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3 魔法学校の聖人候補
385 参考書が作る未来
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385
達成度テストの結果は、合格者のみ、校内の最も目立つ場所にある掲示板に張り出されることになっている。
今期は1クラス35名の8クラス、それに聴講生数名が加わる。私も試験を受けるために一応クラス籍があり、トルルと同じクラスだ。
やっと終わったという安堵感もそこそこに、厳しい現実を突きつけられる試験合格者一覧が張り出された。
貴族の合格者たちは、皆受かって当然という雰囲気だが、それ以外の学生は一喜一憂どころか、阿鼻叫喚。叫んだり号泣したりと、受かった者も落ちた者も大騒ぎだった。
ごく一部の試験に落ちた貴族の子弟の真っ青具合も、これまた気の毒で、こちらは険しい顔で逃げるようにすぐ掲示板の前から去っていった。
(まぁ、プレッシャーキツイからねぇ……みんな大変だ)
そして、この悲喜こもごもの騒動が収まると、今度はザワザワと結果を訝しむ声が広がり始めた。
どのクラスも貴族出身の3、4名が順当に合格し、他3名ほどが合格するという例年通りの合格率を見せていたのだが、トルルのいるクラスだけは貴族以外の生徒が9名合格していたのだ。名前が各クラスごとに一列で表示されているため、トルルのクラスの突出具合は一目瞭然だった。
それは他のクラスの倍以上が合格という、誰が見ても異常な人数。もちろん教授陣の間でもこの1クラスのみに起こった合格率の異常な高さについては話題に上ったが、試験は衆人環視の中で行われており、何ら不正がないことは、周知の事実だったし、そもそも不正が入り込む余地があるような複雑な魔法でもない。
ただ魔法学校での初試験における平民出身者の大量合格は前例がなく、今回それが起こったその理由もまったくの不明。その不思議さに、学校中で噂が噂を呼ぶことになった。
トルルのクラスの担任であり、指導教官でもあるアヴィオン・トーキン助教授の元へも、かなりの問い合わせがあったものの、もちろん彼にもその理由は分からなかった。
「どうして!なぜ、あのクラスだけこんなに合格できてるの?そんなのおかしい!!」
「あの子たちと私たちのなにが違うの?」
そんな声があちこちで上がり、トルルのクラスは一躍注目されることとなった。
そして、当然だが、今回の達成度テストのこの結果にもっとも衝撃を受けていたのは、トルルのクラスの試験に受からなかった子たちだった。
今回このクラスから合格していたのは、どこのグループにも属さず派閥争いにまったく参加していなかった者に限られていた。
やがてクラス内の情報が集まり、その子たちを誘ってトルルが勉強会をしていた、ということが知れると、すぐにトルルのところにクラスの子達が殺到し、勉強会について根掘り葉掘り聞き出そうとし始めた。
トルルはいちいち答えるのは面倒だからと、日を決めて授業の後に事情を話すと彼らに告げ、次の日の放課後クラスのほぼ全員が、話を聞くために教室に集まった。
「じゃ、説明するね。確かに、何人かに声をかけて勉強会はしたよ。別にグループってわけじゃないし、適性もみんなバラバラな子達なのは、同じクラスだから知っているでしょ。
ただ、その勉強会は、この本を作るための研究とテストを兼ねているものだったの」
トルルが取り出したのは、サイデム商会出版部刊行の〝魔法参考書シリーズ初級編 <1 >イメージを作ろう!10種の基礎魔法の覚え方〟の出来上がったばかりの初版だった。
「私の知り合いがこの本の企画に携わっていた関係で、協力をお願いされたの。勉強にもなるしと思って、他のグループに属していなかった子たちに声をかけて、一緒に協力しながら勉強したの。それだけよ」
トルルは取り上げて中身を見ようとする子から、さっと本を取り上げるとこう言った。
「これは協力した記念に頂いた大事な本だから、お貸しすることはできないの。ごめんなさい。でも、近々、学校の売店で販売が始まるはずよ。もしかしたら、もう売っているかも……」
トルルの言葉に、今度は生徒たち、一斉に売店に向かって走り出す。
どうやら興味は完全に参考書の方へ移ったようだ。
すっかり人がまばらになった教室で、トルルが教室の隅にいた私の方へやってきた。
「あんな感じで良かった?
