利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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2 海の国の聖人候補

351 首都アーロ

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351

ザインが近づくにつれ、気温が上昇しているのを肌で感じる。

ここは、まさに亜熱帯性気候の土地だ。いまの湿度は思ったほどではないけれど、内陸にあるジャングルのような大森林地帯に向かえば、きっとひどくなるだろうことが想像できる暑さである。

(いくら鉱物の産地だからって、こんな暑い地域で鍛治工房が多いとか信じられない!)

ザインの首都アーロは、海からはかなり離れているため、運河を登り船を停泊させてから街道に出て、入場審査を受けるため門へ向かうこととなる。
街の中まで船で入るには、特別の許可が必要となるため、初めての私たちはこの方法で入るしかないのだ。

漁業を生業とする人たちは水際の土地に住んでいるのだが、金属を扱う工房主は〝塩〟の影響を嫌い、この内陸に皆工房を構えている。従って、商業・工業の中心もこの場所となり、現在のザインの基幹産業である武器産業はこの内陸の街で発展した。

いまでは、大小様々な専門技術を持つ金属加工工房を中心とした世界的に有名な武器製造の拠点となった、ここアーロがこの国の首都となっている。

街はさすがの賑わいで、運河を行き来する船の数も大変多く、その船籍も様々。さまざまな国の人たちが数多く出入りしていた。
圧倒的に男性が多く、若干殺伐とした雰囲気なのも、マホロで聞いた通りだ。
女性で、しかも子供の私は、かなり場違いに思えるし、実際〝なんだこいつ?〟といった視線も結構感じる。

(なかなかにアウェイな感じだね……まぁ、いいけど)

「今回は武器や刃物を見にきたわけじゃないから、とにかく商人ギルドでこの地の拠点とカカオ栽培のための土地探しをお願いしてみましょう」

ちょっと刃物の工房には興味を惹かれたけれど、ここはお仕事優先だ。
私はソーヤを連れて早速商人ギルドへと向かった。

アーロの商人ギルドは、首都のギルドらしく、非常に立派なものだった。
建物にもいたるところに鉱物が使われ、装飾にもさまざまな種類の武器が使われるなど、この国らしい雰囲気が感じられる。

一階の半分がギルド直営の店になっており、鉱物の取引が行われている他、地場産業である刃物のアンテナショップとなっていた。店中にずらりと並べられた見事な剣や刃物の前では、多くの冒険者らしき人たちが入れ替わり立ち替わり品定めのためにやってきては、何か考え込み、また移動し、ということを繰り返している。

(なるほど、お値段も一流ってことね。予算と相談か……)

そんな冒険者たちのひきこもごもを横目に、受付でマホロの商人ギルドから紹介を受けてきた旨を伝えると、直ぐに応接室へ通された。

アーロ商人ギルドの幹事シュニフさんは、商人ギルドの方には珍しい堂々たる体躯の方で、剣を振るほうが似合いそうな雰囲気だった。だが、物腰は丁寧、私に対しても最初から侮る態度は一切見られなかった。

「お噂はかねがねお伺いしておりました。ラキでのご活躍、マホロ商人ギルドでも大変お世話になっております。おかげをもちまして、沿海州の商人ギルドは、このところ非常に安定した仕事ができるようになりました」

ギルドは、国を超えた互助組織のため横の連携が強く、ギルド間の情報はかなり早く伝わっている様子だ。

私がラキのダンジョンを攻略した顛末も、すでにこちらにまで伝わっているらしい。

「マホロのタスカ様からも、〝できる助力はすべてお願いする。問題が起こった場合、どんなことであろうともタスカの名において責任を持つ〟という、ご伝言を頂いております。私共もそのつもりですので、なんでもご相談下さいませ」

そう言いながら、シュニフさんは次回からの〝マリス商会〟所属の船すべてに対する入場許可証を用意してくれた。これを取るためには、かなり面倒な審査があると聞いていたのだが……ありがたいことだ。

マホロの商人ギルドに恩を売っておいた効果がこんなところで現れるとは思わなかったが、私の信用力はここでもかなり高くなっているようで、正直なところとても助かった。子供だからと侮られるクダリをパスできるだけでも、本当にありがたいし、面倒な手続きをスキップさせてもらえることも、時間のない私には僥倖だ。

「お手続きありがとうございました。ありがたく使わせていただきます。それで早速ですが、仕事のために早急に土地の確保が必要なのです。ご助力頂けましたらとても助かります。実は、こちらにお伺い致しましたのも広い農地を求めてのことなのです」

私は、この土地に適した植物を大規模に栽培したいと考えていること。
できれば、それを育てる人材も欲しいことを伝えた。

「それは願ったり叶ったりでございます。お恥ずかしい話ですが、ザインはどうも普通の農業にはあまり向いていない土地が多く、農業に従事する者たちは労働に見合った対価が支払われていない土地です。

それでも、先祖伝来の土地を守る者たちがおりますが、非常に貧しいため自治区扱いの場所も多いのです。彼らの助けになる作物でしたら、喜んで世話をしてくれるでしょう」

ザインは沿海州三国の中では、最も財政的に安定した土地だが、農業政策に資金が投じられるところまでは行き届いていない。開拓も進んでいないので、農作物は、半分沿海州の別の国や地域からの輸入に頼っている様子だ。
開拓や農業政策のために長期に渡って大金をつぎ込むより、その方がきっと人手もいらない上に安価なのだろうと、想像はつく。

最終的に、ここに置く私の農場の作物はシド帝国に輸出する予定なので、運びやすい河沿いにある土地をいくつか紹介してもらい、幸いなことに理想的な大きさの平地のある場所を見つけられた。
以前は、畑として使われていた農地だったが、現在は完全に休耕地になってしまっている場所だ。
何も作られていない広大な農地、価格も考えていたよりずっとお手頃だ。

時間がないので、即決で購入。2ヘクタールほどで1100ポル。交渉すれば、まだまだ値切れるとシュニフさんは言ってくれたが、金額は想定より安いぐらいだし、いまは時間の方が惜しい。まだ荒れるところまではいっていない空き地らしく、特に物も置いていないので、すぐ仕事ができるというのもいい条件だ。

地図を確認したところ、アーロからは陸路3、4時間といったところのようだ。
川を使って上流へと進むには、魔石を動力とした船か多くの人足を集めることが必要だそうで、調達に時間がかかるらしい。
待っている時間も惜しいので、陸路で明日の早朝出発すると決め、移動用の馬車を調達した。

アーロの拠点は、静かな住宅街の一軒家に決め、それからもう一軒、ある目的で目立たない郊外の家も手に入れた。
郊外の家にちょっと細工してから、アーロの拠点と決めた家に落ち着いた後、頭の中の地図と紹介された土地を照合しながら、栽培計画をざっと立ててみた。

(これならいけそうかな)

手に入れた土地は、馬車で3時間以上かかり、更に途中からは整備されていない道になる。
到着まで半日は見る必要がありそうだった。

(ガタガタ道で半日……まぁ、仕方ないか)

明日に備えて、今日は早めに休むことにし、チョコレートの勉強もお休みにしてベッドに入る。
ちなみに寝ているのは、マホロの別荘。

ここで遠くの波音を聞きながら眠るのが、私はとても気に入っている。
博士とセイリュウはまだ飲んでいるみたいだけど、お相手はソーヤに任せた。子供は眠いんです。

(明日の土地でのカカオ栽培が上手くいきますように……)

そう考えているうちに、すぐ窓の外の波音は遠くなっていった。
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