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3 魔法学校の聖人候補
362 試験
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362
ざっと300人は列に並んでいた。
博士の話では〝ちょちょっと実技テストがあるだけ〟という話だったが、博士は一体どういう風にこの試験を認識していたのか理解に苦しむ。この内弟子審査、博士からの情報とは全然違う規模と張り詰めた空気の中で始まろうとしているのだ。
(みんな目が怖い!)
魔法学校の実技演習場に集められた〝世話係兼任の内弟子〟志望者は、どうやら苦学生だけでなく、高名な方だらけの魔法学校教授陣の内弟子として直接指導してもらうことを期待した人たちも多くなっているようで、盛んに〝どの先生の内弟子がいいか〟というような話が耳に入る。
その話からも分かるように、多くの受験者は〝推薦〟ではなく〝志願〟した人たち。
彼らはここで自らの実力を見せつけて、内弟子にしてくれる教授を探すのだ。
だからなのか皆、目はギラギラしていて、ものすごくやる気に満ちているし、見たところ私以外は皆、魔法学校の学生なので16歳以上だし、上級生が多いように見える。
(浮いてるなぁ、私……)
おそらく、明らかに弱っちい子供でしかない私は彼らのライバルには見えないのだろう。
〝記念受験〟だとでも思われているのか、自分のことで手一杯なのか、チラチラ見られはするが、誰も話しかけたりはしてこない。
さて、ここで困ったことが起きた。
〝推薦〟組は別の列に並ぶよう指示があり、私を含めた15人程がその列に向かうと、ざわめきが起こった。
(あんな子供が推薦!?)
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。初っ端から悪目立ち全開。
こうなってしまうと、最低ラインでの合格では許されないのは明らかだ。本来〝推薦〟組は行く場所が決まっているため、基準を満たせば合格になるのだが、教授推薦の私が、この生徒たちの前であからさまに彼らに劣るようでは、きっと後でグッケンス博士に抗議が来たりする事態になる気がした。
対応を誤れば、内弟子となった私に対して、風当たりが強くなる可能性も十分ありうる。私としても初手から悪印象は持たれたくない。平和な学校生活のためには、ひけはとらないが引かれない程度という微妙で難しいラインを見極める必要があるが、問題は、それがどの程度なの全く分からないことだ。
しかも、いつもの癖でちゃんと間に合うよう早めにきてしまったため、試験の順番も早めで他の人たちの様子を伺うこともできない。
(自分の律儀さが憎い!まいったなぁ、どうしよう……)
なすすべなく心の中でオロオロしていると、私の番になる直前に、皆がざわつき始めた。
試験会場に特級魔術師ハンス・グッケンス博士が突然やってきたのだ。
ここにいる人は皆、できることならグッケンス博士の内弟子になりたい人ばかりだが、博士は今まで内弟子を取ったことがないので有名だそうで、彼がこの会場に来るのも初めてらしい。
受験者のテンションはさらに上がり、皆渾身の術を見せようと練習に必死だ。
そんな中、私の番がやってきてしまった。
(うわぁ、どうしよう、どうしよう)
すると、グッケンス博士が突然口を開く。
「私はこのメイロード・マリスを、我が世話係に推薦した」
その言葉に、さらに大きなざわめきが起こる。
「メイロード、私の課題をやってみるか?」
急なフリだが、ここはやるしかない。
「は、はい。お願い致します!」
私の言葉に頷いた博士は、博士の研究棟の中のような雰囲気の一部屋をポンっと出現させた。
但し、私とソーヤが磨き上げる前の、あの〝汚城〟状態の部屋だ。
「この部屋を整えなさい」
博士の言葉に私はすぐ反応する。
「はい。分かりました」
