200 / 837
3 魔法学校の聖人候補
389 少しだけ先にきっと……
しおりを挟む
389
それから私は、暫くの間図書館の主と化した。
貴重な書籍のある書架の近くの机にどっかりと座り、朝から晩まで書物を取っ替え引っ替え。
この場所は、許可なく閲覧することはできない貴重な蔵書の書架しかないため、ほぼ人がおらず、主のように張り付いていてもあまり目立たないのが救いだった。
とはいえ、毎日ずっと図書館にいる私の姿は、それなりに噂にはなっていたようだ。
〝グッケンス博士の新しい研究の準備のための文献収集らしい〟とか
〝お掃除魔法について論文を書いて最年少の国家認定魔法学研究者になるらしい〟とか
〝魔法使いになることを諦めて、古文書研究家になった〟とか
授業にも最小限しか出なくなって、クラスメイトとの接点もほぼなくなっているので、噂だけが一人歩きしている。
教室でトルルと会ったときには、ちょっと個人的な興味で始めた研究が面白くなっているだけだ、と弁明はしたのだけれど、その内容については詳しく話すわけにもいかないので、どうにもごまかしている感じが拭えないのも確かだ。
でも、あの備忘録を読んでから、目立たないようにしようとか、どうでもよくなってきている。
そんなことを気にして《白魔法》の再現が遅れることこそ憂うべきだ。
私には、この研究ができるのはこの世界で自分だけだ、という確信が不思議なほどはっきりとある。色々な符号を考えると、はっきりと私にしか無理だと思えるのだ。
あの難解な古文書を解読することが可能で、ありえないほどの膨大な魔法力を持ち《聖魔法》が使える、これだけの条件が揃った人間は、この世界にまずいないだろう。
(もう、これ私がやるしかないじゃん!)
私はまず備忘録の内容の裏付けを取ることにした。
大変古い個人の備忘録なので、欠損部分もあり、内容が前後している箇所も多く、年代も曖昧なため、まずは文献に当たって史実に照らし合わせ、時系列をはっきりさせつつ、備忘録だけでは不十分な情報をできる限り補った。
《火の竜》を退治した英雄王については、多くの記述が残されていたため、古い文章で読みづらいものが多かったものの、かなり詳細に知ることができた。
英雄王は大変《白魔法》を重要視していたようだ。
〝彼〟が残した弟子たちも重用し、また、終生〝彼〟を探す手を緩めることはなかったという。
皮肉なことだが、この大事にされ過ぎた弟子たちは、《白魔法》を囲い込み、伝える相手を極端に制限し始める。
最初は〝彼〟への尊敬や神聖視する傾向から始まったもので、その難しさから習得を諦めるものが多かったせいでもあった。
だが、選ばれたその少数精鋭の弟子たちに《白魔法》を引き継ぐうちに、選民思想に支配され始め増長したり、逆に《白魔法》を私欲のために利用しようとして堕落して聖性を失い、結果その力を弱めていくことになった。
しかもすでに医師としての真摯さを失っていた彼らには、《白魔法》の効果が弱まり続ける理由は分からず、ただなす術なく衰退するに任せ、尊大な心のまま《白魔法》を使い続けた。
その頃から、文献には《白魔法》使いの悪事や失敗についての話が増えていく。
命を人質に取るような最低な行為をしたとされる悪徳医師の話も、ひとつやふたつではない。
この頃には《白魔法》使いを騙る者も出始めており、評判の悪化に更に拍車がかかっていた。
(ああ、これはもうダメだ……)
調べながら、私は暗澹たる気持ちになっていった。
だが、それと同時に、これは仮に《白魔法》が復活できた場合、それをどう広めていくかの貴重な失敗例でもある。
これを教訓に生かさなければ、長い時を超え、この魔法を復活させる意味がない。
1ヶ月程かけて座学をまとめ上げた私は、《白魔法》習得のための実験を始めることに決めた。
絶対に人に見られるわけにはいかないので、セイリュウのいる霊山の山頂にある聖域に暫く籠るつもりで、興奮気味にグッケンス博士に、《白魔法》実験を始めたい、と告げたところ、博士は私にこう言った。
「その猪突猛進はあまり感心せんな。良いか、メイロード。お前のしようとしていることは、長い年月誰もなし得なかったとてつもなく難しい技術の復活なのだ。確かにお前さんには有り余る魔法力はある。だが、技術面ではまだまだ知らぬことが多すぎる。
今すぐ実験を始めても、時間ばかりが掛かり効率が悪いと思わんか」
「でも……」
不服顔の私に、グッケンス博士は笑いながらこう言った。
「数千年も前に一度は滅んだ魔法じゃ。今更、数年の遅延を気にしてどうなる。
それにな、滅びた魔法を再び作り上げるのはそう簡単なことではないのだ。
遠回りに見えるかも知れんが、今は技術を積むことが、一番の近道になるのだよ」
自らも研究者であるグッケンス博士の言葉は重く、その道の険しさを私に自覚させてくれた。
(ああ、私はそれを学びたくて、この魔法学校へ来たんだった……)
「反省しました。精進します……」
私の《白魔法》熱は、博士の言葉で冷め、冷静さを取り戻すことができた。今はここで力をつけ、魔法創造に足る技術を身につけてから、挑戦することにしよう。
そう、それもそう遠い未来じゃないはず。
それから私は、暫くの間図書館の主と化した。
