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3 魔法学校の聖人候補
379 〝風〟の授業
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379
次の〝基礎魔法講座〟の授業は、《風魔法》の初歩《流風》だった。
トルルは〝風〟に適性があり、尚且つずっと使ってきたその魔法が実習テーマのため、前回の《水魔法》の時のような緊張はなさそうに見えた。
一方、トルルとは違い〝風〟の適性を持たない子たちは、初歩の初歩の魔法であっても、やはりすぐには起動できない様子で、先生に指導を受けながらなんとかイメージ作りを試みている。
今日の授業の合格点は、一枚の大きな羽を使って距離およそ3メートルと思われる指定の二点間を《流風》で移動させればもらえるそうだが、そこまでの道程も、適性のない子たちには、かなりイバラ道の様子だ。
そして、この授業は楽勝かと思われていた《風魔法》が得意なはずのトルルも、最初こそ調子良さげに見えたものの、この課題に苦戦している。
どうやら風の強弱の操作が上手くいっていないようで、特に微妙な小さな風の動きのコントロールが難しい様子だ。
大きな羽は、大きく舞い上がり決められた場所の遥か後方へ落ちたり、左右へブレたりして、一向に定まった位置に着地しないのだ。
その様子を不思議に思いながらも、トーキン先生の前で、人の観察ばかりしているわけにもいかない。
とはいえ《水出》の授業でかなり目立ってしまった私としては、今回はできるだけ無難な線を目指したいところだ。
正直に言えば《流風》に関しても、《的指定》と併用して日々の野良仕事で完璧に鍛え上げているので、風を空気砲のように押し出すイメージと合わせてやれば、この距離なら一直線に秒殺で目標地点に送り込める。
だが、どう考えてもそれは初心者クラスを受け始めたばかりの聴講生が見せられるものじゃない。私にもそれぐらいの事は分かる。
そこで、ちょっと難しい方法で羽を移動させることに挑んでみた。イメージしたのはドライヤーから出る風。それを上手くコントロールしながら上下左右から当てて羽を動かし、移動させていく。
これは細かい魔法をずっとかけ続ける面倒でコントロールの繊細さを要求されるやり方だ。やっている気分はちょっとしたジャグリング。でも、こうすると、丁度よく傍目からはちょっとぎこちない操作をしているように見えるのだ。
大きな羽はフラフラと舞い上がり、想定通りの動きでヨタヨタと飛行していく。
「マリスさん、今日は苦戦しているようだけど頑張ってね。良いわよ、ゆっくり移動させてね」
トーキン先生は、私が今回はイメージ作りに苦労してると思ったのか、イメージの作り方を優しく指導してくれる。
「羽に風を纏わせるようなイメージが作れれば、これはとても簡単にできるようになります。皆さん、あなたの風が羽にまとわりつくイメージをしっかり作ってみて下さいね」
確かに私も〝風が纏わりつく〟というイメージは使ったことがなかったので、今度試してみようと思った。
(またここで、初めてのことをやると、きっとやらかす気がするから、後でやってみよっと)
やがて、何人かの生徒たちが徐々に操作を覚え、羽移動の課題に成功し始めたので、私もドライヤー方式の運搬でヒョロヒョロと成功させた。
だが、授業終盤になってもトルルは相変わらず苦戦している。
「トルルさん、あなた風の魔法をかなり自己流で使っていたんじゃない?
そのクセが取れないのね。でも、このままではダメよ。強弱の操作ができない《流風》は、使い方によってはとても危険だから、ちゃんと制御できるようにならないとね」
「はい……頑張ります……」
先生は、とても優しく指導してくれているのだが、自信のあった《風魔法》での思わぬ挫折に、ショックを隠しきれない様子で、トルルは悔しそうに俯いて、少し涙目に見えた。
結局、トルルはその日の授業では成功できないまま、次の授業の時間になってしまった。
そして、私が次の授業へ向かおうとすると、やっぱりトルルに行く手を阻まれた。
「 マリスさんもあまり《風魔法》は得意じゃないようだったけど、それでもちゃんと課題はクリアしていたわよね。すごいね。偉いね。私自分の町で、たくさん《風魔法》は使ってきたから、このぐらい簡単だと思っていたんだけど、全然で……」
よほどショックだったのか、トルルのショゲ具合は酷いものだった。
「トルルさん。まだ始めたばかりじゃないですか。あまり気を落とさず、少しづつ調整していきましょう」
彼女の焦りについては、ソーヤからの報告で聞いている。
そんな状況なのに得意なはずの〝風〟での初手からの失敗。彼女があまりに自信を喪失してしまっているのが気の毒に思えたので、先ほどの話から推察される問題点を話してみることにした。
「恐らく、調整がうまくいかない理由は、トルルさんの《流風》の操作基準点がずれているからなんじゃないでしょうか?」
私の言葉にトルルは眼を見張る。
「それはどういうこと?すぐ治るのかな?!」
私は彼女の〝風〟の調整に付き合うことに決め、
「一緒に復習しませんか」
と、トルルを誘った。トルルはものすごく嬉しそうだ。
「ありがとう!マリスさん、一緒に勉強できて嬉しいわ。本当にありがとう!」
学友と勉強するというのも、学生生活の楽しみというものだろう。これから暫くは付き合っていくのだし、トルルの状況を知っているだけに見捨てるのも寝覚めが悪い。
(これも、きっと魔法のいい勉強になるよね)
