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2 海の国の聖人候補
353 ザネの眼
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353
エーデが祈りを捧げ続けていたこの巨木は〝ザネの眼〟と呼ばれており、この地に遥か昔からある不思議な力を秘めた大樹だという。
このジャングルを移動する上での大事な目印であり、この地の象徴であり、この地の人々に神のように崇められてもいる。
今から13年前、バイオンさんの孫娘3歳のエーデは、この〝ザネの眼〟に両親と共にお参りに来たおり、妖精の声を聞いた。妖精の願いは〝ザネの眼〟を守ること、そのための世話をし祈りを捧げること。
幼いエーデがどこまで分かっていたのか定かではないが、契約は結ばれ〝ネネ〟と名付けられた妖精はエーデを守護するようになった。
ネネにはソーヤたちのような馬鹿力……もとい身体能力はなく、普段できるのはエーデの遊び相手をすることぐらいだったが、ひとつだけ特殊な力を持っていた。
天気を当てるのだ。
長い予報はできなかったが、5日以内の予報は一度も外れたことがなかったという。
「土地を耕す者にとって、嵐が前もって分かるだけでも、どれだけ助かることか……私たちは改めて〝ザネの眼〟に敬意を払い、大切にして参りました。もちろん、ネネも……」
だが、大切な巨木〝ザネの眼〟の命数は、やはりもう尽きかけていた。
「ネネの様子をごらんになって気づかれたでしょうが、もうこの〝ザネの眼〟の命は……
ですが、姉妹同然に育ってきたエーデは、どうしてもネネがいなくなることに耐えられず、なんとしても〝ザネの眼〟の命数を尽きさせないよう森の神にお願いするのだと聞かず、今も集落をあげて神事を行っておりました。
ここの者たちも、ネネの力には随分と助けられてきましたし〝ザネの眼〟の加護がなくなることはやはり恐ろしいのでございます」
バイオンさんの話を一通り聞いた私は、次に妖精のネネと話すことにした。
「ネネ、私と少しだけお話ししてくれる?」
ずっとエーデを見て、名を呼び続けていたネネは私の方を向いて頷いてくれた。
「エーデ助けてくれて、ありがとう。人はすぐ命尽きる、悲しい……」
「そうね……」
千年を超えて生きる巨木の妖精には、100年と持たない人の営みは、きっととても儚く見えるのだろう。
「〝ザネの眼〟は、今、命数が尽きることを望んでいるのかどうか知りたいの。
エーデにも、ここに住む人たちにも〝ザネの眼〟の加護は大切なもので、急にそれが失われることを皆恐れ、悲しんでいるのが分かるでしょう?
彼らのために、猶予を与えてあげて欲しいの。
その助けが私にはできるのだけど〝ザネの眼〟とネネが、それを望まないのなら、このままにしておくつもりです。
どうかしら?」
ネネは少し考えるようにしてから、再び私を見て言った。
「せめてエーデの命数が尽きるまで、見守ってやりたいと〝ザネの眼〟が言っている。ネネもエーデ心配。エーデ、とても心配……」
再びエーデに目を落とし、ネネは名前を呼び続ける。
私は頷いて、バイオンさんの元に戻るとこう告げた。
「今〝ザネの眼〟の意思を確かめた所、あなた方のために後数十年の猶予を与えても良いと言ってもらえました。
そして、私は魔法で、それを行うことができます。今だけ、〝ザネの眼〟を救っていいですか?
この猶予の間に〝ザネの眼〟の後継者を育ててみてはどうでしょう。株分けした巨木が育てば、ネネも移動できるかもしれません。
あ、もちろん見返りなどは一切要求するつもりはありませんので、ご心配なく」
バイオンさんは驚きつつも大きく頷いた。
「も、もちろんです。そのようなありがたいお申し出をどうして拒みましょうか!
