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3 魔法学校の聖人候補

371 博士と整理整頓と

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371

私には《白魔法》研究を進めるに当たって、重要なふたつのアドバンテージがある。

古代イルガン語に限らず全ての古代語を読めること、そして長い歴史を知る龍族の知り合いがいること。
さすがのセイリュウも数千年は生きていないだろうが、彼らは人の歴史に詳しい一族だ。
それに青龍たちの知る《聖魔法》と失われた《白魔法》には、どうやら密接な関係も見て取れる。

明日は歌のレッスンのため、ミゼル先生の熱血指導を受けにセイリュウの霊山へ行く日だ。ちょうどいいので、そのときにいろいろ聞いてみることにした。

「今日の勉強はここまでにして、博士の資料整理を始めましょうか」

ソーヤに声をかけて、ダンジョン化している研究棟内にある倉庫の改善のため、資料とモノを分別し始める。私が留守をしている間にソーヤに大まかな分類を頼んでおいたのですでに大分仕分けは進み、ざっくりと読み物とそうでないものには分けられているが、まだ道は遠い。

個人の所蔵品なので、博士さえモノの場所を把握できれば問題ないため、図書館式のインデックスを使った正確な管理は止めることにした。多すぎる上に次から次へと増えていく品物のすべてをきちんと分類しようとすると、あまりにも時間が掛かってしまう。何万点あるのか分からないが、恐らくそれをやろうとすれば年単位の作業だろう。

博士は何かやり始めると、あれこれ資料をひっくり返すタイプなので、この詳細な目録作りに近い作業を始めてしまうと、その間ずっと不便をかけてしまう、という点も大きい。こういう作業中は逆にモノの配置が無秩序になり、非常に面倒なことになると予想されるし、どちらも混乱する。

なので、こちらの世界のアルファベットに当たる三十一音に従い、とにかく順番に並べてしまうという方法を採用した。

ただ、モノを取り出す際に取り出した場所に番号(ざっくりした座標情報あり)の書かれた板を挟み、その板に付けられた付箋を取り出した物に張るもしくは挟んでおく、この作業を徹底するよう皆に厳命した。

これで、語順と番号から位置が割り出せ、博士以外が片付けをしても取り出した場所へ戻せるので、モノの場所があちこち移動することはなくなるはずだ。

スパッと元の位置へ一瞬で戻せる方法ではないので時間は多少かかるが、どうせ片付けるのは私やソーヤなので、博士の時間を煩わせずに済むし、ちゃんと運用すれば確実性は高い。検索出来るような詳細な目録は、時間を見て少しづつ作っていけば、それもいつか終わるだろう。そちらはのんびり気長にやっていくつもりだ。

(道のりは長そうだけど、まぁ、焦ることはないよね)

いまはひとつの秩序を保つことで、この混沌から脱却できればそれでいい。

現在、整理するための棚作りをソーヤとセーヤに発注している。
しっかり指示を出し、きっちりした図面さえあれば、力持ちで器用な妖精さんたちのことだ、数日で完成させてくれるだろう。
棚さえ出来上がればあとはひたすらアルファベット順に並べるだけだ。この作業なら恐らく一週間もかからず終わる。私の予測では、この棚整理が終われば、一階分ぐらい丸ごと部屋が空くと思う。そこを、博士の研究室として整えて、生活空間への資料の侵食を最小限に食い止めたい。そして、できるならダイニングのテーブルで資料を読みながらご飯を食べるという博士のクセを直して欲しいとも思っている。

(ま、忙しいっていうのもあるし、完全には直らないとは思うけど……)

いまも三時のおやつタイム、ダイニングのテーブルに博士は資料を積み上げて何か書き物をしながらお茶を飲んでいる。どうやら、魔術師ギルド関連の書類作成に追われているらしい。

「魔術師ギルド、もう立ち上がるみたいですね」

私はチーズケーキを取り分けて、コーヒーのおかわりとともに博士に差し出しながら尋ねた。

「ああ、キルム王国との交渉が少し難航しておるがの。本来、ギルドに関する扱いは国の支配を受けてはならないという不文律があるので、キルムがなんと言おうと支部を作ることは止められぬ。だが、魔術師を国が管理しようとする姿勢の強硬なキルムには厄介な組織なのだろう。いろいろと難癖をつけてきてな。まぁ、最悪、キルムの支部は後回しにすることになるやもしれん……」

キルム王国では、民間の魔術師のレベルが非常に低い。というか、戦闘可能もしくは戦術的に利用価値のある魔術師はすべて国に属させようとする国策が取られている。

そのためそれを望まぬ魔術師は、イスの魔法屋エミの母のように危険を冒しても国を逃れていく。キルムが魔術師ギルドという本来設置に反対などしてはならない国を超えた互助組織に対し、無茶なイチャモンをつけてでも設置を渋るのは、魔術師ギルドがそういう国の方針と反する魔法使いの受け皿となることを恐れているせいだろう。

「大変ですね……」

「そうだな……むしろそういう国にこそ必要なのだがな。だが、どちらにせよ、認知されてしまえば、キルムも抗えまいよ……時間の問題だ」

この世界におけるギルドの価値、そして立場はとても強い。国が成立する遥か以前から存在していたとされるこの仕組みはあらゆる分野に渡り人々を支えているからだ。国際的に認められたギルドの支部がないなど、国の恥でしかないし、その経済的損失も非常に大きい。

〝魔術師ギルド〟という、新しいが強い力を持つだろうギルドに対し、キルム王国が今後どういう対応をしてくるか、しばらくは静観するしかなさそうだ。

「そういえば、エミはもうイスに戻ったんですよね」

私は、最高の〝魔法屋〟を目指して、魔法学校へ入ったイスの少女エミのことを訪ねてみた。
彼女の母はキルムから逃げ出した魔法使いで、彼女にもその素養があったため、あのときここで学ぶことを提案したのだ。
私の問いに、博士は、苦笑しながらエミの学園生活を教えてくれた。

「誰よりも熱心な学生だったよ。筋も悪くないし、正直、あのまま進めばいい魔法使いにもなれただろう。人気者でもあったよ。人懐こい上に、長く商売の手伝いをしていたせいか愛想のいい子だったからな。
プライドが高く、人付き合いが苦手な者の多いここでは、稀有な存在だったのだろう。学生たちから何度も交際を申し込まれ、しまいには求婚までされて、かなり困っておったな。

結構な大貴族の血筋の者や富豪の跡取りもいたのだが、まったく本人にその気がなくてな。

エミは最初から目標としていたレベルに達したところで、うまく手を抜き落第点へ下降させ、先期であっさりと退学していったよ、嬉しそうにな。帰り際には

〝いつか、メイロードさまのお役に立てるような最高の〝魔法屋〟になりたい〟

そう笑っていたよ。面白い子だったの」

エミからは手紙を貰っていたので、戻ったことは知っていたが、プロポーズされた話までは書いていなかったので驚いたが、なかなか面白い学生生活だったようだ。まったく魔法使いになることに未練がないところもエミらしい。

(また、近いうちに〝貴方の魔法〟を訪ねてみよう)

私はチーズケーキを食べながら、貴族からの上から目線の求婚を、愛想よくにっこりバッサリ断るエミの様子を想像してなんだか笑ってしまった。

(お疲れ様。お仕事頑張ってね、エミ!)
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