まずは《清浄》の魔法を全体に展開。これには火魔法と風魔法が必要だ。これで目立った汚れや埃はほとんどなくなる。
だが、それだけでは床の艶は戻らないので、木の油を床面に水魔法を応用してごく薄く広げ、風魔法を使い圧力を掛けて塗り込む。並行して、散らかっていたものを風魔法《移動》を応用して、適当な場所に配置。布という布は《パーフェクト・バニッシュ》で、新品同様に復元。欠けのあった食器は土魔法で《修復》して、綺麗に棚に戻した。
磨き上げが必要な家具も同様に並行して風魔法で磨き上げる。
「終わりました」
一度は片付けたことのある部屋、それに年がら年中使っている掃除魔法。私に迷いはなかった。
そして仕上がった同じ部屋だとは全く思えない完璧に磨き上げられた部屋……お掃除完了まで15分は必要なかった。
私の仕事に頷いた後、あまりのスピードにざわつく受験者達に向かいグッケンス博士はこう言った。
「私は有能な世話係を求めておる。もし、この中にもっと早くこの部屋を片付けられる者がいるのなら、その者を私の内弟子としても良い。志願者はおるか?」
何人かが手を挙げ、挑戦するという。
グッケンス博士は、元の〝汚城〟をすぐ復元し、彼らに挑戦の機会を与えた。
結果、10人が挑戦したが、完了できたものは誰もいなかった。リタイアせず、かなり頑張って30分ほど奮闘していた人もいたが、魔力の方が厳しくなってしまい、その方はドクターストップとなってしまった。
「私の世話役は、どうやらお前しか出来ぬようだな……他の者も異論はないな!」
静かになった受験者に向かいグッケンス博士はそう言って、薄く笑うと、試験場を去っていった。
どうやら、私はお掃除をしただけで、試験に通過したようだ。
(でも、ただのお掃除じゃないんだけどね……)
私がものすごいスピードで、しかも並行していくつもの魔法を使ったせいで、皆よく分かっていなかったようだが、実はこのお掃除魔法《全属性適正》である私だから出来るものだ。
博士はそれを分かっていて、わざと卑近な〝掃除〟という例を使い、しかも〝内弟子〟という言葉を使わず〝世話係〟を強調し、あくまで欲しいのは〝掃除が出来る世話係〟で、弟子を育てる気なんかない、ということを暗に匂わせた。
おかげで、私へ向く目も柔らかくなり、どうやら掃除だけは出来る魔法が使える〝準メイド〟ぐらいの存在だと思ってくれたみたいだ。
私は、魔法学校のバッジと合格の証書を受け取り、頭を下げて試験場を後にした。
さあ、いよいよ魔法学校で勉強だ!
ざっと300人は列に並んでいた。
博士の話では〝ちょちょっと実技テストがあるだけ〟という話だったが、博士は一体どういう風にこの試験を認識していたのか理解に苦しむ。この内弟子審査、博士からの情報とは全然違う規模と張り詰めた空気の中で始まろうとしているのだ。
(みんな目が怖い!)
魔法学校の実技演習場に集められた〝世話係兼任の内弟子〟志望者は、どうやら苦学生だけでなく、高名な方だらけの魔法学校教授陣の内弟子として直接指導してもらうことを期待した人たちも多くなっているようで、盛んに〝どの先生の内弟子がいいか〟というような話が耳に入る。
その話からも分かるように、多くの受験者は〝推薦〟ではなく〝志願〟した人たち。
彼らはここで自らの実力を見せつけて、内弟子にしてくれる教授を探すのだ。
だからなのか皆、目はギラギラしていて、ものすごくやる気に満ちているし、見たところ私以外は皆、魔法学校の学生なので16歳以上だし、上級生が多いように見える。
(浮いてるなぁ、私……)
おそらく、明らかに弱っちい子供でしかない私は彼らのライバルには見えないのだろう。
〝記念受験〟だとでも思われているのか、自分のことで手一杯なのか、チラチラ見られはするが、誰も話しかけたりはしてこない。
さて、ここで困ったことが起きた。
〝推薦〟組は別の列に並ぶよう指示があり、私を含めた15人程がその列に向かうと、ざわめきが起こった。
(あんな子供が推薦!?)
