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2 海の国の聖人候補

345 青の祈祷

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345

次の朝、私が身支度を整えキッチンへ向かうと、リビングでコーヒーを飲むグッケンス博士がいた。

私の寝起きでぼんやりしていた頭は、その姿を見た途端スッキリ覚め、ダッシュで博士の元へ駆け寄った。

「は、博士。解析終わったんですね!」

博士は私の慌てぶりに苦笑しながら頷いた。

「メイロードの魔法力ありきの力技だが、セイカと2人なら確実にあのダンジョンを葬れるだろう。時間があればもっと効率のいいやり方ができるだろうが、今は時間がないからの……」

その言葉さえ聞ければ、あとは行動あるのみ。
まずは腹が減ってはなんとやら、しっかり朝ごはんを食べてから〝爆砂ダンジョン〟完全封印を完遂しよう。

起きてきたみんなとアキツらしい海産物中心の和定食風朝食を頂く。
具沢山の味噌汁をたっぷり、一夜干しにした脂の乗った魚の開きを炭火焼き。
焼き海苔に貝の佃煮、野菜と揚げの煮浸しにだし巻き卵、そしてパリパリのお漬物。

「メイロードさま!これは朝からご飯が進みますね!お代わりお願いします!」

いつもと変わりなく、朝からニッコニコで爆食するソーヤになんだか和む。

セイカも博士の話を聞いて納得したらしく、すっかり落ち着いて、朝食を楽しんでくれているようだ。

「こうして皆さんと食事ができるのも昨日が最後と思っていましたが、私はまだ〝青の巫女〟を続けられるのですね……」

魔法力を使い切るまで封印に力を注ぐつもりだったセイカには、この数日の美味しい食事と楽しい語らいが、とても身に沁みていた様子だ。

人から崇められる存在の〝青の巫女〟は、その能力があると判断された途端、幼くとも直ぐに修行のため親元から離され、導師のいる神殿へ幽閉されるも同然に閉じ込められてしまうのだそうだ。

「それを当然と思って育ちましたが、今回、秘密裏の封印を行うため、初めて一人きりで外に出て、皆さんにお会いし思いもかけず楽しい時を過ごさせて頂きました。最後の日々になると思っていたこの数日は、本当に楽しかった……」

セイカはとろけるような笑顔で、朝食を見つめ、私に微笑んだ。

「ありがとう、メイロード。優しいあなただから、言っておくね。
たとえ、作戦がうまくいかず、そのままダンジョンと共に私が沈むことになっても、決して無理をして助けたりはしないでね。それは私のすべき事だから、お願いね……」

だが、私の答えは明快だ。

「セイカ、大丈夫。
あのダンジョンの封印はあなたの〝死〟がなくとも、必ずできます。
さあ、行きましょう。そして、笑って帰ってきましょう!
今夜は、ご馳走ですよ。美味しいお酒も待ってますからね!」

しっかりセイカの手を取り、私はにっこり笑って見せた。

(絶対に、セイカの命は持って行かせない!)

そして、私たちは再びあの青い7階層へと向かった。

「《青の祈祷》が難しいのは、二つの強力な魔法を長時間使い続ける必要があるからだ。《青の術》を用いて清浄な水を作り出し、それに強い聖性を付与しながら、全ての階層がそれで満たされるまで術をかけ続けることは、ひとりではかなり厳しかろう。だがな……」

グッケンス博士の解析によれば、この〝爆砂〟ダンジョンの封印のためには《青の術》で作り出される沿海州の水質を持った清浄な水でないと効果がない可能性が高いという。だが、聖なる清めに関しては、聖魔法での《浄化》の高位魔法《聖なる浄化》が同じ働きをすることができると突き止めてくれた。

そこで、セイカと私が役割を分担し、セイカの作り出す《青の術》に私が《聖なる浄化》を付与するという2段階の方法を取ることにした。

私とセイカは下の層へ繋がる入り口に立ち、まずセイカが入り口の上に大きな水球を作る。作り出された水球の水は美しく澄んだ青さで、徐々に大きさを増していく。
そこへ私が《聖なる浄化》を付与すると、水球の水は更に青みを増していく、その状態になったところで水球の下部に水流を作り、2人の合作で出来上がった《封印の祈祷》が施された聖なる水は徐々に階下の層へ流されていった。