できるのでしたら〝ザネの眼〟から株分けをして新しい〝ザネの眼〟を育てられるよう全力を尽くします。心から皆でお世話させて頂きます。私たちに猶予を下さるという〝ザネの眼〟に心から感謝を。魔法使いさま、どうかお救い下さい」
彼の依頼に頷いた私は、祈り続ける人々の間を抜け〝ザネの眼〟の前に立った。
間近で見ると、本当に大きい。よく見れば、そこかしこに大きな傷や朽ちかけたウロがあり、長い長いその寿命を感じさせた。
(もう少しだけ、ネネと一緒にみんなを見守ってね)
私はガサガサの木の表皮に触れ《緑の手》を発動。木の内側に向かって、生気を吹き込んでいった。
私の手から放出された暖かな光が吸い込まれるのと呼応して、程なく地鳴りが始まり、新しい根が伸びていく様子が分かった。葉の一枚一枚に瑞々しさが戻り始め、老いた巨木〝ザネの眼〟は生気を取り戻した。
(お疲れ様、私にできるのはこれだけ……なるべく長く健康でいてね)
私は手を離し、振り返る。
皆が平伏して祈っていたが、私は驚かなかった。今回はこうなることも織り込み済みで、皆の前で魔法使いだと名乗り、力も使ったのだ。
「〝ザネの眼〟を微力ながら、延命させて頂きました。
私はメイロード・マリスという名の魔法使いです。
この度、この近くの農地にて、カカオという植物の栽培を始めることになりました。
以後お見知り置きを!」
なるべく魔法使いらしい威厳を見せるよう心がけながらにっこりと微笑んで自己紹介をし、鷹揚に頷いてみた。
(できる魔法使いらしく見えてるといいけど……)
そして、私に向かって祈り始めた村人の間をすり抜け、バイオンさんの元に戻ってこう言った。
「私の仕事には人手が必要なので、いづれ、村の方々とお仕事ができたらと考えています。
それから……暫くは、村の周りが騒がしいかと思いますが、お気になさらず、ご勘弁下さい」
エーデが祈りを捧げ続けていたこの巨木は〝ザネの眼〟と呼ばれており、この地に遥か昔からある不思議な力を秘めた大樹だという。
このジャングルを移動する上での大事な目印であり、この地の象徴であり、この地の人々に神のように崇められてもいる。
今から13年前、バイオンさんの孫娘3歳のエーデは、この〝ザネの眼〟に両親と共にお参りに来たおり、妖精の声を聞いた。妖精の願いは〝ザネの眼〟を守ること、そのための世話をし祈りを捧げること。
幼いエーデがどこまで分かっていたのか定かではないが、契約は結ばれ〝ネネ〟と名付けられた妖精はエーデを守護するようになった。
ネネにはソーヤたちのような馬鹿力……もとい身体能力はなく、普段できるのはエーデの遊び相手をすることぐらいだったが、ひとつだけ特殊な力を持っていた。
天気を当てるのだ。
長い予報はできなかったが、5日以内の予報は一度も外れたことがなかったという。
「土地を耕す者にとって、嵐が前もって分かるだけでも、どれだけ助かることか……私たちは改めて〝ザネの眼〟に敬意を払い、大切にして参りました。もちろん、ネネも……」
だが、大切な巨木〝ザネの眼〟の命数は、やはりもう尽きかけていた。
「ネネの様子をごらんになって気づかれたでしょうが、もうこの〝ザネの眼〟の命は……
ですが、姉妹同然に育ってきたエーデは、どうしてもネネがいなくなることに耐えられず、なんとしても〝ザネの眼〟の命数を尽きさせないよう森の神にお願いするのだと聞かず、今も集落をあげて神事を行っておりました。
ここの者たちも、ネネの力には随分と助けられてきましたし〝ザネの眼〟の加護がなくなることはやはり恐ろしいのでございます」
バイオンさんの話を一通り聞いた私は、次に妖精のネネと話すことにした。
「ネネ、私と少しだけお話ししてくれる?」
ずっとエーデを見て、名を呼び続けていたネネは私の方を向いて頷いてくれた。
「エーデ助けてくれて、ありがとう。人はすぐ命尽きる、悲しい……」
「そうね……」
千年を超えて生きる巨木の妖精には、100年と持たない人の営みは、きっととても儚く見えるのだろう。
「〝ザネの眼〟は、今、命数が尽きることを望んでいるのかどうか知りたいの。
エーデにも、ここに住む人たちにも〝ザネの眼〟の加護は大切なもので、急にそれが失われることを皆恐れ、悲しんでいるのが分かるでしょう?