でも、マリスさんの名前を全然出さないのは、なんだか心苦しいわ」
私は微笑んで彼女をねぎらった。
「いえ、あれでいいんです。ありがとうございました。
それに、トルルは頑張ったじゃないですか。その成果が出ただけですよ。
協力して頂けたおかげで、いい本ができました。きっと次の試験では、たくさん合格者が出ますね」
「でも、なんだか不思議。あれだけ悩んで苦しんでいた10種の魔法試験に一度で合格できたなんて、本当に夢みたい。今回の勉強会に参加できて本当に良かった。できればこれからも協力させて欲しいんだけど……」
私は申し訳なさそうに、トルルに答える。
「今回は、最初のケースだったので、こういう方法を使いましたが、今後はサイデム商会に専門部署が出来るので、そこがデータ収集をすることになると思いますよ」
この〝魔法参考書〟事業、私や博士は影で関わっていくだろうが、あくまでサイデム商会の仕事として継続的に刊行されていく予定のため、これからは少し魔法学校の生徒からは距離を置き、今回のフォーマットを使って、更に庶民寄りのデータを収集しつつ改訂していくことになっている。
「そうなんだ……じゃ、これからは、私も参考書を買って勉強することになるね。うん、でもこの参考書がこの先も出るのなら、きっと今までよりずっと覚えやすいと思う!」
トルルは抱きしめるように参考書を手にする。
「本当にありがとう。私、とても自信がついた。みんなマリスさんのおかげだね!
勉強会はこれからも続けていこうと思うから、良かったら時々でも参加してくれたら嬉しいな」
「ええ、出られそうなら、必ず……」
私の言葉に嬉しそうにトルルは笑った。
この一連の〝魔法参考書〟の刊行に伴い、〝悪夢の道〟と言われた〝基礎魔法講座〟にも、合格者が増えてゆき、初期の達成度テストの合格率が極端に低い、といった現象は徐々に解消していった。
〝魔法参考書初級編〟は、魔法学校を目指す庶民に入学前の訓練を可能にし、多くの市井の人々が〝初級魔法〟の知識を得るきっかけともなっていった。
きっと遠からぬ未来、入学時の貧富の差による魔法習得状況の格差は是正されていくだろう。もしかしたら、入学時から高い経験値を持つ貴族のような庶民出身者が現れるかもしれない。
私はそれがとても楽しみだし、そんな未来を考えると、とてもワクワクする。
(みんな勉強頑張っているものね。さて、私も自分の勉強に戻ろっと)
達成度テストの結果は、合格者のみ、校内の最も目立つ場所にある掲示板に張り出されることになっている。
今期は1クラス35名の8クラス、それに聴講生数名が加わる。私も試験を受けるために一応クラス籍があり、トルルと同じクラスだ。
やっと終わったという安堵感もそこそこに、厳しい現実を突きつけられる試験合格者一覧が張り出された。
貴族の合格者たちは、皆受かって当然という雰囲気だが、それ以外の学生は一喜一憂どころか、阿鼻叫喚。叫んだり号泣したりと、受かった者も落ちた者も大騒ぎだった。
ごく一部の試験に落ちた貴族の子弟の真っ青具合も、これまた気の毒で、こちらは険しい顔で逃げるようにすぐ掲示板の前から去っていった。
(まぁ、プレッシャーキツイからねぇ……みんな大変だ)
そして、この悲喜こもごもの騒動が収まると、今度はザワザワと結果を訝しむ声が広がり始めた。
どのクラスも貴族出身の3、4名が順当に合格し、他3名ほどが合格するという例年通りの合格率を見せていたのだが、トルルのいるクラスだけは貴族以外の生徒が9名合格していたのだ。名前が各クラスごとに一列で表示されているため、トルルのクラスの突出具合は一目瞭然だった。
それは他のクラスの倍以上が合格という、誰が見ても異常な人数。もちろん教授陣の間でもこの1クラスのみに起こった合格率の異常な高さについては話題に上ったが、試験は衆人環視の中で行われており、何ら不正がないことは、周知の事実だったし、そもそも不正が入り込む余地があるような複雑な魔法でもない。
ただ魔法学校での初試験における平民出身者の大量合格は前例がなく、今回それが起こったその理由もまったくの不明。その不思議さに、学校中で噂が噂を呼ぶことになった。
トルルのクラスの担任であり、指導教官でもあるアヴィオン・トーキン助教授の元へも、かなりの問い合わせがあったものの、もちろん彼にもその理由は分からなかった。
「どうして!なぜ、あのクラスだけこんなに合格できてるの?そんなのおかしい!!」
「あの子たちと私たちのなにが違うの?」
そんな声があちこちで上がり、トルルのクラスは一躍注目されることとなった。
