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2 海の国の聖人候補
313 お披露目の日
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313
「本日はお招き頂き、ありがとうございます」
クロークを抜けたお客様は、真っ直ぐ主賓のいる中央の一段高い場所へやってきては次々に膝をおり、上品に挨拶をしていきます。
「おいで頂けて嬉しいですわ。どうぞお楽しみ下さいね」
お父様とお母様は、とても優雅に挨拶を繰り返していますが、主催の最初の務めとは言え、千人規模の宴会となると、なかなか大変なお仕事です。
そういう私もお二人の隣で、今日のために誂えたピンクと白の薄い生地を重ねた夏の装いのドレスで失礼がないよう挨拶を繰り返しています。
今日は、毎年行われている初夏の宴の日。
この日のための作られたのだろう素敵な夏の装いに着飾った宴への出席者の方々は、主催の私たちへの挨拶を済ませると、三々五々部屋の中を回遊しながら挨拶を交わしています。
それは、いつものパレスのパーティーの始まりの光景……
でも、今回はちょっといつもとは違うのです。
お爺様の体調がすぐれないこともあり、この夏の宴の主催はお父様ということになったからです。
つまり現当主であるエルム・ドール侯爵に代わり、後継者であるダイル・ドールが主催し、お母様が女主人として指揮を取る初めての侯爵家公式行事となったのです。
主催者として初めて取り仕切る宴の準備は、今までとは比べ物にならないお仕事量で、我が家では今日までとても忙しい日が続きました。でも、ルミナーレお母様は社交界でも有名な貴婦人、動揺することもなく粛々とお仕事を進めておられました。
そして、その入念な準備は実を結び、今回の宴、とても趣味の良いものに仕上がっています。
普段から庭師たちが丹精している我が家の温室から運ばれた、夏の花々や緑の植木が華やかに彩る会場は、初夏らしい爽やかさにあふれて清々しい雰囲気に満ちていますし、珍しい花もたくさん置かれています。
でも、残念なことに、それを楽しむゆとりのある方は、とても少ないようです。
会場の多くの人たちは、やれ世代交代だの、新侯爵との繋がりを持ちたいだの、かますびしいことこの上ない方々ばかり。
いつにも増して多くの人々が〝新侯爵〟との知己を求めてパーティーにやってきているだけのように思えます。
「アリーシア、顔がこわばっていてよ。もっとにこやかにご挨拶をなさいね。
今日はあなたも主催者一族の代表なのですから、お客様に失礼がないように心掛けてね」
私へもお母様から、しっかりするよう小声のお説教が何度も飛んできます。
「姿勢良く、品位を持って、にこやかに……ですね。頑張ります」
とは言ったものの、宴はまだ序盤だというのに、私は本当に疲れていました。お客様の数は私の誕生日の比ではない多さの上、主催の私達はむやみに席から離れることもできないのですから……
貴族の社交というのは、本当に不自由で、子供の私には楽しいものではありません。
私の昨年の誕生日の時のような心踊る素敵なパーティーなど、本当に稀……
(今年はメイロードも帝国を離れてしまったし……本当につまらないわ)
私の大好きなお友達、メイロード・マリスが、沿海州への旅に出てしまったのは本当に残念でした。
少し躰を壊したので、風光明媚な沿海州の保養地に行く、というようなお話だったので止めることもできませんでした。
まだ小さくて華奢なメイロードなら、あり得る話だと私も心配しながら、時々手紙を書き送っています。
メイロードからは、綺麗な貝殻を添えたお手紙が帰ってきました。
沿海州の気候が合っているようなので、暫く帝国には帰らず過ごすことにしたそうで、どうやらしばらくは会えそうにありません。
(でも、今日はメイロードからのプレゼントがあるもの。それを楽しみにしましょう)
パーティーも中盤、今回はサイデム商会からのアイディアで〝ライブ・キッチン〟というものが取り入れられています。
(今は、サイデム商会が正式に我が家の御用商人になっていますので、今回も色々と手伝いをしてくれているのです。遠くにいるメイロードも、相談には加わっている、とのことでした)
この、お料理を目の前で調理して提供する画期的な試みは、大成功でした。
大きな肉を目の前で切り分けたり、普段は添え物のジャガイモも揚げたて熱々で供され、列席者は驚きつつ暖かい出来立ての料理をとても楽しんでいる様子。
そして、中でも人々の関心をさらったのが〝塩ラーメン〟
スープと細い麺と少しの野菜という、とてもシンプルなお料理なのに、私も試食会で初めて口にした時は、本当に驚きました。澄み切っているのに、複雑な味がするスープは、飲み干さずにはいられない〝魔法〟がかけられているようでした。細い麺はツルツルと食べやすく喉を滑り、口の中は美味しいスープの味で満たされ……至福としか例えようがない美味だったのです。
本当に食べたことのない、不思議で幸せな味!