彼らのために、猶予を与えてあげて欲しいの。
その助けが私にはできるのだけど〝ザネの眼〟とネネが、それを望まないのなら、このままにしておくつもりです。
どうかしら?」
ネネは少し考えるようにしてから、再び私を見て言った。
「せめてエーデの命数が尽きるまで、見守ってやりたいと〝ザネの眼〟が言っている。ネネもエーデ心配。エーデ、とても心配……」
再びエーデに目を落とし、ネネは名前を呼び続ける。
私は頷いて、バイオンさんの元に戻るとこう告げた。
「今〝ザネの眼〟の意思を確かめた所、あなた方のために後数十年の猶予を与えても良いと言ってもらえました。
そして、私は魔法で、それを行うことができます。今だけ、〝ザネの眼〟を救っていいですか?
この猶予の間に〝ザネの眼〟の後継者を育ててみてはどうでしょう。株分けした巨木が育てば、ネネも移動できるかもしれません。
あ、もちろん見返りなどは一切要求するつもりはありませんので、ご心配なく」
バイオンさんは驚きつつも大きく頷いた。
「も、もちろんです。そのようなありがたいお申し出をどうして拒みましょうか!
できるのでしたら〝ザネの眼〟から株分けをして新しい〝ザネの眼〟を育てられるよう全力を尽くします。心から皆でお世話させて頂きます。私たちに猶予を下さるという〝ザネの眼〟に心から感謝を。魔法使いさま、どうかお救い下さい」
彼の依頼に頷いた私は、祈り続ける人々の間を抜け〝ザネの眼〟の前に立った。
間近で見ると、本当に大きい。よく見れば、そこかしこに大きな傷や朽ちかけたウロがあり、長い長いその寿命を感じさせた。
(もう少しだけ、ネネと一緒にみんなを見守ってね)
私はガサガサの木の表皮に触れ《緑の手》を発動。木の内側に向かって、生気を吹き込んでいった。
私の手から放出された暖かな光が吸い込まれるのと呼応して、程なく地鳴りが始まり、新しい根が伸びていく様子が分かった。葉の一枚一枚に瑞々しさが戻り始め、老いた巨木〝ザネの眼〟は生気を取り戻した。
(お疲れ様、私にできるのはこれだけ……なるべく長く健康でいてね)
私は手を離し、振り返る。
皆が平伏して祈っていたが、私は驚かなかった。今回はこうなることも織り込み済みで、皆の前で魔法使いだと名乗り、力も使ったのだ。
「〝ザネの眼〟を微力ながら、延命させて頂きました。
私はメイロード・マリスという名の魔法使いです。
この度、この近くの農地にて、カカオという植物の栽培を始めることになりました。
以後お見知り置きを!」
なるべく魔法使いらしい威厳を見せるよう心がけながらにっこりと微笑んで自己紹介をし、鷹揚に頷いてみた。
(できる魔法使いらしく見えてるといいけど……)
そして、私に向かって祈り始めた村人の間をすり抜け、バイオンさんの元に戻ってこう言った。
「私の仕事には人手が必要なので、いづれ、村の方々とお仕事ができたらと考えています。
それから……暫くは、村の周りが騒がしいかと思いますが、お気になさらず、ご勘弁下さい」
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