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3 魔法学校の聖人候補
374 ロキ教授の研究棟
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374
「……とは言ったものの、どこから手をつけたらいいのかな」
《白魔法》について調べる手立てを考えてはみたが、結局、再度魔法図書館で文献に当たるぐらいしか、今の所出来そうなことはなかった。
(後は……危険だけどロキ教授の持っているという個人所有の文献かぁ)
《迷彩魔法》でロキ教授の研究棟に忍び込んで盗み見る、という手もなくはないが、ロキ教授も魔法学校で教鞭が取れるレベルの高位の魔法使い。どんな罠や結界が仕込まれているか分かったものではない。もし見つかりでもしたらグッケンス博士に迷惑をかけることになるし、私的な研究のためだけに、そこまでのリスクは負えない。
私について、あれこれ興味を持たれてしまう可能性は高いが、ここは普通の学生らしく、正攻法で訪問した方が無難だろう。
私は次の古文解釈の授業の後、ロキ教授に研究等棟への訪問の許可を願い出た。
「もちろん、いつでもきて頂戴!」
教授はむしろ食い気味に、訪問日時を決めていく。なんだかとてもテンションが高いのがちょっと怖いが、まぁ、行くしかないだろう。
ロキ教授の研究棟は魔法図書館のすぐ後ろにあった。研究のため常に多くの文献の参照が不可欠なロキ教授は、図書資料の利用が大変多いため、この場所がベストだったらしい。ちなみに、図書館の館長も兼任されているため、図書館内にも部屋があるロキ教授は、かなり図書館にいる確率が高いそうだ。
個人の蔵書もかなりの数を図書館に寄贈しているそうなので、図書館も彼女の研究室の延長と言えるのかもしれない。
(それで、あの日も遭遇しちゃったんだな……)
さて、指定された時間に赴くと、博士の研究棟の周りには、やはりちょっと不思議な結界が仕掛けてあった。入室する人間を識別するような魔法がかけられているようだ。ロキ教授が許可しないものはネズミ1匹入れない、ガッチガチのセキュリティーと言って良いだろう。
(忍び込まなくてよかった)
私の場合、例の閲覧制限を解除する〝魔法の鍵〟を持っていれば、ロックが解除されるから心配ないと、事前にロキ教授から言われている。
ノックしてドアを開けると、すんなりドアは開いたが、その先の高い天井の広い部屋は、凄いことになっていた。
そこを埋め尽くしていたのは、壁全面の本、本、本。
安価な紙ができるようになったのはごく最近のはずなのに、この大量の本はただ事ではない。高価な羊皮紙の本、薄い木の板を使った本、布のような素材の本。
あらゆるモノに、色々な言葉が記された資料が、部屋中を埋めていた。
貴重であることはもちろんだが、とてつもなく高価な羊皮紙の本を集めるのに、どれだけお金が注ぎ込まれているのか、想像もつかないような量だった。
「壮観ですね……」
「いやぁ、グッケンス博士も相当だって聞いてるけどね」
ロキ教授は笑いながら、圧倒的な本のボリュームに比べると、本当にちんまりした応接スペースで、とても綺麗なティーカップに柑橘の香りがするお茶を淹れてくれた。
私はお茶請けに手土産として持ってきたフィンガー・サンドウイッチを取り出す。
薄いパンに薄い具材、小さめに切り揃えられたこのサンドウィッチは、もともと英国のティータイムに食されていたものでお茶との相性が良く、薄く切られた野菜や肉の色を生かした断面も美しい。
本に触るかもしれないと考え、手の汚れにくいこの軽食に色鮮やかな自家製ピクルスを添えてテーブルにセットした。お菓子には香ばしいクレームブリュレ。クリームの上に乗せた砂糖を焦がしてキャラメリゼした、この香ばしいお菓子もまた、シンプルだが、大変お茶と相性がいいのだ。
「美味しそうな差し入れをありがとう。お掃除だけじゃなく、お料理も上手なのね。
なるほど、グッケンス博士が推薦するのも分かるわ」
博士の家事嫌い、部屋の汚さは、学校内でも有名のようで、私が世話係になったことにも、皆さん納得されているようだ。貴重な魔法力を掃除に大量消費する謎のメイドというのは、いかにもグッケンス博士が連れてきそうな人物像らしい。
