利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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2 海の国の聖人候補

322 東の味噌蔵

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322

エジンとかいう生意気な小僧の巨大味噌蔵はもう完成するらしい。

こちらも急がせてはいるが、いくら高値で買い取っても大量の木材を揃えるにはそれなりの時間が必要だった。
作る建物が大きいため、基礎を作るにも思った以上に手間取っている。
建設に関しては、どうしても先に建て始めたあちら側に分があることは間違いない。

だが、その差はすぐに取り戻せる。なに、奴らも上物ができただけで、仕込みに掛かれるわけじゃない。

タガローサ様からの指示はことごとく図に当たっている。
私をこちらに派遣して、エビヤ商会を利用し、更に豆を相手から取り上げるところまで、完璧な進行状況だ。
こちらには質のいい豆が十分に手に入り、相手をスベのない状態に追い込めた。

この国の人間なら誰でも分かっていると思っていた味噌の作り方が、そうではなかったのは誤算だった。エビヤ商会の人間も全く役立たずだ。だが、奴らに味噌造りのための職人を国中からかき集めさせたので、それで問題なかろう。この職人たちがどうにも弱気なのが少し気にはなるが、たかが豆の調味料、あれだけの人数の職人がいれば大丈夫のはずだ。

私が現場報告の手紙をタガローサ様にシタタめていると、エジンの蔵に張り付かせていた者が慌てた様子で私の部屋に駆け込んできた。

「ベザサール様、た、大変でございます!」

私はここでは、ベザサールというパレスの商人を名乗っている。もちろん偽名だが……

「どうした、何があったのだ」

転げるような勢いで駆け込んできた男の言葉は信じられないものだった。

「エジンの蔵は、味噌の仕込みを予定通り始めております!」

西ノ森の監視をさせていた男のその言葉に私は椅子を倒す勢いで立ち上がり、怒鳴るように聞き返した。

「バカな!豆は、豆はどうしたんだ?運び込まれたという話は聞いていないぞ!」

「はい、どうやったのか全く分かりませんが、いつの間にか蔵に運び込まれておりまして……
それも少量をかき集めたというような様子でもなく、量も充分のようでございました。

私にも何が何だか……」

オロオロしながら報告する男を前に、怒りのあまり思わず机を拳で思いきり叩く。

(油断した!)

ここが沿海州だったので油断したのだ。
信じられないことだが、恐らく向こうには帝国の商人が、いやもしかしたら魔法使いがついている可能性がある。

輸送にはマジックバッグを使ったのだろうが、あの量を運べるとなれば、とてつもない高額のマジックバッグだろう。それだけでも考えにくいことだが、更に不可解なのは、どうやって大量の豆をタガローサ様の監視をかいくぐってどこで手に入れ、どこからこの短時間で運んだかだ。

なんとも不気味で、しかも対応が早すぎる。分からない……敵の動きが読めない。
サイデム幹事が噛んでいる可能性も考え、マホロのサイデム商会の支店にも監視をつけてあるが、怪しい動きは全く見られず、彼らが手を貸している形跡もない。

(では、なぜなったのだ!)

「とにかく、こちらも一刻も早く味噌を仕込むしかなかろう。蔵の建設を急がせろ!昼夜問わず職人を入れ工期を短縮するのだ。早く指示を伝えろ!」

「は、はい!」

転がるように出て行く男を見ながら、背中から這い上がってくる嫌な予感に苛まれる。

是が非でも向こうの動きを封じる方策を考えなければ、このままでは確実に奴らが先に味噌を作り上げてしまう。それではダメだ。最初に大量の味噌を商うのは、パレスでなければ、タガローサ様でなければならない。

そうなれば、味噌は高級品となり、庶民のものではなくなる。
先に市場を独占し、それから高値まで釣り上げ取り引きすれば、長くいい商売になるのだ。
今回の投資も、そこまで考えて莫大な金額をつぎ込んでいるのだ。

こうなれば仕方がない。
タガローサ様にお願いして腕の立つ魔法使いを派遣して頂こう。

エジンの味噌蔵は突然の落雷で火事に見舞われたり、豪雨で水没したりすることになるだろうが、それは天災だ。気の毒なことだが、それは仕方あるまい。

(とにかく、奴らの動きを止めなければ……金に糸目はつけないと仰ったタガローサ様だ。きっと魔法使いもすぐ雇って下さるだろう)

私は報告書を書く前に《伝令》で一刻も早く状況を伝えることにし、パレスからの回答を待った。

数時間で戻ってきたタガローサ様からの回答はこうだった。

「至急、魔法使いは手配する。上手く使うがいい。決して遅れをとるな。味噌ラーメンの人気は既にパレスにまで飛び火しつつある。塩ラーメンの食材も貴族の間で爆発的な売れ行きだ。そちらの食材の権利はどうなった?できる限り買い占めてすぐにパレスへ送れ!」

いつも以上にイライラした様子が伝わってくる伝令だった。

実のところ、昆布を始めとする海産物の権利交渉はあまり上手くいっていない。普通の品物ならば十二分に手に入るのだが、極上品限定となると、既にほとんどがサイデム商会の手に落ちているのだ。
全く注目されていなかっただけに、何もかも後手に回ってしまったのが、なんとも悔やまれる。

特に肝となる〝バンダッタ昆布〟は、バンダッタという港の周囲でしか採れない希少なものである上、領主は輸出に関する全てをサイデム商会に任せる契約を既に結んでしまっている。なんとか奴らの関係を壊して食い込もうと裏工作もしてはみたが、その信頼関係は強固で、未だに何一つ付け入る隙が見当たらない。

できれば国内流通分だけでも掠め取りたいところだが、こちらも大店の卸問屋が富裕層の上客のためにしっかり管理しているため、エビヤ商会程度の店では横流しはさせられそうもない。

それにしても、サイデム商会の支店がマホロにあることは分かっていたが、ここまで地元に食い込み信用を得ているとは思わなかった。ギルドとの関係も強固なため圧力もかけずらいし、下手をすればこちらがギルドから睨まれそうな勢いだ。しかも商人ギルドだけでなく冒険者ギルドにまで、その信頼関係は及んでいる。

(この深い人脈と強固な結束力、いったいどうなっているんだ……)

こちらの知らない何かが闇の彼方で動いている気配だけが感じられる。姿が一切見えないのがさらに不気味だ。

ともかく味噌だけでも掌握しなければ、私の命が危ない。
いてもたってもいられなくなった私は、味噌蔵の様子を見るため早足の部屋を出た。

相変わらず背筋が冷えたまま……
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