なんでもメイロードが沿海州で見つけた高価な材料をふんだんに使っているそうです。
「高価すぎて、庶民の手が届くものではありませんが、ドール様のような方々のお口には合うのではないかと思い、レシピと材料をお贈り致します」
サイデム商会を通じて、作り方の詳細と材料一式が送られてきた時には、一体何ができるのかと思いましたが、さすがメイロードの見つけてきた素材、塩味だけに見えるのに複雑極まりない味、という驚きに満ちたものだったのです。
パーティーで新しい味を提供し、絶賛を得たお父様達も得意満面です。
こういう新しい文化を提供できることは、上級貴族にとっては本当に嬉しいことなのです。
ぜひレシピを!という方々に対し、料理人を我が家に派遣するならば、調理法は快く伝授する、と明言したお父様には
「なんとお心の広い!」
「このような絶品の味を惜しげもなく公開なさるとはさすがは侯爵家!」
「いやはや太っ腹ですなぁ」
と賛辞の嵐!
きっとこの噂は光よりも早く社交界を駆け巡るでしょう。
でも、実は、公開を最後まで渋ったのはお父様。
公開して欲しいというサイデムとメイロードに、断腸の思いで同意したのです。本当は、ずっと侯爵家だけで楽しみたかったみたいです。わがままですね、ちょっと気持ちは分かりますが……
ついでに材料はサイデム商会からしか手に入らないことを言い添えると、商人ギルドのタガローサ幹事が、慌てて否定しようとして、墓穴を掘っていました。
(この料理に関する食材は、既に全て購入契約済みだと私達はサイデム側から聞いていました)
どうやっても、タガローサが今更販売することは無理なはずだとお父様に言われ、それでも食い下がろうとして、無意味な弁解を随分長いことしていました。
どうにも見苦しいことです。
今回のことも、次の手紙には書き添えておきましょう。
(早く戻ってきてね。待ってるわ、メイロード)
「本日はお招き頂き、ありがとうございます」
クロークを抜けたお客様は、真っ直ぐ主賓のいる中央の一段高い場所へやってきては次々に膝をおり、上品に挨拶をしていきます。
「おいで頂けて嬉しいですわ。どうぞお楽しみ下さいね」
お父様とお母様は、とても優雅に挨拶を繰り返していますが、主催の最初の務めとは言え、千人規模の宴会となると、なかなか大変なお仕事です。
そういう私もお二人の隣で、今日のために誂えたピンクと白の薄い生地を重ねた夏の装いのドレスで失礼がないよう挨拶を繰り返しています。
今日は、毎年行われている初夏の宴の日。
この日のための作られたのだろう素敵な夏の装いに着飾った宴への出席者の方々は、主催の私たちへの挨拶を済ませると、三々五々部屋の中を回遊しながら挨拶を交わしています。
それは、いつものパレスのパーティーの始まりの光景……
でも、今回はちょっといつもとは違うのです。
お爺様の体調がすぐれないこともあり、この夏の宴の主催はお父様ということになったからです。
つまり現当主であるエルム・ドール侯爵に代わり、後継者であるダイル・ドールが主催し、お母様が女主人として指揮を取る初めての侯爵家公式行事となったのです。
主催者として初めて取り仕切る宴の準備は、今までとは比べ物にならないお仕事量で、我が家では今日までとても忙しい日が続きました。でも、ルミナーレお母様は社交界でも有名な貴婦人、動揺することもなく粛々とお仕事を進めておられました。
そして、その入念な準備は実を結び、今回の宴、とても趣味の良いものに仕上がっています。
普段から庭師たちが丹精している我が家の温室から運ばれた、夏の花々や緑の植木が華やかに彩る会場は、初夏らしい爽やかさにあふれて清々しい雰囲気に満ちていますし、珍しい花もたくさん置かれています。
でも、残念なことに、それを楽しむゆとりのある方は、とても少ないようです。
会場の多くの人たちは、やれ世代交代だの、新侯爵との繋がりを持ちたいだの、かますびしいことこの上ない方々ばかり。
いつにも増して多くの人々が〝新侯爵〟との知己を求めてパーティーにやってきているだけのように思えます。
「アリーシア、顔がこわばっていてよ。もっとにこやかにご挨拶をなさいね。
今日はあなたも主催者一族の代表なのですから、お客様に失礼がないように心掛けてね」
私へもお母様から、しっかりするよう小声のお説教が何度も飛んできます。