私たちは放課後に自習室で落ち合うことにし、それぞれ次の授業の場所へ、急いで向かっていった。
次の〝基礎魔法講座〟の授業は、《風魔法》の初歩《流風》だった。
トルルは〝風〟に適性があり、尚且つずっと使ってきたその魔法が実習テーマのため、前回の《水魔法》の時のような緊張はなさそうに見えた。
一方、トルルとは違い〝風〟の適性を持たない子たちは、初歩の初歩の魔法であっても、やはりすぐには起動できない様子で、先生に指導を受けながらなんとかイメージ作りを試みている。
今日の授業の合格点は、一枚の大きな羽を使って距離およそ3メートルと思われる指定の二点間を《流風》で移動させればもらえるそうだが、そこまでの道程も、適性のない子たちには、かなりイバラ道の様子だ。
そして、この授業は楽勝かと思われていた《風魔法》が得意なはずのトルルも、最初こそ調子良さげに見えたものの、この課題に苦戦している。
どうやら風の強弱の操作が上手くいっていないようで、特に微妙な小さな風の動きのコントロールが難しい様子だ。
大きな羽は、大きく舞い上がり決められた場所の遥か後方へ落ちたり、左右へブレたりして、一向に定まった位置に着地しないのだ。
その様子を不思議に思いながらも、トーキン先生の前で、人の観察ばかりしているわけにもいかない。
とはいえ《水出》の授業でかなり目立ってしまった私としては、今回はできるだけ無難な線を目指したいところだ。
正直に言えば《流風》に関しても、《的指定》と併用して日々の野良仕事で完璧に鍛え上げているので、風を空気砲のように押し出すイメージと合わせてやれば、この距離なら一直線に秒殺で目標地点に送り込める。
だが、どう考えてもそれは初心者クラスを受け始めたばかりの聴講生が見せられるものじゃない。私にもそれぐらいの事は分かる。
そこで、ちょっと難しい方法で羽を移動させることに挑んでみた。イメージしたのはドライヤーから出る風。それを上手くコントロールしながら上下左右から当てて羽を動かし、移動させていく。
これは細かい魔法をずっとかけ続ける面倒でコントロールの繊細さを要求されるやり方だ。やっている気分はちょっとしたジャグリング。でも、こうすると、丁度よく傍目からはちょっとぎこちない操作をしているように見えるのだ。
大きな羽はフラフラと舞い上がり、想定通りの動きでヨタヨタと飛行していく。
「マリスさん、今日は苦戦しているようだけど頑張ってね。良いわよ、ゆっくり移動させてね」
トーキン先生は、私が今回はイメージ作りに苦労してると思ったのか、イメージの作り方を優しく指導してくれる。
「羽に風を纏わせるようなイメージが作れれば、これはとても簡単にできるようになります。皆さん、あなたの風が羽にまとわりつくイメージをしっかり作ってみて下さいね」
確かに私も〝風が纏わりつく〟というイメージは使ったことがなかったので、今度試してみようと思った。
(またここで、初めてのことをやると、きっとやらかす気がするから、後でやってみよっと)
やがて、何人かの生徒たちが徐々に操作を覚え、羽移動の課題に成功し始めたので、私もドライヤー方式の運搬でヒョロヒョロと成功させた。
だが、授業終盤になってもトルルは相変わらず苦戦している。
「トルルさん、あなた風の魔法をかなり自己流で使っていたんじゃない?
そのクセが取れないのね。でも、このままではダメよ。強弱の操作ができない《流風》は、使い方によってはとても危険だから、ちゃんと制御できるようにならないとね」
「はい……頑張ります……」
先生は、とても優しく指導してくれているのだが、自信のあった《風魔法》での思わぬ挫折に、ショックを隠しきれない様子で、トルルは悔しそうに俯いて、少し涙目に見えた。
結局、トルルはその日の授業では成功できないまま、次の授業の時間になってしまった。
そして、私が次の授業へ向かおうとすると、やっぱりトルルに行く手を阻まれた。
「 マリスさんもあまり《風魔法》は得意じゃないようだったけど、それでもちゃんと課題はクリアしていたわよね。すごいね。偉いね。私自分の町で、たくさん《風魔法》は使ってきたから、このぐらい簡単だと思っていたんだけど、全然で……」
よほどショックだったのか、トルルのショゲ具合は酷いものだった。
「トルルさん。まだ始めたばかりじゃないですか。あまり気を落とさず、少しづつ調整していきましょう」
彼女の焦りについては、ソーヤからの報告で聞いている。
そんな状況なのに得意なはずの〝風〟での初手からの失敗。彼女があまりに自信を喪失してしまっているのが気の毒に思えたので、先ほどの話から推察される問題点を話してみることにした。
「恐らく、調整がうまくいかない理由は、トルルさんの《流風》の操作基準点がずれているからなんじゃないでしょうか?」
私の言葉にトルルは眼を見張る。
「それはどういうこと?すぐ治るのかな?!」
私は彼女の〝風〟の調整に付き合うことに決め、
「一緒に復習しませんか」
と、トルルを誘った。トルルはものすごく嬉しそうだ。
「ありがとう!マリスさん、一緒に勉強できて嬉しいわ。本当にありがとう!」
学友と勉強するというのも、学生生活の楽しみというものだろう。これから暫くは付き合っていくのだし、トルルの状況を知っているだけに見捨てるのも寝覚めが悪い。
(これも、きっと魔法のいい勉強になるよね)
私たちは放課後に自習室で落ち合うことにし、それぞれ次の授業の場所へ、急いで向かっていった。
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