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3 魔法学校の聖人候補
383 初試験とストレス
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383
今日は第1回の達成度テストの日だ。
このテストは私にとって、いろいろ考えさせられ、新しい挑戦をすることになる契機となった。
(みんな、頑張ろうね!)
ーーーー
〝基礎魔法講座〟を受けている間は、最初は1ヶ月後、その後は2週間に一度のペースで、このアチーブメント・テストを受けることが学生に義務付けられている。これは必要な単位を取得するまでずっと繰り返される試験で、毎年ここから抜け出せない学生が続出し、単位が取りきれず挫折してしまう学生が後を絶たない〝悪夢の道〟とまで呼ばれる過酷なものだ。
聴講生で正式な入学者とは違う私は受けなくてもいい試験だが、グッケンス博士の弟子が〝基礎魔法講座〟の試験も受けないというのは外聞が悪いだろうから、必須の魔法の単位だけは受けておこうと決めた。
博士自身は、私の成績が良かろうが悪かろうが気にしたりはしないのだけれど、一度も内弟子を採ったことのない博士が〝内弟子兼世話係〟と言う特殊なポジションを私のために用意してくれた。それは、とても特別なことだと思うし、感謝している。
私の特殊な事情をうまく隠したまま、せっかく魔法学校へ入るチャンスをくれた博士に、〝不肖の弟子〟が恥をかかせるのは忍びない。それに、仮にも帝国随一の特級魔術師の直弟子である私の出来が悪すぎたら、それはそれで悪目立ちしてしまい、学生生活に支障が出る気がするのだ。
(目立たない程度の過不足ない成績は維持したいよね……)
第一回テストの今回は本当に基礎中の基礎で、今まで実技を習ってきた10種だけだ。
そう聞くと大したことがないように聞こえるが、授業でみんなの様子を観察し、トルルと親しくなったこともあり庶民出身の一年生の状態や実力について色々具体的に分かってきた今、この最初の達成度テストが、彼らにとって非常に難しいことを私は理解している。
今回の10種は必ず出来なければならない必須魔法だ。
そのため適性があろうとなかろうと発動させられなければ、この先の授業には進めない。
貴族や一部の富裕層の子たちにとっては、家庭教師や両親からある程度の訓練を受けてから入学してくるため、殆ど挫折したりはしない簡単なテストだ。
だが、短期間で適性のない属性の魔法まで訓練を重ねなければならない庶民出身の学生たちは、ほとんどこの1回目の達成度テストでは合格できない。
医務室には、あれほど魔法力の使い過ぎは危険だと言われているにも関わらず、毎日何人もの学生が魔法力の過剰放出による昏睡や昏倒のために運ばれてくるし、実習室以外で訓練をして木を燃やしたり物を壊したりといった事件も後を絶たない。
大食堂で観察していても、余裕のある子とない子の差は雰囲気からにじみ出ている。
特に、最近は大食堂の食事の美味しさが学校中に広まってきたので、以前は自分の召使いに食事を作らせ寮内で食事を摂ることの多かった貴族階級の学生も、大食堂へ来ることが増えているので、その余裕の有る無しが、見ただけで歴然と分かって、なんとも切ない。
「なんだか教室の空気というか雰囲気が悪いでしょ。どうも変な派閥みたいなのが出来てるみたいなの」
トルルが田舎の両親から届いた地元の豆菓子を食べさせてくれると言うので、授業の後校内にいくつかあるカフェスペースのひとつで待ち合わせてお茶をすることにしたのだが、早々にため息をつきながら話し始めた。
遠い魔法学校にいる娘のため、保存が出来て滋養のある食べ物をご両親が考えてくれたのだろう。
机の上には、塩豆に焼き栗、それに高価な蜂蜜を使って漬けた豆菓子まであった。
「素朴で美味しい……いいご両親ね」
「えへへ、そう、そうかな?」
トルルは自慢げなような、照れくさいような顔をして、お茶を口にした。
「……で、派閥のようなものって、一体なんなの?」
普段、そこそこ忙しくしているため、私は1年生の間に起こっている変化に気がついていなかったのだが、トルルによると、この小さなグループが出来上がり始めたのは〝基礎魔法講座〟が始まった直後からなのだそうだ。
「みんな最初の達成度テストの日までに10種の魔法ができるようになりたいと気持ちが焦っているでしょう?