そして、当然だが、今回の達成度テストのこの結果にもっとも衝撃を受けていたのは、トルルのクラスの試験に受からなかった子たちだった。
今回このクラスから合格していたのは、どこのグループにも属さず派閥争いにまったく参加していなかった者に限られていた。
やがてクラス内の情報が集まり、その子たちを誘ってトルルが勉強会をしていた、ということが知れると、すぐにトルルのところにクラスの子達が殺到し、勉強会について根掘り葉掘り聞き出そうとし始めた。
トルルはいちいち答えるのは面倒だからと、日を決めて授業の後に事情を話すと彼らに告げ、次の日の放課後クラスのほぼ全員が、話を聞くために教室に集まった。
「じゃ、説明するね。確かに、何人かに声をかけて勉強会はしたよ。別にグループってわけじゃないし、適性もみんなバラバラな子達なのは、同じクラスだから知っているでしょ。
ただ、その勉強会は、この本を作るための研究とテストを兼ねているものだったの」
トルルが取り出したのは、サイデム商会出版部刊行の〝魔法参考書シリーズ初級編 <1 >イメージを作ろう!10種の基礎魔法の覚え方〟の出来上がったばかりの初版だった。
「私の知り合いがこの本の企画に携わっていた関係で、協力をお願いされたの。勉強にもなるしと思って、他のグループに属していなかった子たちに声をかけて、一緒に協力しながら勉強したの。それだけよ」
トルルは取り上げて中身を見ようとする子から、さっと本を取り上げるとこう言った。
「これは協力した記念に頂いた大事な本だから、お貸しすることはできないの。ごめんなさい。でも、近々、学校の売店で販売が始まるはずよ。もしかしたら、もう売っているかも……」
トルルの言葉に、今度は生徒たち、一斉に売店に向かって走り出す。
どうやら興味は完全に参考書の方へ移ったようだ。
すっかり人がまばらになった教室で、トルルが教室の隅にいた私の方へやってきた。
「あんな感じで良かった?
でも、マリスさんの名前を全然出さないのは、なんだか心苦しいわ」
私は微笑んで彼女をねぎらった。
「いえ、あれでいいんです。ありがとうございました。
それに、トルルは頑張ったじゃないですか。その成果が出ただけですよ。
協力して頂けたおかげで、いい本ができました。きっと次の試験では、たくさん合格者が出ますね」
「でも、なんだか不思議。あれだけ悩んで苦しんでいた10種の魔法試験に一度で合格できたなんて、本当に夢みたい。今回の勉強会に参加できて本当に良かった。できればこれからも協力させて欲しいんだけど……」
私は申し訳なさそうに、トルルに答える。
「今回は、最初のケースだったので、こういう方法を使いましたが、今後はサイデム商会に専門部署が出来るので、そこがデータ収集をすることになると思いますよ」
この〝魔法参考書〟事業、私や博士は影で関わっていくだろうが、あくまでサイデム商会の仕事として継続的に刊行されていく予定のため、これからは少し魔法学校の生徒からは距離を置き、今回のフォーマットを使って、更に庶民寄りのデータを収集しつつ改訂していくことになっている。
「そうなんだ……じゃ、これからは、私も参考書を買って勉強することになるね。うん、でもこの参考書がこの先も出るのなら、きっと今までよりずっと覚えやすいと思う!」
トルルは抱きしめるように参考書を手にする。
「本当にありがとう。私、とても自信がついた。みんなマリスさんのおかげだね!
勉強会はこれからも続けていこうと思うから、良かったら時々でも参加してくれたら嬉しいな」
「ええ、出られそうなら、必ず……」
私の言葉に嬉しそうにトルルは笑った。
この一連の〝魔法参考書〟の刊行に伴い、〝悪夢の道〟と言われた〝基礎魔法講座〟にも、合格者が増えてゆき、初期の達成度テストの合格率が極端に低い、といった現象は徐々に解消していった。
〝魔法参考書初級編〟は、魔法学校を目指す庶民に入学前の訓練を可能にし、多くの市井の人々が〝初級魔法〟の知識を得るきっかけともなっていった。
きっと遠からぬ未来、入学時の貧富の差による魔法習得状況の格差は是正されていくだろう。もしかしたら、入学時から高い経験値を持つ貴族のような庶民出身者が現れるかもしれない。
私はそれがとても楽しみだし、そんな未来を考えると、とてもワクワクする。
(みんな勉強頑張っているものね。さて、私も自分の勉強に戻ろっと)
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