利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
上 下
139 / 837
2 海の国の聖人候補

328 世代交代の足音

しおりを挟む
328

「今、今なんと仰られましたのでしょうか?」

青ざめたエスライ・タガローサは、一段高い場所にシツラえられたやや毒々しいとさえ感じられるほどにきらびやかな細工が施された謁見用の椅子に座す、正妃リアーナの言葉を伝える侍従の発した、想像もしていなかった衝撃的な文言に、思わず聞き返す。

「ここにいるサガン・サイデムを、皇室の御用商人として取り立てることになった、とお伝え致しましたが、何かご不明な点がございますか?」

侍従は表情一つ変えず、淡々と言葉を連ねた。

(ふざけるな!!そんなことは、有ってはならない!!何をバカなことを!!)

タガローサの心の叫びは、声にならず飲み込まれる。
正妃の御前で、そのようなことが言えるわけもない。

侍従は淡々と言葉を続けた。

「これは宮廷料理人達からの切なる嘆願に基づくものです。
尊き御方に最高の素材の料理をお出しするために、どうしても必要なことだとこの皇宮の総料理長が皇后陛下にご相談されたのです。
すぐさま皇后陛下より〝検討するように〟とのご指示を賜りましたため、然るべく審査し、皇帝陛下に御裁可をお願い致しましたところ〝至当である〟とのお言葉を賜り、既に準備はつつがなく整っております」

皇帝の名が出たことで、これが決定事項だと確定した。
こうなっては、裏工作する余地もない。逆らう事は玉命に背くことになる。

それでもタガローサは、この悪夢を認めることができず、躰を震わせた。どうしても怒りを抑え込むことができなかった。不敬であると分かっていても、すぐにすべき返答も口にすることができない。

黙したままのタガローサ。

すると、上座よりひとつため息が聞こえ、侍従が下がる。

「タガローサ……」

正妃であるリアーナは、このままでは遺恨を残すと判断し、直接タガローサへ語りかけた。

「お前に問題があるわけではない。
これは、この帝国のより良いものを皇帝陛下にお納めするために行われた推挙だ。
今までと変わらず、そなたはそなたで努めてくれれば良い。

そうであろう、のう、タガローサ」

(詰んだ。これは、何があろうと覆らない決定だ。私にあいつと並べという命令だ)

全てを悟ったタガローサは、怒りのあまり頭が爆発して倒れそうになる自分をかろうじて押し殺し、震える声で正妃の心遣いに応えるしかなかった。

「は、はい、皇后陛下。お言葉を賜り恐悦至極にございます。これからも帝国のため、粉骨砕身努めさせて頂きます」

フラフラと後ろに下がるタガローサと入れ替わるように、控えていたサガン・サイデムが前に進む。

再び侍従が言葉を伝え始めた。

「イスの商人、サガン・サイデム。そなたをシド帝国皇宮の御用商人として認める。またこれまでの働きとドール侯爵家よりの推挙に鑑み、シド帝国に忠義を持って仕える者と認め、男爵位を与える。
これより王家との直接の取引が可能となり、誰を介す必要なく、皇宮へ商品を納めることが可能となる。また皇宮御用の工房並びに農場に対し、発注を許す」

「有り難き幸せ。イスの一介の商人たる私に望外のお取り立てを賜り感謝の言葉もございません。今後もなお一層皇帝陛下、そしてシド帝国のため、商人としてお役に立つよう努めることをお誓い申し上げます」

サイデムは短くお礼言上を述べ、下がろうとした。

その時、一段高い場所で扇を広げた正妃リアーナが、再び口を開いた。
これもまた異例のことだ。

「あれは、元気にしておるか?
また会いたいものだな」

その声はとても穏やかで、口元には優しい笑みが浮かんでいる。

サイデムは一瞬言葉に詰まった様子を見せたが、元気でいるとだけ告げ下がった。
下がった位置は、先ほどいた後方ではなくタガローサの隣、2人の宮廷での地位は対等になったのだ。

爵位こそまだ自分の方が上位だとはいえ、ついに貴族となったサイデムに完全に並ばれることとなったタガローサは、その恥辱に耐えながらも、正妃の一言を聞き逃さなかった。

(あれ、あれとは誰だ!?)

タガローサは、今まで自分には見えていない、見えない何かがあることを感じ始めていた。

やがて公式の謁見が終わるとサイデムには挨拶もせず、タガローサは宮廷内のあちこちにいる鼻薬を嗅がせた者たちの元に行き、事ここに至ることになった事実関係を確認した。

実は、皇宮内ではかなり以前から〝ラーメン〟なるものの存在はささやかれていたのだという。
最初にその存在の話を持ってきたのは正妃リアーナの子である第五皇子 ユリシル・シド。
王子が国境警備隊の式典出席のため訪れた北東部の辺境の村で食した〝ラーメン〟なるものをいたく気に入り、皇宮の料理人に作らせようとしたのだ。

料理人たちはぼんやりとした皇子の記憶だけを頼りに試行錯誤を重ねたが、どうやっても王子を満足させる味が作り出せなかった。皇宮の総料理長はプライドにかけても再現すると宣言し、涙ぐましい努力をしたそうだ。
北東部州まで視察に行かせてくれるよう嘆願したり(却下されたが)、その後イスの高級料理店で食せるらしいと聞き、なんとかその機会を得ようとしたが、これも予約が数ヶ月待ちの状態だったため断念し、イスの商人ギルド内で食べられるという噂にもすがってみたが、ガードが固く全く内側に入ることはできずに終わった。

料理番たちは皆、忸怩たる思いでこの数年を過ごし〝幻のラーメン〟が頭から離れることがなかったそうだ。

そこに、つい最近、パーティーにて初お目見えした〝塩ラーメン〟のレシピを教えても良いとドール侯爵家が宣言。その話が流れた次の日には、電光石火の速さで誰よりも先に皇宮の総料理長がドール家の厨房に教えを乞いに向かい、レシピと材料一式を手に意気揚々と皇宮へ戻った。

そして総料理長悲願の〝ラーメン〟が皇宮のメニューとして遂にお目見えしたのだ。

その極上のスープは皇帝陛下以下、皇宮の方々を魅了し、その後何度もリクエストされるようになった。
最初の塩ラーメンの材料は、ドール侯爵家よりの献上品だったが、同じ品質の材料が手に入る入手先はたった一箇所、サイデム商会だった。

そのことで厨房から出た嘆願書は王妃の許可を経て、調査報告書並びに推薦状と共に皇帝陛下の手元へ渡った。遂に皇帝陛下の耳にサイデム商会の名前が入ることとなったのだ。
その莫大な資金力による寄付、軍人手帳やマリリア嬢の婚約式など、様々にこの帝国の大きな助けをしてきた実績、そしてドール侯爵家更には正妃リアーナの後押しも加わったことで十分な実績と信用を確認したとの判断が下り、御用商人の地位を与えることが決定したという。

「ドール侯爵家はともかく正妃様にまでいつの間にそんなに近づいていたのだ!
しかも発端は王子が旅先で食べた、ただの田舎飯……そんなもののためにこんなことに……」

怒りと混乱と屈辱のあまり、タガローサは遂にその場に崩れ落ちた。

振り乱した髪で意識のないまま従者たちに重そうに担架で運ばれていくその様子を、周囲にいた者たちは気の毒そうにただ見送っていた。
しおりを挟む
感想 2,991

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。