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2 海の国の聖人候補
315 メイロード式ガラス工芸
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315
ガラスに絵を入れる方法はいろいろあるけれど、基本的には、化学反応を使って作り出した色を使う。
ニッケルやクロム、銅と言った金属素材を酸化させたり還元したりで、様々な色が生み出されるのだが、正直私にはそこまでの技術はない。
じゃあ、私がどうやってガラスに絵を描いたのかというと〝サンドブラスト〟という技法を使ったのだ。
本来はマスキングして模様を作り、そこに砂つぶを高速で当てることでガラス表面に傷をつけ、白く模様を浮き上がらせる技法だ。前世でガラス工房の体験授業があり、その時に一度だけやったことがある。
これなら特に化学の知識がなくともできるので、それを異世界アレンジしてやってみたら、面白いほどうまくいったのだ。だから、例の婚約式に特別な引き出物が必要となった時、差別化を図る為にこの技法を使ってみた。
砂の代わりには、実験のため粉砕したものの、特に用途もなく置いてあった〝風のタネ石〟を魔石化して硬化させたものを使用。
絵の才能がイマイチである自覚はあるので、下絵はサイデム商会のツテで最高の方を用意してもらった。
相変わらず、素晴らしい。この目眩がするほど精密で幻想的な絵ならば申し分ない。
この最高の絵師によって描かれた、こちらの希望通りのモチーフが使われた流麗で繊細な下絵を《的指定》で正確に囲い、必要ない部分だけを魔法で燃やして取り去る。これで、どんな繊細な下絵も綺麗に取り出すことができる。それを崩さぬよう《風魔法》で作り出した空気の層に乗せて慎重に移動し、ガラスの表面に《圧着》の魔法で貼り付けてから、周りを囲んで中にガラスのティーポットと砂を入れ、風魔法《吹き付け》で砂を表面に叩きつければいい。
これを取り出して、表面を綺麗に洗浄、そしてマスキングを外せば、美しく精緻な文様がティーポット全体に浮かび上がる。
(どれも魔法としては基礎魔法レベルで特殊なものじゃないんだけど、まぁ、やる人はいないだろうな……)
今回は、ロームバルトの王妃様の紋章と王家の花である百合をあしらったデザイン。
ありがたいことに、前回お願いした絵師の方が描いてくれた下絵は、前回に比しても全く引けを取らない出来だった。2日で仕上げるという無茶なお願いだったのに一切手抜きがないところは、本当にすごい。
絶対、今頃死にかけていると思う。無茶を言ってごめんなさい。お疲れ様でした!と絵師さんのいる方角へ向かい敬礼したい気分だ。
ぜひ、ボーナスを差し上げて欲しいと重ねておじさまにもお願いしておいた。
そして、この素晴らしい下絵を完璧に写し取れる私のこの技術が、おそらくサイデムおじさまたちに再現ができなかった理由だろう。
魔法学校でも教わる基礎の魔法だけど、自慢じゃないがこと《的指定》に関しては、半端じゃない経験値を積んでいる自信がある。
どれだけ農作業で、この力を使ってきたことか。
消費した魔法力がどれぐらいなのか、考えると頭痛がするほどだ。
でも、その経験により、針穴に糸を通すようなことでも出来る自信がある今の私でなければ、この繊細な絵を写し取ることは不可能なのだろう。
(それに〝サンドブラスト〟という技法そのものが、この世界にはないようだから、どの工房でも、きっと全く想像がつかなかったんだろうと思う。そりゃお手上げになるよね)
それにサンドブラストで描かれた、白と透明なガラスのグラデーションが生み出す不思議な質感は、確かに独特の風合いがあり、上品で幻想的な雰囲気も持っている。
しかも、どこにも類似品がない、一点だけの食器。
その激レア感が先王妃の自慢となり、遂にはセレブ同士の争いの火種になった訳だ。
面子を保つことが最も重要視される貴族社会では、庶民にはわからない色々な争いがあるのだろう。
今回は、先王妃に作ったものとなるべく差が出ないよう、新しい試みをしたりせずに作り上げた。
さらに完成度を上げるアイディアはいくつかあるが、それも別の機会へ回すことにした。
変に差をつけてしまい、またそれが火種となったりしたら元も子もないし、何より面倒だ。
今回は嫁・姑問題と、外交問題を避けるため、作り手としてはつまらないけれど、極力無難に仕上げることに決めた。
(私もオトナになったものだ……)
特に新しいことはしていないため、淡々と作業は進み、特に問題が起こることもなく、仕上がりも完璧。上品にして優雅なティーポットと茶器のセットが完成した。
マリリア様からは、お届けした茶器と入れ替わりに、大金貨5枚というとんでもない報酬とロームバルトの激甘菓子が大量に届いた。
更に、それと供に、ぜひ姫の婚儀の際は、お招きしたいという立派な招待状まで頂いてしまった。
でもご招待は〝沿海州で静養中〟を理由に、なんとか逃げ切りたいと思っている。
姫の婚儀に関しては、取り仕切るのは全てロームバルト王家側なので、私たちの出る幕はないし、おじさまも関わらないので、欠席しても問題はないはずだ。
そもそも、私は貴族でもないし、子供だし……
ともかく、これ以上は接触しないうちに逃げ……戻ろうと思う。
あまり長くこちらにいると、 また何か依頼されそうだ。
私の里帰りはこれで終了とする。
病弱なメイロードは遠い沿海州で静養してきます。
(さあ、味噌蔵建てなくっちゃ!)