貴重な書籍のある書架の近くの机にどっかりと座り、朝から晩まで書物を取っ替え引っ替え。
この場所は、許可なく閲覧することはできない貴重な蔵書の書架しかないため、ほぼ人がおらず、主のように張り付いていてもあまり目立たないのが救いだった。
とはいえ、毎日ずっと図書館にいる私の姿は、それなりに噂にはなっていたようだ。
〝グッケンス博士の新しい研究の準備のための文献収集らしい〟とか
〝お掃除魔法について論文を書いて最年少の国家認定魔法学研究者になるらしい〟とか
〝魔法使いになることを諦めて、古文書研究家になった〟とか
授業にも最小限しか出なくなって、クラスメイトとの接点もほぼなくなっているので、噂だけが一人歩きしている。
教室でトルルと会ったときには、ちょっと個人的な興味で始めた研究が面白くなっているだけだ、と弁明はしたのだけれど、その内容については詳しく話すわけにもいかないので、どうにもごまかしている感じが拭えないのも確かだ。
でも、あの備忘録を読んでから、目立たないようにしようとか、どうでもよくなってきている。
そんなことを気にして《白魔法》の再現が遅れることこそ憂うべきだ。
私には、この研究ができるのはこの世界で自分だけだ、という確信が不思議なほどはっきりとある。色々な符号を考えると、はっきりと私にしか無理だと思えるのだ。
あの難解な古文書を解読することが可能で、ありえないほどの膨大な魔法力を持ち《聖魔法》が使える、これだけの条件が揃った人間は、この世界にまずいないだろう。
(もう、これ私がやるしかないじゃん!)
私はまず備忘録の内容の裏付けを取ることにした。
大変古い個人の備忘録なので、欠損部分もあり、内容が前後している箇所も多く、年代も曖昧なため、まずは文献に当たって史実に照らし合わせ、時系列をはっきりさせつつ、備忘録だけでは不十分な情報をできる限り補った。
《火の竜》を退治した英雄王については、多くの記述が残されていたため、古い文章で読みづらいものが多かったものの、かなり詳細に知ることができた。
英雄王は大変《白魔法》を重要視していたようだ。
〝彼〟が残した弟子たちも重用し、また、終生〝彼〟を探す手を緩めることはなかったという。
皮肉なことだが、この大事にされ過ぎた弟子たちは、《白魔法》を囲い込み、伝える相手を極端に制限し始める。
最初は〝彼〟への尊敬や神聖視する傾向から始まったもので、その難しさから習得を諦めるものが多かったせいでもあった。
だが、選ばれたその少数精鋭の弟子たちに《白魔法》を引き継ぐうちに、選民思想に支配され始め増長したり、逆に《白魔法》を私欲のために利用しようとして堕落して聖性を失い、結果その力を弱めていくことになった。
しかもすでに医師としての真摯さを失っていた彼らには、《白魔法》の効果が弱まり続ける理由は分からず、ただなす術なく衰退するに任せ、尊大な心のまま《白魔法》を使い続けた。
その頃から、文献には《白魔法》使いの悪事や失敗についての話が増えていく。
命を人質に取るような最低な行為をしたとされる悪徳医師の話も、ひとつやふたつではない。
この頃には《白魔法》使いを騙る者も出始めており、評判の悪化に更に拍車がかかっていた。
(ああ、これはもうダメだ……)
調べながら、私は暗澹たる気持ちになっていった。
だが、それと同時に、これは仮に《白魔法》が復活できた場合、それをどう広めていくかの貴重な失敗例でもある。
これを教訓に生かさなければ、長い時を超え、この魔法を復活させる意味がない。
1ヶ月程かけて座学をまとめ上げた私は、《白魔法》習得のための実験を始めることに決めた。
絶対に人に見られるわけにはいかないので、セイリュウのいる霊山の山頂にある聖域に暫く籠るつもりで、興奮気味にグッケンス博士に、《白魔法》実験を始めたい、と告げたところ、博士は私にこう言った。
「その猪突猛進はあまり感心せんな。良いか、メイロード。お前のしようとしていることは、長い年月誰もなし得なかったとてつもなく難しい技術の復活なのだ。確かにお前さんには有り余る魔法力はある。だが、技術面ではまだまだ知らぬことが多すぎる。
今すぐ実験を始めても、時間ばかりが掛かり効率が悪いと思わんか」
「でも……」
不服顔の私に、グッケンス博士は笑いながらこう言った。
「数千年も前に一度は滅んだ魔法じゃ。今更、数年の遅延を気にしてどうなる。
それにな、滅びた魔法を再び作り上げるのはそう簡単なことではないのだ。
遠回りに見えるかも知れんが、今は技術を積むことが、一番の近道になるのだよ」
自らも研究者であるグッケンス博士の言葉は重く、その道の険しさを私に自覚させてくれた。
(ああ、私はそれを学びたくて、この魔法学校へ来たんだった……)
「反省しました。精進します……」
私の《白魔法》熱は、博士の言葉で冷め、冷静さを取り戻すことができた。今はここで力をつけ、魔法創造に足る技術を身につけてから、挑戦することにしよう。
そう、それもそう遠い未来じゃないはず。
267
お気に入りに追加
13,119
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。