利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
上 下
195 / 837
3 魔法学校の聖人候補

384 いい商売ネタ発見?

しおりを挟む
384

「ワタシ? 私がグループ?いやいや、そういうのは……」

トルルは首をブンブン振り、手をバタつかせて無理だと言う。

「でも、今のいがみ合い足を引っ張り合うばかりの小さな派閥争いは空気が悪くて嫌なんでしょ?
なら、みんなが入りたくなるような建設的で有益なグループが出来たら、みんなそこに入ろうとするから、結局派閥はなくなるじゃない?」

「有益って……私自身まだまだ10種成功には程遠いし、有益なことなんて何も持ってないもの」

トルルはそれこそ無理だと言って、更に首を振る。

(持っていないなら、作ればいい)

彼らが不毛ないがみ合いを始めてしまうほどの不安にかられている、その原因を解消できそうだと思ってくれること、それが答えだ。そう、闇雲に練習するものの効果が上がらず焦燥感に苛まれている彼らに必要なのは懇切丁寧な初心者向きの試験対策、簡単に言えば出来の良い参考書……これは需要がある市場だ。

「トルル、そういういがみ合いに属していない子たちを何人かまとめられるかな?一緒に試験対策をしようって、誘ってみてくれない?」

「それは、もちろんいいけど、私は何も教えられないよ。マリスさんが教えてくれるの?!なら、うれしい!」

何人かすぐに思い浮かぶ子がいるらしく、トルルはそういうことなら喜んで、という姿勢になった。
やはり、何かしなくちゃという焦りがあるのだろう。

「ごめんなさい。それは……ちょっとね。でも、それに代わるものをなるべく早く準備するから、そのためにもお願い」

少し残念そうな表情ではあったがトルルの了解は得た。お茶会の後、早速自分の部屋に戻り、私はサイデムおじさまへこの緊急ミッションに関する《伝令》を送った。

それから数日、私は授業を休み執筆作業に打ち込んだ。

私が622種類の全ての基礎魔法を覚えるに至るまでの経験と、今まで出席してきた授業で得た気づき、それにトルルとの復習練習をする過程で解ってきたそれぞれの個性を反映した発動条件……それらを、なるべく噛み砕いた具体的な実例を沢山盛り込み、イメージ作りのための方法を色々な角度から考察した実践的データも詰め込んだ参考書。
私は夢中になって、絵や図も出来る限りたくさん使い視覚的にも分かりやすいよう配慮しながら、数日かけて作り込んでいった。

その後、トルルが連れてきてくれた1年生たちとこれを取り入れた試験対策をスタート。その様子を見ながら更に練習法を改良して参考書の改稿を進め、最終的にはグッケンス博士に目を通してもらい〝監修〟として参加してもらった。

「1年生が陥りやすい間違いや錯覚、起こしやすい勘違いなど、非常に具体的で分かりやすい。
あまり見たことのない形式だが、非常に分かりやすい作りだな。
やけに忙しそうにしていると思ったら、こんなものを作っていたのか……これは良いものだぞ、メイロード」

グッケンス博士も、私の作ったこの〝魔法参考書〟を大変気に入ってくれた。

「問題なのは、彼らの不安の受け皿がない、という現状だと思うんですよ。
先生方は皆熱心に教えては下さいますが、人数が多いこともあるし遠慮もしてしまいますから、何度も同じようなことは聞きにくいし恥ずかしい。
それに、どうしてもに長くいる方には、出来ない者の状態を想像するのが難しいんですよね」

その説明の難しさは、丁度自転車に乗れる人が乗れない人に説明することの難しさ、というのに似ている気がした。

教授陣も貴族階級出身の方が多く魔法には子供の頃から親しんでいる方々ばかりだ。彼らには、平民の全くの初心者の15歳が魔法に取り組む難しさは、やはり想像するしかないのだろうし、実感として理解は難しいのだろう。

「学校の図書館でも皆勉強しようとしていましたが、やはり図書館の参考書は小難しくて、文字の訓練もあまり受けてきていない庶民の生徒には、敷居が高く、それに本にも具体性があまりないんです」

「それで、この〝参考書〟というものには、図やら絵やらがやたらと多いのだな」

グッケンス博士は、まだ借り綴じしてあるだけの見本をパラパラとめくりながら唸っている。

「まだ読み書きについても一年生の半数以上が自信を持っているとは言いがたい状況ですから、簡単で分かりやすい、ということが最も重要だと思います。せっかく魔法を習おうとしている子たちに、初手から苦手意識を持たせるようでは本末転倒ですよ」

グッケンス博士は深く頷いて同意してくれた。

「メイロードの言う通りだ。全くもって我々教授陣は恥じ入るばかりだな。教育者として成すべきことをせず、彼らの悩みを軽く考えすぎているのは、我々の方のようだ」

この魔法学校の教授陣は、魔術師として優れた力量があると認められなければ、決して採用されない。だが、そこには教育者としての資質という点は加味されていない。反復練習が最も重要と考えている向きがあり、同じことを何度も繰り返すだけの授業をする教授も多く、生徒の一人一人に寄り添うよう授業など望むべくもないのが現状だ。

グッケンス博士のように、素晴らしい鑑定眼と知識を持つ稀有な魔法使いならば、生徒の資質を見抜き、効率的な教育を施すことが可能だが、これはこれで誰にでも真似ができることではない。
だからこそ、魔法学校側は、失踪したグッケンス博士を、それこそ血眼で探し続けていたのだ。

「イスに連絡を取って、サイデムおじさまに参考書事業の立ち上げをお願いしています。これは、魔法だけでなく、いろいろな分野に広がる事業ですし、販売量も安定したいい仕事になるでしょう」

今回は、その事業計画のパイロット版という位置付けで、ちょっと無理めのスケジュールをお願いしてある。これがうまくいくようなら、時間をかけて、全ての基礎魔法の参考書を作っていけばいいと思う。それは、サイデムおじさまの手腕にお任せだ。もちろん、内容の監修に関しては、私とグッケンス博士が協力していくつもりではあるけれど……

(《伝令》で連絡して〝今魔法学校にいる〟と言ったら、サイデムおじさま驚いてたなぁ。
そういえば言ってなかったわ。

正式に入学したわけじゃないし、グッケンス博士のお手伝いをしているだけだと言っておいたけど、信じているやらいないやら……)

「これは、なかなか息の長い商売になりそうじゃないか。どこでも儲け口を掴んでくるなら重畳だ!魔法学校でもどこでも、好きに遊んでこい。
だが、沿海州から戻ったなら、たまにはイスにも顔を出せよ!」

サイデムおじさまからの《伝令》に、そういえば沿海州から戻ったことも知らせていなかったことを思い出し、

(これは、会いに行った時、絶対怒られるなぁ……)

と、頭を抱える私なのだった。
しおりを挟む
感想 2,991

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。