利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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2 海の国の聖人候補

341 赤と青

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341

ダンジョンへ向かう道は、ラキの街からはかなり離れた郊外にも関わらず、しっかり整備されていた。

(新ダンジョンに期待して気合が入ってたのね。残念ながら、今は私たち以外誰も歩いてないけど……)

ラキ東南新ダンジョン、別名〝人食いダンジョン〟の入り口手前の建物には、暇そうに冒険者ギルドから派遣された監視員が座っている。

私たちに気がつくと彼は慌てて姿勢を正し、丁寧に挨拶してくれた。
彼は、久しぶりの仕事らしい仕事なのか、非常に楽しそうにテキパキとダンジョン内に入る人員を確認し、代表者のギルドカードと依頼票などの申請書類をチェックし、必要事項を書き取り、出発準備を整えてくれた。

ちなみに、エジン先生には渉外担当として拠点に残り、街の情報収集を続けてもらうことにした。
本人も、ダンジョンに興味はあるものの、戦闘スキルには自信がないそうで、この何が起きるか予測不能な未踏破の危険ダンジョンに同行しても、足手まといになるだけだと考えたようだ。

子供がリーダーというかなり変わった編成の私たちだが、彼は顔に出すこともなく手続きをしてくれた。

(ギルドのお姉さんにも、このスキル身につけていて欲しかったよ)

「このダンジョンは、なかなか手強いようです。ご無理なさいませんよう、どうぞお気をつけて!」

連敗続きの冒険者たちを見てきた監視員の優しい励ましに、私たちは礼を言って頷き、今は誰も攻略中の冒険者がいない無人のダンジョンへと踏み込んだ。

まず1階層の入り口付近に立ったところで、私と博士が《索敵》を行い、地形と魔物の分布を確かめていく。

「どうやら第1層は、非常に大きな空間が4つ連なった単純な構造のようです。遮蔽物が少ないですね。一度襲われると、そこら中から魔物が群がってきそうです。起伏は少ないようなので移動は問題なさそうですし、様子を見ながら内部を観察しつつ進みましょうか」

私の言葉にグッケンス博士が頷く。

「そうだな……全体が見渡せそうな場所に結界で陣地を作り、この層にいる魔物の調査をしてみるとしよう。まずは壁沿いを進む。《迷彩魔法》はわしが、お前は《結界魔法》で防御して万が一の攻撃を防ぎなさい」

「了解です」

私は入り口近くに《無限回廊の扉》を隠すように設置した後、移動に合わせて結界を随時築きつつ進んだ。
グッケンス博士の《静移迷彩術けはいなきいどう》の効果は絶大で、全く襲われる気配はない。

「すっごい、魔法だねぇ。こんなの初めて見た!」

セイカは私たちの魔法に驚きながらも、周囲への警戒を怠らず、背後の様子まで常に見てくれているが、周囲にいるのはやはり〝ネオ・パクー〟ばかりだ。
第1層という地上に近い階層にも関わらず、やはりこの階に特徴的な動物が魔獣化したような獣臭い生き物がいる気配がない。鳴き声や生活音もなく、とても不気味だ。

「生き物らしい気配がないな……」
博士も違和感を感じている様子だ。

(確かに、この雰囲気は中層階より深いところに似た感じがする。地上とは全く違う〝魔物〟しかいない場所。いきなりこれじゃ、みんなびっくりするよね)

隠れたままの私たちは、地面を転がりながら移動している大量の〝ネオ・パクー〟らしきものに接触しないよう気をつけながら、3つ目の広い空間に到着。予定通り防御を固めた簡易的な陣地を作った。次はこの〝ネオ・パクー〟という新種の魔物のついて、戦闘による検証を開始する。

博士が《傀儡グクツ》という魔法で、土を固めたものに仮の命を吹き込み、人型の生き人形を作る。

「生きているわけではなく、命令した簡単な動きをするだけのものだが、魔物の気を引くには十分だろう」

そう言って、土人形をだだっ広い空間の中央へ向かって歩かせると、直ぐに炎の玉が飛んできて人形近くに着弾し爆発した。爆発自体は狭い範囲にしか影響を及ぼさないが、燃え広がるのが厄介だ。土人形も、早速片足を爆発で持っていかれてしまった。

博士は、次々と土人形を作って投入。

どうやら、動いているものを見つけると、自動的に攻撃を仕掛けてくるようで、あっという間に、全ての土人形は、土へ還ってしまった。

「これは、聞きしに勝る攻撃力だのぉ……」

グッケンス博士はなんだか感心しているようだ。

「そういえば、従来のパクーには確立した対処法があるんですよね。これには応用できないんですか?」

私の問いに、グッケンス博士は渋い顔で言った。

「今の攻撃から分かったのは、この〝ネオ・パクー〟は、今までのパクーとは別物だということだ」

博士によると、まず従来のパクーは、引火性のある赤い炎とは違う青白い炎で攻撃する魔物だそうだ。考えてみれば、可燃性の〝爆砂〟が大量にあるダンジョン内で通常の炎での攻撃や自爆をすれば、ダンジョンそのものが崩壊してしまう可能性が高い。

パクーの青い炎は、肌に付くと皮膚を爛れさせ、火傷に近い状態になるが引火性はない。
そして、自爆するタイミングは、体力の残りが1割を切った後と決まっていた。

そのため《鑑定》しながら、ギリギリまでパクーの体力を削り、残りの体力が1割を切る寸前で、攻撃力の高い者が一撃で仕留める、という攻略法が定石だったそうだ。

確かにその方法なら《鑑定》スキルがある者さえいれば、後は魔法使いがいなくても狩ることができ、沿海州の人たちにも討伐は可能だろう。

(この程度の魔物の基本ステータスを見るだけなら、そう高いレベルも必要ないから、沿海州でも鑑定人は見つけられたんだろうな)

だけど目の前で、土人形をあっという間に屠った〝ネオ・パクー〟は、明らかに赤々と燃える炎を投げつけて攻撃してきた。

今までの話から類推すると、この〝ネオ・パクー〟のいる階層に〝爆砂〟がある可能性は極めて低いし、逆にもしあったら危なくてしょうがない。

「つまり〝ネオ・パクー〟が出ない階層にたどり着けば、そこに〝爆砂〟がある可能性が高い訳ですね」
「まぁ、そういうことだな……」

私は、土人形だった塊の上でまだ燃え残っている赤い炎を見ながら、これからどうすべきか考えていた。
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