「姿勢良く、品位を持って、にこやかに……ですね。頑張ります」
とは言ったものの、宴はまだ序盤だというのに、私は本当に疲れていました。お客様の数は私の誕生日の比ではない多さの上、主催の私達はむやみに席から離れることもできないのですから……
貴族の社交というのは、本当に不自由で、子供の私には楽しいものではありません。
私の昨年の誕生日の時のような心踊る素敵なパーティーなど、本当に稀……
(今年はメイロードも帝国を離れてしまったし……本当につまらないわ)
私の大好きなお友達、メイロード・マリスが、沿海州への旅に出てしまったのは本当に残念でした。
少し躰を壊したので、風光明媚な沿海州の保養地に行く、というようなお話だったので止めることもできませんでした。
まだ小さくて華奢なメイロードなら、あり得る話だと私も心配しながら、時々手紙を書き送っています。
メイロードからは、綺麗な貝殻を添えたお手紙が帰ってきました。
沿海州の気候が合っているようなので、暫く帝国には帰らず過ごすことにしたそうで、どうやらしばらくは会えそうにありません。
(でも、今日はメイロードからのプレゼントがあるもの。それを楽しみにしましょう)
パーティーも中盤、今回はサイデム商会からのアイディアで〝ライブ・キッチン〟というものが取り入れられています。
(今は、サイデム商会が正式に我が家の御用商人になっていますので、今回も色々と手伝いをしてくれているのです。遠くにいるメイロードも、相談には加わっている、とのことでした)
この、お料理を目の前で調理して提供する画期的な試みは、大成功でした。
大きな肉を目の前で切り分けたり、普段は添え物のジャガイモも揚げたて熱々で供され、列席者は驚きつつ暖かい出来立ての料理をとても楽しんでいる様子。
そして、中でも人々の関心をさらったのが〝塩ラーメン〟
スープと細い麺と少しの野菜という、とてもシンプルなお料理なのに、私も試食会で初めて口にした時は、本当に驚きました。澄み切っているのに、複雑な味がするスープは、飲み干さずにはいられない〝魔法〟がかけられているようでした。細い麺はツルツルと食べやすく喉を滑り、口の中は美味しいスープの味で満たされ……至福としか例えようがない美味だったのです。
本当に食べたことのない、不思議で幸せな味!
なんでもメイロードが沿海州で見つけた高価な材料をふんだんに使っているそうです。
「高価すぎて、庶民の手が届くものではありませんが、ドール様のような方々のお口には合うのではないかと思い、レシピと材料をお贈り致します」
サイデム商会を通じて、作り方の詳細と材料一式が送られてきた時には、一体何ができるのかと思いましたが、さすがメイロードの見つけてきた素材、塩味だけに見えるのに複雑極まりない味、という驚きに満ちたものだったのです。
パーティーで新しい味を提供し、絶賛を得たお父様達も得意満面です。
こういう新しい文化を提供できることは、上級貴族にとっては本当に嬉しいことなのです。
ぜひレシピを!という方々に対し、料理人を我が家に派遣するならば、調理法は快く伝授する、と明言したお父様には
「なんとお心の広い!」
「このような絶品の味を惜しげもなく公開なさるとはさすがは侯爵家!」
「いやはや太っ腹ですなぁ」
と賛辞の嵐!
きっとこの噂は光よりも早く社交界を駆け巡るでしょう。
でも、実は、公開を最後まで渋ったのはお父様。
公開して欲しいというサイデムとメイロードに、断腸の思いで同意したのです。本当は、ずっと侯爵家だけで楽しみたかったみたいです。わがままですね、ちょっと気持ちは分かりますが……
ついでに材料はサイデム商会からしか手に入らないことを言い添えると、商人ギルドのタガローサ幹事が、慌てて否定しようとして、墓穴を掘っていました。
(この料理に関する食材は、既に全て購入契約済みだと私達はサイデム側から聞いていました)
どうやっても、タガローサが今更販売することは無理なはずだとお父様に言われ、それでも食い下がろうとして、無意味な弁解を随分長いことしていました。
どうにも見苦しいことです。
今回のことも、次の手紙には書き添えておきましょう。
(早く戻ってきてね。待ってるわ、メイロード)
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