上 下
134 / 813
2 海の国の聖人候補

323 賄いと魔法使い

しおりを挟む
323

「今日も相変わらず目障りな小バエが蔵の周りに沸いてますねぇ、メイロード様」

めんどくさそうな表情のソーヤは外の茂みの方を見て、ボソッとそう言った。

私と妖精さん達による秘密の爆速農業は、なんとかエジン先生に伝えてあった期限内に完了。必要だった大量の豆は全て新しい味噌蔵へ運び入れられた。準備完了だ。

……というわけで、予定通り本日から、新しく建てられたばかりのピカピカの大きな味噌蔵での本格的な仕込みが始まっている。
真新しい蔵のほうに目をやれば、朝も早いというのに、大量の豆を一気に仕込むため西ノ森の町で募集した臨時雇いの方々を含め、たくさんの人たちが蔵の内に外に熱心に働いてくれているのが見える。
そして、その間をキビキビと動き回り、細かく指示を出している笑顔のエジン先生が見える。

いよいよ始まる大仕事に、エジン先生も朝から獅子奮迅の活躍中のようだ。

そして、こうなると私にはあまり出来ることがない。
背が低く、重いものも持てず、キビキビ走り回るほどの体力もない私は、仕込みのお手伝い要員にはなれない。

(皆さんの前で魔法を使うわけにもいかないしなぁ……そちらは任せるしかないよね)

せめて一生懸命働いてくれている皆さんに、出来るだけ美味しい賄いを提供したくて、朝からソーヤと二人で仕込み中。だが、やっぱり気になるソーヤも言う小バエの存在。

普段ならば、私もソーヤも料理をもっと楽しみながらもっとテンション高めで作っているところだが《索敵》は常時稼働させなきゃいけないし、安穏と料理だけを楽しむわけにはいかないようだ。

「さて、たくさん準備しなきゃ!そちらの大きな鍋を火にかけるから用意してね、ソーヤ」
「かしこまりました!」

ギルドの試食会でも好評だったあら汁と焼きおにぎりを《生産の陣》でちゃっちゃと用意し、それ以外にいくつかつまみやすいお惣菜を作ろうと思う。台所で包丁を握っている時はもっと集中したいのだけれど、常にちょろちょろと《索敵》にある反応が煩わしい。

「見ているだけなら、別にいいんだけどね。もう味噌蔵で本格的な仕込みが始まったから、大人数が一日中出入りするし、この状況は隠しようもないからね。
ちょっかい出してくる様子がなければ、まぁ、放っておきましょう」

働いている人たちに危害が及ぶようなことを少しでもしたら容赦するつもりはないが、常時監視されているぐらいは想定内なので、捨て置くつもりだ。

そんな私の気持ちを見透かしたような一言と共に、見慣れた顔が味噌蔵の台所に現れた。

「残念だけど、そうもいかないみたいだよ、メイロード」

いきなり現れたのはセイリュウ。
古くて雑然としたこの建物には全く不似合いな、青い髪をナビかせた超美形の貴公子は、一応気を使ったのか、目立たないようここまで気配を消したまま移動してきたようだ。

アキツに居を構えてからは〝ランテルの舞姫〟騒動の時以外(まぁ、あれもその一環ではあったのだが)沿海州付近の霊場や妖しい気配の場所を見て回っているので、こちらにはあまり関わってこないセイリュウだが、私の活動については夕食の時間に色々と話しているので、よく知っている。

「ここに来る時に念のためと思って《索敵》で反応があった場所を見てきたんだけど、どうやらその中に魔法使いらしき奴がいたよ。
気になったんでしばらく観察してみたんだけど、どうやらあちらも魔法使いに《索敵》をさせて、こちらの人数や配置を調べているみたいだった。

あれは、仕掛けて来る気だね、間違いなく……」

セイリュウの言葉に、私は準備の手を止めた。
これは予想していなかった展開だ。

相手は、まさか魔法使いによる直接攻撃を考えているのだろうか……

罪もない人々を魔法で危険に晒すのは、この世界ではどこでも犯罪行為だ。
魔法の力は強大で、ごく普通の人たちには対抗するスベもなく抗いがたい脅威だ。だからこそ無辜ムコの一般人への攻撃が発覚すれば厳罰に処せられるし、魔術師は魔法を使えないよう地下監獄へ投獄される。

(そこまでのリスクを冒すとも思えないけど……まさかね)

ともかくこの状況を共有するため、ソーヤに料理を運ぶついでにエジン先生にこの事を伝えてもらうよう指示した。
いつの間にか、味見というには大量過ぎるつまみ食いをしていたソーヤは、名残惜しそうに皿と箸を置き、出来上がっているあら汁とおにぎりを味噌蔵の方へ運んでいく。

「それにしても、自分たちの成功より、相手を失敗させる方に執念を燃やすって、あの人たち、なかなかに病んでますね……」

私は残りの惣菜の仕上げをしながら、ため息をついた。

セイリュウは台所に置かれたできたてのお惣菜をつまみながら、苦笑い。

味噌ドレッシングで食べる温野菜サラダにみそ漬けの卵。野菜のきんぴらにオーク肉のミートボール。こちらも隠し味の味噌を効かせてある。
どれも美味しそうに仕上がった。
料理の出来はソーヤも満足のクオリティらしく、一渡り食べ終わった後も、まだ味噌ドレッシングを効かせた野菜サラダをバリバリ食べていた。どうやら、戻ってきたらまだ食べるつもりらしい。
(もちろん、ソーヤの分はちゃんと別に作ってある。でないと、みんなの分がなくなっちゃうからね)

それにしても、東の蔵は危機感がなさすぎだ。
実際のところ彼らは私たちの蔵に構っているような余裕はないはずなのだ。
妨害なんかする暇があったら、自分たちの味噌蔵を少しでも改善しなければいけない状況のはずだ。

(向こうの責任者に説教したくてウズウズしちゃうんだけど!豆と職人さんが可哀想過ぎるよ!)

私のモヤモヤとした気持ちとは裏腹に、蔵の前に設えられたテーブルの周りで楽しげな歓声が上がるのが聞こえる。

チラッと窓から覗くと、お昼休憩で私の賄いを食べた皆さんが、楽しそうに話している姿が見えた。
どうやら皆さん私の料理を気に入って下さったようだ。

自分たちの造る味噌が、美味しい料理になることを知れば、更に勤労意欲も湧くというものだ。
働く人たちのモチベーションを保つことも、大きな仕事を成すためにはとても大事。
これで皆さんが、更に味噌蔵成功を願い協力する気持ちを高めてくれれば嬉しいと思う。

私は片付けをしながら、今後について考えてみた。

(やっぱり餅は餅屋。ここはグッケンス博士に一度相談したほうがいいよね。
防衛策にしても、シラン村とは状況が違うから、一時的に結界を張ったりするのでは確実な防御ができないだろうし……)

 またソーヤたちにもあちらの状況を探って貰う必要がありそうだ。

外ではそろそろお昼休憩が終わり、午後の仕込みに入るようだ。
給仕の手伝いをしていたソーヤが自慢げに、空っぽの鍋や皿を私に見せて笑った。

「少しだけ残っていたおにぎりも、余った分をどうしても持って帰りたいと、奪い合いが始まって大変でしたよ。
作り方が知りたいという方も多かったです。

美味しかったというお褒めの言葉もたくさん頂きましたよ。嬉しいですね、メイロードさま!今日も最高に美味しいですね!」

ソーヤの無邪気さに、私もようやく笑うことができた。

「そうね。うれしいね。美味しいね。よし!明日も美味しい賄い作りましょう!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。