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2 海の国の聖人候補
305 先生、醤油が作りたいです!
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305
「後援って……私の研究にですか?!」
心底びっくりしたようで、エジンさんは手に持っていたカップを取り落とし、紅茶を盛大にぶちまけてしまう。
どうやら、かなりそそっかしい人のようだ。
(とてつもなく聡いかと思えば、ドジで家事はダメ……なんだかグッケンス博士と似てる?)
「ああ、大丈夫ですか?火傷してませんか?怪我がなくてよかった……」
ソーヤにお茶を入れ直すよう指示して、エジンさんにナプキンを差し出しながら、私は話を進めた。
「エジンさんのご推察の通り、私は兼ねてから醤の進化版である〝醤油〟にとても興味を持っているのです。しかし、帝国でしかも個人で、一から醤油へ至るまでの研究をすることは非常に困難でした。
そもそも帝国にいては〝豆の妖精〟との付き合い方も分かりませんし、どうしたものかと思っていたのです。
そんな時、それを研究しているというあなたを知りました。
実を言えば、沿海州へ来たのは、味噌や醤油についてもっと学びたかった、ということが大きいのです。
これはご縁だと思います。是非、先生のご研究に協力させて下さい。勿論、〝魔石冷蔵庫〟もご用意致します」
私は、彼に負けず劣らず、もう暑苦しい程に、醤油への尽きぬ思いを語った。
エジンさんは、私の熱量に若干後ずさった感じではあったが、それと同じぐらい私の〝醤油醸造〟への本気度に興味を惹かれたようだ。
「こちらとしては、そのご提案は、願ったり叶ったりですが、そもそもよくご存知ですね。
味噌は確かに大陸へも多少輸出されてはいますが〝醤〟そして更に商品としては極めて少量しか流通していない〝醤油〟というものについて、大陸にお住いの方が知識をお持ちとは、本当に驚きました。輸出品もほとんどは大陸に住む沿海州の人間のためのものですし、あなたのようなお嬢様が接するような場所にはないと思いますが……一体どちらでご覧に?」
やはり、この人は鋭い!しかも疑問を持つと追及してくるタイプだ。
だが、だからといって、まさか
〝異世界では毎日食べていたので、この世界での私の食生活向上のためにどうしても欲しい。第一異世界からの購入品をいつまでも使っていては、ほとんどの和食で《生産の陣》が使えなくてもったいないのよ!〟
とぶっちゃける訳にもいかない。
(さて、どうやって話を持っていこうかな……)
以前の世界にいた時から、私は〝手前味噌〟つまり自家製味噌を作っていた。
味噌作りは、案外シンプルなものだ。一年に一度、家族が使う分を仕込むぐらい特に難しいことはなかった。
但し種麹があればだ。
味噌作りの核である種麹が手に入らないココでも、もちろん自分で作ることは諦められなかった。異世界に来てから今に至るまで何度も試作を重ねてきた。しかも毎回、腹が立つほど出来が良くないのに、諦めきれなかった。
とても口惜しかったが、ちゃんとした種麹が作れない帝国での味噌作りでは、私の求める品質は難しかった。結局、実際の料理でもイスの外国人市場で発見した沿海州産の味噌を主力にせざるを得ないのが現状だ。
(よし、ともかく自家製味噌を作ろうとした経験をベースに話をしていこう)
「自分でも作っていますから、分かるんですよ。自家製味噌の作り方の基本は私も把握しているつもりです。その過程で〝醤〟が抽出できることも経験的に知ってはいるのです……が、どうにも〝豆の妖精〟の力が足りないようで、どちらも私の望む水準までは至っていません」
「帝国のご自宅で味噌作りですか?変わった方ですねぇ」
エジンさんはこぼした紅茶を拭き取りながら、面白そうに笑った。
確かに、大陸での味噌の利用は限定的だし、流通量も決して多くはない。
それを、わざわざ自宅で再現して作ろうとする帝国人の子供がいる。しかも今は沿海州にまでやってきて、更にその先の研究を後援したいという。
なかなか俄かには信じがたい話ではあると思う。
私はマジックバッグに小分けしておいた自家製味噌を取り出した。
全くお恥ずかしい不本意な出来の味噌だが、取り敢えず実験の成果だ。
残念ながら、私の知る範囲ではいい種麹が手に入る場所が見つけられず、沿海州から買った味噌からの分離にも失敗した。やはり〝豆の妖精〟がたくさん住む場所でないと厳しいのだと思う。
「なるほど、素晴らしい研究成果ですね。
帝国で作ろうとするとこうなりますか……興味深いですね」
エジンさんは私の味噌をまじまじと見てから、少し食べ、黙考し始めた。そして、暫くして話し始めた。
「ここまでできるということは、要は〝豆の妖精〟の力が圧倒的に不足している、ということがあなたの味噌が美味しくない原因でしょうね。まぁ、この研究所でも、確実に〝豆の妖精〟だけを捉えることはできていないのですがね」
私はエジンさんに1つの提案をした。
「どうでしょう。暫くここの蔵での研究を私にもさせてもらえませんか?」
「後援って……私の研究にですか?!」
心底びっくりしたようで、エジンさんは手に持っていたカップを取り落とし、紅茶を盛大にぶちまけてしまう。
どうやら、かなりそそっかしい人のようだ。
(とてつもなく聡いかと思えば、ドジで家事はダメ……なんだかグッケンス博士と似てる?)