殆どの貴族の子たちは、苦もなくやっているんだけど、庶民出身で適性の少ない子たちは、それが相当悔しいのね」
その辺りは私も分かっている。実力主義のはずの魔法学校に最初からある高い格差の壁。
「まぁ、それを愚痴り合う子たちが出始めたことが発端なんだけど、今度は適性がなくて苦労している魔法を持っている子同士が徐々にグループ化して、なんだかいがみ合い始めちゃって、もう本当に空気が悪くて……はぁ」
明るく社交的で平和主義のトルルは、このちっさな派閥争いに辟易しているそうだ。
(お互い切磋琢磨するなら、ライバル関係もいいかもしれないが、足の引っ張り合いなどしている時間が無駄だとは思わ……ないんだろうな。同病相憐れむようなことをしたって、問題は全然解決しないのに……)
不安な気持ちを、そういうずれた仲間意識の共有でごまかして、心の安定を図っているのかもしれない。いきなり魔法の世界へ放り込まれた彼らのストレスと不安は妙な方向の結束を生んでいるようだ。
「みんなで乗り切ろう!っていう明るいノリになってくれればいいんだけど、どうにもねぇ……」
トルルは豆菓子を食べながら、更にため息だ。
「じゃ、トルルが自分でそういうグループを作ったらいいんじゃないかな?」
「えっ?」
トルルは口に運ぼうとしていた豆菓子をボロボロと落としながら〝意味が分からない〟といった顔で、ニコニコと笑う私の方を見つめた。
今日は第1回の達成度テストの日だ。
このテストは私にとって、いろいろ考えさせられ、新しい挑戦をすることになる契機となった。
(みんな、頑張ろうね!)
ーーーー
〝基礎魔法講座〟を受けている間は、最初は1ヶ月後、その後は2週間に一度のペースで、このアチーブメント・テストを受けることが学生に義務付けられている。これは必要な単位を取得するまでずっと繰り返される試験で、毎年ここから抜け出せない学生が続出し、単位が取りきれず挫折してしまう学生が後を絶たない〝悪夢の道〟とまで呼ばれる過酷なものだ。
聴講生で正式な入学者とは違う私は受けなくてもいい試験だが、グッケンス博士の弟子が〝基礎魔法講座〟の試験も受けないというのは外聞が悪いだろうから、必須の魔法の単位だけは受けておこうと決めた。
博士自身は、私の成績が良かろうが悪かろうが気にしたりはしないのだけれど、一度も内弟子を採ったことのない博士が〝内弟子兼世話係〟と言う特殊なポジションを私のために用意してくれた。それは、とても特別なことだと思うし、感謝している。
私の特殊な事情をうまく隠したまま、せっかく魔法学校へ入るチャンスをくれた博士に、〝不肖の弟子〟が恥をかかせるのは忍びない。それに、仮にも帝国随一の特級魔術師の直弟子である私の出来が悪すぎたら、それはそれで悪目立ちしてしまい、学生生活に支障が出る気がするのだ。
(目立たない程度の過不足ない成績は維持したいよね……)
第一回テストの今回は本当に基礎中の基礎で、今まで実技を習ってきた10種だけだ。
そう聞くと大したことがないように聞こえるが、授業でみんなの様子を観察し、トルルと親しくなったこともあり庶民出身の一年生の状態や実力について色々具体的に分かってきた今、この最初の達成度テストが、彼らにとって非常に難しいことを私は理解している。
今回の10種は必ず出来なければならない必須魔法だ。
そのため適性があろうとなかろうと発動させられなければ、この先の授業には進めない。
貴族や一部の富裕層の子たちにとっては、家庭教師や両親からある程度の訓練を受けてから入学してくるため、殆ど挫折したりはしない簡単なテストだ。