(確かに、これはなかなか大変だなぁ。ある程度はグッケンス博士の《地形把握》で、階下の大きさなどは予想がついたけれど、何層それが続いているのかまでは、把握できていないし……
いつまで続ければいいのか分からないっていうのは、魔法力の問題だけじゃなく、精神的にキツい)

私とセイカは励まし合いながら、粛々と作業を続けていく。

この《封印の祈祷》の効果は、一気に全てを沈めない限り有効性がない。なぜなら、魔物に時間を与えてしまうと、その層にいる魔物が封印を無力化するために特殊な毒を吐きながら発熱し、水を蒸発させながら無効化してしまうというのだ。

「ですから、迅速に、そして一気に全てを仕留めなければ《封印の祈祷》は効力を発揮できないのです」

〝巫女〟は、たとえ命の危険があろうとも、一度始めたこの祈祷を途中で止めることは許されないのだ。

やがて地の底から断末魔のような声が聞こえ始めた。爆砂を内に持つ危険な魔物達にも、最後の時が訪れているようだ。どうやら、声が届く階層まで聖なる水で満たされてきているらしい。

「うむ。もう少しだ。気を抜かんようにな」

状況を確認してくれているグッケンス博士の励ましに、私たちは頷いて更に力を込める。
だが、セイカの顔色はあまり良くない。

私はせめて体力だけでも回復させようと、セイカに手持ちの〝ハイパー・ポーション〟を飲ませてみた。さすが高級ポーション、体力だけでなく多少は魔力の回復もできたらしく、なんとか持ちこたえている。

ジリジリするような時間が過ぎ、その時は遂にやってきた。
階段ギリギリまで水位が上がり、断末魔の声も全く聞こえなくなったのだ。

次の瞬間、セイカはその場に崩れ落ちるように倒れた。だが、ちゃんと息はあり、セイリュウが様子を見てくれている。

「よし、メイロード。《硬化》だ!」

博士の言う通り、私は水の表面を固める《硬化》の魔法をかける。これは凍らせるのではなく、文字通り固めるもので、全てではないがおそらく2階層分ぐらいは、ガッチリ固められたと思う。固まって動かない水の表面は、なんだか青いプラスチックの塊のようだ。

「セーヤ・ソーヤ、石を運んでくれる?」

「了解です!」
「了解です!」

予定通り、洞窟内から巨大な石を切り出していた2人は、相変わらずの怪力でその巨石をゴロゴロと転がしてきて、ドカンと階段の入り口を塞いだ。

これでもう〝爆砂〟ダンジョンが蘇ることはない。

まだ起き上がれないセイカをセイリュウが抱きかかえ、私たちは《青の封印》のある第7層を離れると、上層の第6層へと移動した。さすがに昨日の今日では〝ネオ・パクー〟は沸いておらず、この層も静かなものだった。

「ここに《青の封印》があった痕跡も残さんほうが良かろう」

ということで、博士と私が水魔法で、第7層を水に沈めた後、博士の魔物コレクションの中から沿海州の凶悪水生生物をサクッと放流。〝ゴズメ〟という人も丸呑みするクジラのような大きさの物凄い歯を持つ怪魚だ。
伝説の怪魚らしく、沿海州では〝見るだけで呪われる〟とまで恐れられているそうなので、これより先に進もうとするものはまずいないだろう……となぜか博士は自慢げだ。

こちらはただ水を入れるだけなので、特に難しいこともなく、私が水魔法で予定通り満たした。
非常に攻撃的なこの〝ゴズメ〟は厳密には、魚の形をした魔物なので、捕食しなくても生きられ、特に餌がなくとも周囲に水があればそこから力が得られるそうだ。

(それにしても博士、なんでこんな危ない怪魚まで飼っているんですか!!
博士のコレクション、危な過ぎです!)

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