「マリスさんは、どうして《白魔法》に興味を持たれたのかしら?」
「私のことは、どうぞメイロードとお呼びください、ロキ教授。
……そうですね。魔法を使って人を救える方法があるのなら、ぜひ知りたい。単純にそう思っただけなんです。
魔法で人が癒せるのなら、薬が手に入らなかったり、あるいは足りなくなってしまった状況でも人を助けられます。
使える可能性が少しでもあるなら、研究してみたい、そう思いました」
私の言葉にロキ教授は優しく頷いてくれた。
「私もそう思うわ。今の魔術師は攻撃には長けていても、人を救う魔法をあまり持たないから、どうしても恐れられる存在になってしまう。もっと、人々のためになる魔法が研究されて然るべきなのよ。
《白魔法》の復活には、その可能性があると思う。是非、研究して頂戴ね、資料はいくらでもお見せするわ」
ロキ教授は、攻撃系魔法偏重の魔法学校のあり方や、魔術師を兵器のように考えている軍部に対して、色々と考えるところがあるらしい。〝国家魔術師〟養成のために作られている魔法学校であるが故、強力な攻撃系魔法を持つ者が、学校内でも優秀とされがちなのは仕方ないのだが……
ロキ教授は、早速、貴重な資料をいくつかテーブルに持ってきてくれた。
どれも年代の違う古代イルガン語、簡単に読み下せるようなものではない。
ロキ教授は、それらの文献について分かっていることを、教えてくれながら机に並べていった。
「直接《白魔法》について書かれていると推測できる文献は、とても少ないの。その中でもこの辺りは、個人の日記のようなもので、内容については期待薄ではあるんだけど……《白魔法》使いの医師の備忘録らしいいのよ。興味あるかしら?」
ロキ教授は、どうやら私に過剰な期待をしているようだ。あながち間違っていないので、余計困るのだが、この資料は読みたい。
「それは貴重なものですね。内容が分かる自信はないですが、拝見させて頂きます」
私はなるべく表情を変えないよう注意しながら、そのかなりボロボロの木片に書かれた備忘録に目を落とした。
「……とは言ったものの、どこから手をつけたらいいのかな」
《白魔法》について調べる手立てを考えてはみたが、結局、再度魔法図書館で文献に当たるぐらいしか、今の所出来そうなことはなかった。
(後は……危険だけどロキ教授の持っているという個人所有の文献かぁ)
《迷彩魔法》でロキ教授の研究棟に忍び込んで盗み見る、という手もなくはないが、ロキ教授も魔法学校で教鞭が取れるレベルの高位の魔法使い。どんな罠や結界が仕込まれているか分かったものではない。もし見つかりでもしたらグッケンス博士に迷惑をかけることになるし、私的な研究のためだけに、そこまでのリスクは負えない。
私について、あれこれ興味を持たれてしまう可能性は高いが、ここは普通の学生らしく、正攻法で訪問した方が無難だろう。
私は次の古文解釈の授業の後、ロキ教授に研究等棟への訪問の許可を願い出た。
「もちろん、いつでもきて頂戴!」
教授はむしろ食い気味に、訪問日時を決めていく。なんだかとてもテンションが高いのがちょっと怖いが、まぁ、行くしかないだろう。
ロキ教授の研究棟は魔法図書館のすぐ後ろにあった。研究のため常に多くの文献の参照が不可欠なロキ教授は、図書資料の利用が大変多いため、この場所がベストだったらしい。ちなみに、図書館の館長も兼任されているため、図書館内にも部屋があるロキ教授は、かなり図書館にいる確率が高いそうだ。
個人の蔵書もかなりの数を図書館に寄贈しているそうなので、図書館も彼女の研究室の延長と言えるのかもしれない。
(それで、あの日も遭遇しちゃったんだな……)
さて、指定された時間に赴くと、博士の研究棟の周りには、やはりちょっと不思議な結界が仕掛けてあった。入室する人間を識別するような魔法がかけられているようだ。ロキ教授が許可しないものはネズミ1匹入れない、ガッチガチのセキュリティーと言って良いだろう。
(忍び込まなくてよかった)