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。初っ端から悪目立ち全開。
こうなってしまうと、最低ラインでの合格では許されないのは明らかだ。本来〝推薦〟組は行く場所が決まっているため、基準を満たせば合格になるのだが、教授推薦の私が、この生徒たちの前であからさまに彼らに劣るようでは、きっと後でグッケンス博士に抗議が来たりする事態になる気がした。
対応を誤れば、内弟子となった私に対して、風当たりが強くなる可能性も十分ありうる。私としても初手から悪印象は持たれたくない。平和な学校生活のためには、ひけはとらないが引かれない程度という微妙で難しいラインを見極める必要があるが、問題は、それがどの程度なの全く分からないことだ。
しかも、いつもの癖でちゃんと間に合うよう早めにきてしまったため、試験の順番も早めで他の人たちの様子を伺うこともできない。
(自分の律儀さが憎い!まいったなぁ、どうしよう……)
なすすべなく心の中でオロオロしていると、私の番になる直前に、皆がざわつき始めた。
試験会場に特級魔術師ハンス・グッケンス博士が突然やってきたのだ。
ここにいる人は皆、できることならグッケンス博士の内弟子になりたい人ばかりだが、博士は今まで内弟子を取ったことがないので有名だそうで、彼がこの会場に来るのも初めてらしい。
受験者のテンションはさらに上がり、皆渾身の術を見せようと練習に必死だ。
そんな中、私の番がやってきてしまった。
(うわぁ、どうしよう、どうしよう)
すると、グッケンス博士が突然口を開く。
「私はこのメイロード・マリスを、我が世話係に推薦した」
その言葉に、さらに大きなざわめきが起こる。
「メイロード、私の課題をやってみるか?」
急なフリだが、ここはやるしかない。
「は、はい。お願い致します!」
私の言葉に頷いた博士は、博士の研究棟の中のような雰囲気の一部屋をポンっと出現させた。
但し、私とソーヤが磨き上げる前の、あの〝汚城〟状態の部屋だ。
「この部屋を整えなさい」
博士の言葉に私はすぐ反応する。
「はい。分かりました」
まずは《清浄》の魔法を全体に展開。これには火魔法と風魔法が必要だ。これで目立った汚れや埃はほとんどなくなる。
だが、それだけでは床の艶は戻らないので、木の油を床面に水魔法を応用してごく薄く広げ、風魔法を使い圧力を掛けて塗り込む。並行して、散らかっていたものを風魔法《移動》を応用して、適当な場所に配置。布という布は《パーフェクト・バニッシュ》で、新品同様に復元。欠けのあった食器は土魔法で《修復》して、綺麗に棚に戻した。
磨き上げが必要な家具も同様に並行して風魔法で磨き上げる。
「終わりました」
一度は片付けたことのある部屋、それに年がら年中使っている掃除魔法。私に迷いはなかった。
そして仕上がった同じ部屋だとは全く思えない完璧に磨き上げられた部屋……お掃除完了まで15分は必要なかった。
私の仕事に頷いた後、あまりのスピードにざわつく受験者達に向かいグッケンス博士はこう言った。
「私は有能な世話係を求めておる。もし、この中にもっと早くこの部屋を片付けられる者がいるのなら、その者を私の内弟子としても良い。志願者はおるか?」
何人かが手を挙げ、挑戦するという。
グッケンス博士は、元の〝汚城〟をすぐ復元し、彼らに挑戦の機会を与えた。
結果、10人が挑戦したが、完了できたものは誰もいなかった。リタイアせず、かなり頑張って30分ほど奮闘していた人もいたが、魔力の方が厳しくなってしまい、その方はドクターストップとなってしまった。
「私の世話役は、どうやらお前しか出来ぬようだな……他の者も異論はないな!」
静かになった受験者に向かいグッケンス博士はそう言って、薄く笑うと、試験場を去っていった。
どうやら、私はお掃除をしただけで、試験に通過したようだ。
(でも、ただのお掃除じゃないんだけどね……)
私がものすごいスピードで、しかも並行していくつもの魔法を使ったせいで、皆よく分かっていなかったようだが、実はこのお掃除魔法《全属性適正》である私だから出来るものだ。
博士はそれを分かっていて、わざと卑近な〝掃除〟という例を使い、しかも〝内弟子〟という言葉を使わず〝世話係〟を強調し、あくまで欲しいのは〝掃除が出来る世話係〟で、弟子を育てる気なんかない、ということを暗に匂わせた。
おかげで、私へ向く目も柔らかくなり、どうやら掃除だけは出来る魔法が使える〝準メイド〟ぐらいの存在だと思ってくれたみたいだ。
私は、魔法学校のバッジと合格の証書を受け取り、頭を下げて試験場を後にした。
さあ、いよいよ魔法学校で勉強だ!
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