利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
上 下
190 / 837
3 魔法学校の聖人候補

379 〝風〟の授業

しおりを挟む
379

次の〝基礎魔法講座〟の授業は、《風魔法》の初歩《流風ブロウ》だった。

トルルは〝風〟に適性があり、尚且つずっと使ってきたその魔法が実習テーマのため、前回の《水魔法》の時のような緊張はなさそうに見えた。

一方、トルルとは違い〝風〟の適性を持たない子たちは、初歩の初歩の魔法であっても、やはりすぐには起動できない様子で、先生に指導を受けながらなんとかイメージ作りを試みている。
今日の授業の合格点は、一枚の大きな羽を使って距離およそ3メートルと思われる指定の二点間を《流風ブロウ》で移動させればもらえるそうだが、そこまでの道程も、適性のない子たちには、かなりイバラ道の様子だ。

そして、この授業は楽勝かと思われていた《風魔法》が得意なはずのトルルも、最初こそ調子良さげに見えたものの、この課題に苦戦している。
どうやら風の強弱の操作が上手くいっていないようで、特に微妙な小さな風の動きのコントロールが難しい様子だ。
大きな羽は、大きく舞い上がり決められた場所の遥か後方へ落ちたり、左右へブレたりして、一向に定まった位置に着地しないのだ。

その様子を不思議に思いながらも、トーキン先生の前で、人の観察ばかりしているわけにもいかない。

とはいえ《水出アクア》の授業でかなり目立ってしまった私としては、今回はできるだけ無難な線を目指したいところだ。
正直に言えば《流風ブロウ》に関しても、《的指定ターゲット》と併用して日々の野良仕事で完璧に鍛え上げているので、風を空気砲のように押し出すイメージと合わせてやれば、この距離なら一直線に秒殺で目標地点に送り込める。

だが、どう考えてもそれは初心者クラスを受け始めたばかりの聴講生が見せられるものじゃない。私にもそれぐらいの事は分かる。

そこで、ちょっと難しい方法で羽を移動させることに挑んでみた。イメージしたのはドライヤーから出る風。それを上手くコントロールしながら上下左右から当てて羽を動かし、移動させていく。

これは細かい魔法をずっとかけ続ける面倒でコントロールの繊細さを要求されるやり方だ。やっている気分はちょっとしたジャグリング。でも、こうすると、丁度よく傍目からはちょっとぎこちない操作をしているように見えるのだ。

大きな羽はフラフラと舞い上がり、想定通りの動きでヨタヨタと飛行していく。

「マリスさん、今日は苦戦しているようだけど頑張ってね。良いわよ、ゆっくり移動させてね」

トーキン先生は、私が今回はイメージ作りに苦労してると思ったのか、イメージの作り方を優しく指導してくれる。

「羽に風を纏わせるようなイメージが作れれば、これはとても簡単にできるようになります。皆さん、あなたの風が羽にまとわりつくイメージをしっかり作ってみて下さいね」

確かに私も〝風が纏わりつく〟というイメージは使ったことがなかったので、今度試してみようと思った。

(またここで、初めてのことをやると、きっとやらかす気がするから、後でやってみよっと)

やがて、何人かの生徒たちが徐々に操作を覚え、羽移動の課題に成功し始めたので、私もドライヤー方式の運搬でヒョロヒョロと成功させた。

だが、授業終盤になってもトルルは相変わらず苦戦している。

「トルルさん、あなた風の魔法をかなり自己流で使っていたんじゃない?
そのが取れないのね。でも、このままではダメよ。強弱の操作ができない《流風ブロウ》は、使い方によってはとても危険だから、ちゃんと制御できるようにならないとね」

「はい……頑張ります……」

先生は、とても優しく指導してくれているのだが、自信のあった《風魔法》での思わぬ挫折に、ショックを隠しきれない様子で、トルルは悔しそうに俯いて、少し涙目に見えた。

結局、トルルはその日の授業では成功できないまま、次の授業の時間になってしまった。

そして、私が次の授業へ向かおうとすると、やっぱりトルルに行く手を阻まれた。

「 マリスさんもあまり《風魔法》は得意じゃないようだったけど、それでもちゃんと課題はクリアしていたわよね。すごいね。偉いね。私自分の町で、たくさん《風魔法》は使ってきたから、このぐらい簡単だと思っていたんだけど、全然で……」

よほどショックだったのか、トルルのショゲ具合は酷いものだった。

「トルルさん。まだ始めたばかりじゃないですか。あまり気を落とさず、少しづつ調整していきましょう」

彼女の焦りについては、ソーヤからの報告で聞いている。
そんな状況なのに得意なはずの〝風〟での初手からの失敗。彼女があまりに自信を喪失してしまっているのが気の毒に思えたので、先ほどの話から推察される問題点を話してみることにした。

「恐らく、調整がうまくいかない理由は、トルルさんの《流風ブロウ》の操作基準点がずれているからなんじゃないでしょうか?」

私の言葉にトルルは眼を見張る。

「それはどういうこと?すぐ治るのかな?!」

私は彼女の〝風〟の調整に付き合うことに決め、

「一緒に復習しませんか」

と、トルルを誘った。トルルはものすごく嬉しそうだ。

「ありがとう!マリスさん、一緒に勉強できて嬉しいわ。本当にありがとう!」

学友と勉強するというのも、学生生活の楽しみというものだろう。これから暫くは付き合っていくのだし、トルルの状況を知っているだけに見捨てるのも寝覚めが悪い。

(これも、きっと魔法のいい勉強になるよね)

私たちは放課後に自習室で落ち合うことにし、それぞれ次の授業の場所へ、急いで向かっていった。

しおりを挟む
感想 2,991

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。