私の場合、例の閲覧制限を解除する〝魔法の鍵〟を持っていれば、ロックが解除されるから心配ないと、事前にロキ教授から言われている。
ノックしてドアを開けると、すんなりドアは開いたが、その先の高い天井の広い部屋は、凄いことになっていた。
そこを埋め尽くしていたのは、壁全面の本、本、本。
安価な紙ができるようになったのはごく最近のはずなのに、この大量の本はただ事ではない。高価な羊皮紙の本、薄い木の板を使った本、布のような素材の本。
あらゆるモノに、色々な言葉が記された資料が、部屋中を埋めていた。
貴重であることはもちろんだが、とてつもなく高価な羊皮紙の本を集めるのに、どれだけお金が注ぎ込まれているのか、想像もつかないような量だった。
「壮観ですね……」
「いやぁ、グッケンス博士も相当だって聞いてるけどね」
ロキ教授は笑いながら、圧倒的な本のボリュームに比べると、本当にちんまりした応接スペースで、とても綺麗なティーカップに柑橘の香りがするお茶を淹れてくれた。
私はお茶請けに手土産として持ってきたフィンガー・サンドウイッチを取り出す。
薄いパンに薄い具材、小さめに切り揃えられたこのサンドウィッチは、もともと英国のティータイムに食されていたものでお茶との相性が良く、薄く切られた野菜や肉の色を生かした断面も美しい。
本に触るかもしれないと考え、手の汚れにくいこの軽食に色鮮やかな自家製ピクルスを添えてテーブルにセットした。お菓子には香ばしいクレームブリュレ。クリームの上に乗せた砂糖を焦がしてキャラメリゼした、この香ばしいお菓子もまた、シンプルだが、大変お茶と相性がいいのだ。
「美味しそうな差し入れをありがとう。お掃除だけじゃなく、お料理も上手なのね。
なるほど、グッケンス博士が推薦するのも分かるわ」
博士の家事嫌い、部屋の汚さは、学校内でも有名のようで、私が世話係になったことにも、皆さん納得されているようだ。貴重な魔法力を掃除に大量消費する謎のメイドというのは、いかにもグッケンス博士が連れてきそうな人物像らしい。
「マリスさんは、どうして《白魔法》に興味を持たれたのかしら?」
「私のことは、どうぞメイロードとお呼びください、ロキ教授。
……そうですね。魔法を使って人を救える方法があるのなら、ぜひ知りたい。単純にそう思っただけなんです。
魔法で人が癒せるのなら、薬が手に入らなかったり、あるいは足りなくなってしまった状況でも人を助けられます。
使える可能性が少しでもあるなら、研究してみたい、そう思いました」
私の言葉にロキ教授は優しく頷いてくれた。
「私もそう思うわ。今の魔術師は攻撃には長けていても、人を救う魔法をあまり持たないから、どうしても恐れられる存在になってしまう。もっと、人々のためになる魔法が研究されて然るべきなのよ。
《白魔法》の復活には、その可能性があると思う。是非、研究して頂戴ね、資料はいくらでもお見せするわ」
ロキ教授は、攻撃系魔法偏重の魔法学校のあり方や、魔術師を兵器のように考えている軍部に対して、色々と考えるところがあるらしい。〝国家魔術師〟養成のために作られている魔法学校であるが故、強力な攻撃系魔法を持つ者が、学校内でも優秀とされがちなのは仕方ないのだが……
ロキ教授は、早速、貴重な資料をいくつかテーブルに持ってきてくれた。
どれも年代の違う古代イルガン語、簡単に読み下せるようなものではない。
ロキ教授は、それらの文献について分かっていることを、教えてくれながら机に並べていった。
「直接《白魔法》について書かれていると推測できる文献は、とても少ないの。その中でもこの辺りは、個人の日記のようなもので、内容については期待薄ではあるんだけど……《白魔法》使いの医師の備忘録らしいいのよ。興味あるかしら?」
ロキ教授は、どうやら私に過剰な期待をしているようだ。あながち間違っていないので、余計困るのだが、この資料は読みたい。
「それは貴重なものですね。内容が分かる自信はないですが、拝見させて頂きます」
私はなるべく表情を変えないよう注意しながら、そのかなりボロボロの木片に書かれた備忘録に目を落とした。
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