつきながら、在庫の確認をしている。
2300本は在庫で確保しているそうだが、軍部からの要請では最低でも4000本欲しいのだそうだ。さすがに、それは無茶だと言ってはみたらしいが、数日余裕を増やしてくれただけで、本数を減らしてくれる様子はないらしい。
「先生方にも、個人所有のポーションの供出をお願いしているから、もう2、300本は確保できるだろうけど、それでも1000本以上足りないんだ」
そういう事情で、これからラビ部長を始めとする〝魔法薬研究会〟の主要な部員たちは学校公認の合宿に入るそうだ。なんでもひとりではなく分担して同じ薬を作ることで、作業効率が上げられるそうだ。特にポーション系については〝魔法薬研究会〟独自の分業方法なども研究されているそうで、非常時には合宿して大量生産を行うという。
「これも、たくさんの魔法使いが1箇所に集まっている魔法学校だからできる方法なんだけどね。それでも今回はかなりきつい作業になるから、マリスさんも合宿は無理でも、少しでも顔を出して手伝ってもらいたいんだけど、ダメかな」
普段、部室で文献を散々読ませてもらっている身としては、ここまで言われて、行けませんとはさすがに言いにくいが、私の《ポーション》作成を人前で何度も行うのは気乗りがしない。
「では、私がこれまで練習のために作って、マジックバッグへストックしてある《ポーション》を提供させて下さい。正確な数は分かりませんが、500本はあると思いますから……」
「ご、500!!そ、それは有難いけど、いいのかい。何かのためにストックしてあるんじゃないのかい?」
「いえいえ、私は子供の頃から薬屋さんの手伝いをしながら練習を積んでいましたので、いつの間にか数が増えてしまっただけのことです。マジックバッグに保管しているので、品質には問題ないと思います。どうぞお役に立てて下さい」
苦し紛れの提案だったのだが、意外なことにラビ部長は、突然私の手を握り、真剣な顔でこう言った。
「ありがとう。やはり、君は魔法薬作りに真摯に取り組んでいたんだね。部室で全く薬作りをしている様子がないので、やる気がなさすぎるという意見もあったんだが、あれだけ熱心に文献を読んで勉強をしているのだから、そんなことはないはずだと僕は言っていたんだ。500本の《ポーション》を作るまで練習を続けるのは並大抵の努力じゃないよ。やはり、見えないところで日々研鑽を積んでいたんだね」
(あー、やっぱり、そう思われてたんだ)
何も言わない先輩方も〝魔法薬研究会〟に出入りしながら全然薬作りをしない私のことを、やっぱりちょっと奇異な目で見ていたようだ。仕方がないことだが……
私は後で500本の《ポーション》を届けることを約束して、その場を離れた。
(さて、じゃ不足分があったらこれから作って、今日の夜にでも届けますか)
合宿への参加を逃げるためだったのだけれど、部長は良い方へ解釈してくれたようなので、結果オーライだ。ストックもかなりの数があるし、足りなければ〝生産〟するだけ。
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