「ああ、大丈夫ですか?火傷してませんか?怪我がなくてよかった……」
ソーヤにお茶を入れ直すよう指示して、エジンさんにナプキンを差し出しながら、私は話を進めた。
「エジンさんのご推察の通り、私は兼ねてから醤の進化版である〝醤油〟にとても興味を持っているのです。しかし、帝国でしかも個人で、一から醤油へ至るまでの研究をすることは非常に困難でした。
そもそも帝国にいては〝豆の妖精〟との付き合い方も分かりませんし、どうしたものかと思っていたのです。
そんな時、それを研究しているというあなたを知りました。
実を言えば、沿海州へ来たのは、味噌や醤油についてもっと学びたかった、ということが大きいのです。
これはご縁だと思います。是非、先生のご研究に協力させて下さい。勿論、〝魔石冷蔵庫〟もご用意致します」
私は、彼に負けず劣らず、もう暑苦しい程に、醤油への尽きぬ思いを語った。
エジンさんは、私の熱量に若干後ずさった感じではあったが、それと同じぐらい私の〝醤油醸造〟への本気度に興味を惹かれたようだ。
「こちらとしては、そのご提案は、願ったり叶ったりですが、そもそもよくご存知ですね。
味噌は確かに大陸へも多少輸出されてはいますが〝醤〟そして更に商品としては極めて少量しか流通していない〝醤油〟というものについて、大陸にお住いの方が知識をお持ちとは、本当に驚きました。輸出品もほとんどは大陸に住む沿海州の人間のためのものですし、あなたのようなお嬢様が接するような場所にはないと思いますが……一体どちらでご覧に?」
やはり、この人は鋭い!しかも疑問を持つと追及してくるタイプだ。
だが、だからといって、まさか
〝異世界では毎日食べていたので、この世界での私の食生活向上のためにどうしても欲しい。第一異世界からの購入品をいつまでも使っていては、ほとんどの和食で《生産の陣》が使えなくてもったいないのよ!〟
とぶっちゃける訳にもいかない。
(さて、どうやって話を持っていこうかな……)
以前の世界にいた時から、私は〝手前味噌〟つまり自家製味噌を作っていた。
味噌作りは、案外シンプルなものだ。一年に一度、家族が使う分を仕込むぐらい特に難しいことはなかった。
但し種麹があればだ。
味噌作りの核である種麹が手に入らないココでも、もちろん自分で作ることは諦められなかった。異世界に来てから今に至るまで何度も試作を重ねてきた。しかも毎回、腹が立つほど出来が良くないのに、諦めきれなかった。
とても口惜しかったが、ちゃんとした種麹が作れない帝国での味噌作りでは、私の求める品質は難しかった。結局、実際の料理でもイスの外国人市場で発見した沿海州産の味噌を主力にせざるを得ないのが現状だ。
(よし、ともかく自家製味噌を作ろうとした経験をベースに話をしていこう)
「自分でも作っていますから、分かるんですよ。自家製味噌の作り方の基本は私も把握しているつもりです。その過程で〝醤〟が抽出できることも経験的に知ってはいるのです……が、どうにも〝豆の妖精〟の力が足りないようで、どちらも私の望む水準までは至っていません」
「帝国のご自宅で味噌作りですか?変わった方ですねぇ」
エジンさんはこぼした紅茶を拭き取りながら、面白そうに笑った。
確かに、大陸での味噌の利用は限定的だし、流通量も決して多くはない。
それを、わざわざ自宅で再現して作ろうとする帝国人の子供がいる。しかも今は沿海州にまでやってきて、更にその先の研究を後援したいという。
なかなか俄かには信じがたい話ではあると思う。
私はマジックバッグに小分けしておいた自家製味噌を取り出した。
全くお恥ずかしい不本意な出来の味噌だが、取り敢えず実験の成果だ。
残念ながら、私の知る範囲ではいい種麹が手に入る場所が見つけられず、沿海州から買った味噌からの分離にも失敗した。やはり〝豆の妖精〟がたくさん住む場所でないと厳しいのだと思う。
「なるほど、素晴らしい研究成果ですね。
帝国で作ろうとするとこうなりますか……興味深いですね」
エジンさんは私の味噌をまじまじと見てから、少し食べ、黙考し始めた。そして、暫くして話し始めた。
「ここまでできるということは、要は〝豆の妖精〟の力が圧倒的に不足している、ということがあなたの味噌が美味しくない原因でしょうね。まぁ、この研究所でも、確実に〝豆の妖精〟だけを捉えることはできていないのですがね」
私はエジンさんに1つの提案をした。
「どうでしょう。暫くここの蔵での研究を私にもさせてもらえませんか?」
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