だが、短期間で適性のない属性の魔法まで訓練を重ねなければならない庶民出身の学生たちは、ほとんどこの1回目の達成度テストでは合格できない。
医務室には、あれほど魔法力の使い過ぎは危険だと言われているにも関わらず、毎日何人もの学生が魔法力の過剰放出による昏睡や昏倒のために運ばれてくるし、実習室以外で訓練をして木を燃やしたり物を壊したりといった事件も後を絶たない。
大食堂で観察していても、余裕のある子とない子の差は雰囲気からにじみ出ている。
特に、最近は大食堂の食事の美味しさが学校中に広まってきたので、以前は自分の召使いに食事を作らせ寮内で食事を摂ることの多かった貴族階級の学生も、大食堂へ来ることが増えているので、その余裕の有る無しが、見ただけで歴然と分かって、なんとも切ない。
「なんだか教室の空気というか雰囲気が悪いでしょ。どうも変な派閥みたいなのが出来てるみたいなの」
トルルが田舎の両親から届いた地元の豆菓子を食べさせてくれると言うので、授業の後校内にいくつかあるカフェスペースのひとつで待ち合わせてお茶をすることにしたのだが、早々にため息をつきながら話し始めた。
遠い魔法学校にいる娘のため、保存が出来て滋養のある食べ物をご両親が考えてくれたのだろう。
机の上には、塩豆に焼き栗、それに高価な蜂蜜を使って漬けた豆菓子まであった。
「素朴で美味しい……いいご両親ね」
「えへへ、そう、そうかな?」
トルルは自慢げなような、照れくさいような顔をして、お茶を口にした。
「……で、派閥のようなものって、一体なんなの?」
普段、そこそこ忙しくしているため、私は1年生の間に起こっている変化に気がついていなかったのだが、トルルによると、この小さなグループが出来上がり始めたのは〝基礎魔法講座〟が始まった直後からなのだそうだ。
「みんな最初の達成度テストの日までに10種の魔法ができるようになりたいと気持ちが焦っているでしょう?
殆どの貴族の子たちは、苦もなくやっているんだけど、庶民出身で適性の少ない子たちは、それが相当悔しいのね」
その辺りは私も分かっている。実力主義のはずの魔法学校に最初からある高い格差の壁。
「まぁ、それを愚痴り合う子たちが出始めたことが発端なんだけど、今度は適性がなくて苦労している魔法を持っている子同士が徐々にグループ化して、なんだかいがみ合い始めちゃって、もう本当に空気が悪くて……はぁ」
明るく社交的で平和主義のトルルは、このちっさな派閥争いに辟易しているそうだ。
(お互い切磋琢磨するなら、ライバル関係もいいかもしれないが、足の引っ張り合いなどしている時間が無駄だとは思わ……ないんだろうな。同病相憐れむようなことをしたって、問題は全然解決しないのに……)
不安な気持ちを、そういうずれた仲間意識の共有でごまかして、心の安定を図っているのかもしれない。いきなり魔法の世界へ放り込まれた彼らのストレスと不安は妙な方向の結束を生んでいるようだ。
「みんなで乗り切ろう!っていう明るいノリになってくれればいいんだけど、どうにもねぇ……」
トルルは豆菓子を食べながら、更にため息だ。
「じゃ、トルルが自分でそういうグループを作ったらいいんじゃないかな?」
「えっ?」
トルルは口に運ぼうとしていた豆菓子をボロボロと落としながら〝意味が分からない〟といった顔で、ニコニコと笑う私の方を見つめた。
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