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2 海の国の聖人候補

326 真夜中の攻防

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326

いまグッケンス博士は、魔術師ギルド設立が間近に迫り、まったく身動きが取れない状態だ。

今回の相手も本当は博士が直接相手をしてくれるつもりだったのだが、あまりに忙しいいまの博士に、それは無理というもの。
かといって、セイリュウを人間同士の争いに関与させるのも気が進まない。

となれば私がなんとかするしかない。そこで、攻撃魔法が好きじゃない私に博士が伝授してくれたのが《反射魔法リフレクション》の応用魔法。

相手の攻撃を反射してそのまま相手に返す魔法だが、エグいのはそれに《増幅》の魔法を付与している点だ。

簡単に言えば、的に仕掛けられた攻撃をそのまま相手に倍返しするという魔法。更にエグいのは、この《増幅》比率が魔力に応じて可変な点だ。ということは、私の魔力で《増幅》にブーストをかけたら10倍返しでも1000倍返しでも可能になる。

「えっと、火系の魔法に対して思いっきり打ち返したら確実に丸焦げですよね。死にますよね」

オロオロする私に、グッケンス博士は加減次第だから心配いらないという。

「そうだな……まずは、そのまま《的指定ターゲット》を散らし気味に反射してみるといいだろう。
人は近くに火が落ちる恐怖に弱い。本能的に一瞬で逃げ出すはずだ。

だが、こちらにも魔法使いがいるかもしれないと聞いているベーダ・ライは、おそらく動かない。それに、奴は《火魔法パイロ》には、自信を持っているし耐性もある。
蔵に火をつける程度のことで、魔法負けすることなどないと考えるだろう。

周囲が魔法使いだけになったら、あとはお前次第だ。まぁ、お前がしてやれば、その火魔法使いも死んだりはしないから、大丈夫だ。心配なら《的指定ターゲット》を絞って、直ぐそばに落としてみるといい」

そう言って博士は、博士が簡略化したという素晴らしい魔法式の《増幅反射魔法リフレクション・アンプ》を教えてくれた。

軍事的に利用すると非常に効果的で危ない魔法であるため、人に教えたのは初めてだ、と博士は笑ったような苦しいような何とも言えない表情をした。

「お前ならば、正しい使い方をしてくれると思っているよ。こんな魔法、使う機会がないのが一番だがな……」

この博士の作り上げた極限まで効率化を追求した美しい術式の魔法も、使い手の意思次第ではとんでもない殺戮兵器となる。
まして、私の魔力量を考えれば、確かに危険極まりない魔法だ。

「それでも教えて下さった博士の思いを裏切るようなことは、決してしないと誓います。
必ずエジン先生の味噌蔵を守りきり、いづれは最高の味噌ラーメンをイスでも、どこでも食べられるようにしてみせます。楽しみにしていて下さいね」

私の言葉に博士は笑って頷いてくれた。

「行っておいで。そして、守っておいで。お前の大事な人たちと味噌をな」

「はい!」

私はそう言って、練習のためセイリュウの聖域に向かった。
そして納得するまで練習を積み重ね、この日を待ったのだ。


〔小屋の鎮火、完了致しました〕

セーヤからの念話が届く。

と同時に、蛇のような火の手が味噌蔵の屋根に向けて放たれた、

私はその魔法の炎の着地点を《索敵》と《的指定》で予測、その位置に《反射魔法リフレクション》を展開、ベーダ・ライによって放たれた威力そのままに、博士の言った通りやや的を散らして打ち返す。

逃げる間もなく、彼らの潜んでいた場所周辺には高速で打ち返された火の塊が降り注ぎ、いくつかの悲鳴とともに、人が逃げて行く様子が分かった。残る敵影はひとつだけ。

(やはりベーダ・ライだけが残ったみたいね)

一人残った火の魔法使いは、とにかく味噌蔵に火を着けなければならないと考えたらしく、間隔を開けずに同じ魔法を打ち出してきた。

当然、私は冷静に全てを反射させて打ち返した。

幾度かの攻防の末、そろそろ魔法を使うのが厳しくなってきたのか、攻撃が一旦止んだ。
おそらく、この攻撃をこれ以上繰り返しても、私の魔法に阻まれて、決して屋根まで届かないことを悟ったのだろう。

となれば、彼は最後の力を振り絞り、より強力な魔法を打ち出してくるはずだ。

(これで最後にしましょう……か)

私は深呼吸をして、魔法を展開する準備をする。

やがて火の魔法使いの位置からは、今までとは比べものにならない巨大な火の玉が打ち出された。《フレイムバード飛炎の鳥》と呼ばれる攻撃魔法を彼に残されたギリギリの力で打ち出したのだろう。それは、軌道上で8つの頭を持つ炎の鳥となって味噌蔵の屋根へ襲いかかった。

「《増幅反射魔法リフレクション・アンプ》80倍で増幅反射!」

私は巨大な反射板を設置して全ての炎を受け止めると、その攻撃力を80倍にして正確にベーダ・ライの足元へ送った。

彼が放った《フレイムバード飛炎の鳥》は、巨大な怪鳥モンスターとなって、術師の目の前に恐怖とともに舞い戻ったのだ。やがて悲鳴とも叫びともわからない声が上がり、轟音とともに地面が大きくえぐれ、巨大な炎の鳥は彼を飲み込む寸前で消えていった。

炎の耐性を持つベーダ・ライはおそらく、今まで火傷することなどなかっただろうが、ここまで威力が優っていれば、彼の耐性では防ぎきれない。
今彼は、初めて感じる全身の火傷の痛みに苦しみ戸惑い、恐怖に支配されているかもしれない。

服から煙を上げながらも、身体中の筋肉が固まったように動けないでいる彼の前に、エジン先生が近づいていく。

「魔法使いベーダ・ライ。あなたとあなたのお仲間のしたことは、犯罪です。でも、残念ながら全て〝味噌蔵の女神様〟が未然に防がれてしまったので、証拠はありませんし、まぁ……未遂です。

ですが、あなたの炎を防いだ尊い方は、2度目はないとおっしゃっています。
もし次があると思っていらっしゃるなら、今の攻撃を思い出して下さい。
まぁ、忘れたくてもおそらく一生忘れられないとは思いますけれど……

ベーダ・ライ、もうここには来ないと約束して頂けますね。

もし、この地にもう一度あなたが現れたその時は、今のその炎の鳥はこの何倍もの大きさで、必ずあなたの頭上に戻ってきますよ」

相変わらず身動きのできない、火傷と焦げたあとだらけの服の魔術師は、力を振り絞って頷いた。

エジン先生は何事もなかったかのように蔵に向かって歩き去り、やっと力の抜けたベーダ・ライは、その場に倒れて動かず、しばらく経ってから近づいてきた従者たちにいつの間にか運ばれていった。

森では鳥がまた鳴いている。

本物の鳥のその声は、とても優しく美しかった。
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