ガラスに絵を入れる方法はいろいろあるけれど、基本的には、化学反応を使って作り出した色を使う。
ニッケルやクロム、銅と言った金属素材を酸化させたり還元したりで、様々な色が生み出されるのだが、正直私にはそこまでの技術はない。
じゃあ、私がどうやってガラスに絵を描いたのかというと〝サンドブラスト〟という技法を使ったのだ。
本来はマスキングして模様を作り、そこに砂つぶを高速で当てることでガラス表面に傷をつけ、白く模様を浮き上がらせる技法だ。前世でガラス工房の体験授業があり、その時に一度だけやったことがある。
これなら特に化学の知識がなくともできるので、それを異世界アレンジしてやってみたら、面白いほどうまくいったのだ。だから、例の婚約式に特別な引き出物が必要となった時、差別化を図る為にこの技法を使ってみた。
砂の代わりには、実験のため粉砕したものの、特に用途もなく置いてあった〝風のタネ石〟を魔石化して硬化させたものを使用。
絵の才能がイマイチである自覚はあるので、下絵はサイデム商会のツテで最高の方を用意してもらった。
相変わらず、素晴らしい。この目眩がするほど精密で幻想的な絵ならば申し分ない。
この最高の絵師によって描かれた、こちらの希望通りのモチーフが使われた流麗で繊細な下絵を《的指定》で正確に囲い、必要ない部分だけを魔法で燃やして取り去る。これで、どんな繊細な下絵も綺麗に取り出すことができる。それを崩さぬよう《風魔法》で作り出した空気の層に乗せて慎重に移動し、ガラスの表面に《圧着》の魔法で貼り付けてから、周りを囲んで中にガラスのティーポットと砂を入れ、風魔法《吹き付け》で砂を表面に叩きつければいい。
これを取り出して、表面を綺麗に洗浄、そしてマスキングを外せば、美しく精緻な文様がティーポット全体に浮かび上がる。
(どれも魔法としては基礎魔法レベルで特殊なものじゃないんだけど、まぁ、やる人はいないだろうな……)
今回は、ロームバルトの王妃様の紋章と王家の花である百合をあしらったデザイン。
ありがたいことに、前回お願いした絵師の方が描いてくれた下絵は、前回に比しても全く引けを取らない出来だった。2日で仕上げるという無茶なお願いだったのに一切手抜きがないところは、本当にすごい。
絶対、今頃死にかけていると思う。無茶を言ってごめんなさい。お疲れ様でした!と絵師さんのいる方角へ向かい敬礼したい気分だ。
ぜひ、ボーナスを差し上げて欲しいと重ねておじさまにもお願いしておいた。
そして、この素晴らしい下絵を完璧に写し取れる私のこの技術が、おそらくサイデムおじさまたちに再現ができなかった理由だろう。
魔法学校でも教わる基礎の魔法だけど、自慢じゃないがこと《的指定》に関しては、半端じゃない経験値を積んでいる自信がある。
どれだけ農作業で、この力を使ってきたことか。
消費した魔法力がどれぐらいなのか、考えると頭痛がするほどだ。
でも、その経験により、針穴に糸を通すようなことでも出来る自信がある今の私でなければ、この繊細な絵を写し取ることは不可能なのだろう。
(それに〝サンドブラスト〟という技法そのものが、この世界にはないようだから、どの工房でも、きっと全く想像がつかなかったんだろうと思う。そりゃお手上げになるよね)
それにサンドブラストで描かれた、白と透明なガラスのグラデーションが生み出す不思議な質感は、確かに独特の風合いがあり、上品で幻想的な雰囲気も持っている。
しかも、どこにも類似品がない、一点だけの食器。
その激レア感が先王妃の自慢となり、遂にはセレブ同士の争いの火種になった訳だ。
面子を保つことが最も重要視される貴族社会では、庶民にはわからない色々な争いがあるのだろう。
今回は、先王妃に作ったものとなるべく差が出ないよう、新しい試みをしたりせずに作り上げた。
さらに完成度を上げるアイディアはいくつかあるが、それも別の機会へ回すことにした。
変に差をつけてしまい、またそれが火種となったりしたら元も子もないし、何より面倒だ。
今回は嫁・姑問題と、外交問題を避けるため、作り手としてはつまらないけれど、極力無難に仕上げることに決めた。
(私もオトナになったものだ……)
特に新しいことはしていないため、淡々と作業は進み、特に問題が起こることもなく、仕上がりも完璧。上品にして優雅なティーポットと茶器のセットが完成した。
マリリア様からは、お届けした茶器と入れ替わりに、大金貨5枚というとんでもない報酬とロームバルトの激甘菓子が大量に届いた。
更に、それと供に、ぜひ姫の婚儀の際は、お招きしたいという立派な招待状まで頂いてしまった。
でもご招待は〝沿海州で静養中〟を理由に、なんとか逃げ切りたいと思っている。
姫の婚儀に関しては、取り仕切るのは全てロームバルト王家側なので、私たちの出る幕はないし、おじさまも関わらないので、欠席しても問題はないはずだ。
そもそも、私は貴族でもないし、子供だし……
ともかく、これ以上は接触しないうちに逃げ……戻ろうと思う。
あまり長くこちらにいると、 また何か依頼されそうだ。
私の里帰りはこれで終了とする。
病弱なメイロードは遠い沿海州で静養してきます。
(さあ、味噌蔵建てなくっちゃ!)
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