利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
上 下
113 / 840
2 海の国の聖人候補

302 嘘つきは許しません

しおりを挟む
302

商人ギルドは、残っている20台分の〝魔石冷蔵庫〟のリースについて、ギルドの掲示板を使い、主旨と共に改めてリース希望者の募集告知をした。

改めて募集を告知したのには理由がある。

既に候補はかなりあるのだが、この間見せてもらったリストには、そのままにはしておけないレベルの偏りが見られた。
リストの大半は大店の下請け的な店や同業の店で占められており、それ以外の業種へは、まだ情報が流れていない感じがあったのだ。

どうも大店が情報を広めないようにしている節もあるし、怪しい気配だ。ここは再度募集してみたほうがいいと判断した。

案の定、告知後すぐに詳しい説明を聞きたいという店がたくさん現れ、当初50件ぐらいの応募数だったのが、あっという間に300件近い数に増えた。業種としては、鮮魚店が一番多く、次に飲食店と小売店、工房もかなり応募してきている。

〝魔石冷蔵庫〟導入後の事業計画に関する筆記での一次審査を経て、50件まで絞った後、面接による最終選考が行われることになり、私はそっと後ろの方で観察するというポジションでの参加とさせてもらった。

だがそこで、商人の悪い方の一面をみて、私は困惑してしまった。
私は50件に絞るまでの段階ではノータッチだったので、面接の行われている背後で申請用の板紙に目を通し始めたのだが……眉間に大きなシワができた。

私の《鑑定》そして《真贋》が捉えたのは、半数以上の候補者が書類に虚偽の内容を記載していた事実だ。

理由も明らか。彼らの目的は転売だ。

最初から大店の依頼で申請を出してきた者も多く、一から十まで嘘しか書かれていない応募用の板紙もあった。

(うわぁ、真っ黒。でも、私以外が見たらそれなりに整った内容に見えるんだろうなぁ……)

《真贋》を発動すると、私には虚偽の内容の場所が歪んで黒っぽい靄がかかって見える。従って私には、どんな嘘もつくことはできないのだが、知らないというのは恐ろしいことだ。
私の前では、面接官に向かって皆、シレッと嘘の事業計画について滔々と語っている。

(普段は小さい嘘を気にするのが嫌で、この力はあまり使わないんだけど、今回は使って良かった。こんなコスい商売のために私の力を注ぎ込んだ〝タネ石〟達を使われちゃたまらないよ!)

文書の場合、本人が書いたものでないと《真贋》の精度が下がるので、書類は申請者本人に指定されたギルド内のスペースで書き込ませた。〝魔石冷蔵庫〟を使おうという規模の商人となれば、さすがに書面を書けないでは成り立たないので、その場では書けませんといった言い訳もできないはずだ。

私はノートに、彼らの真っ黒で真っ赤な嘘だらけの事業計画の中の矛盾点や見込みの改竄を手早く書き出し、秘書さんを通じて面接をしているタスカ幹事へ渡した。

それを見て、一瞬ギョッとしたタスカ幹事は、直ぐに意図を汲み取って、次々にその内容に沿った質問を始め、案の定嘘をついている人たちはしどろもどろになり始めた。

「こちらの事業計画では、冷蔵庫の設置場所が記載されていませんが、どちらへ置かれる予定でしょうか?」

「あ、うちの倉庫を改造してそちらに設置する予定です」

「その倉庫には、既に在庫の荷が詰まっていますよね。それを移動する計画は無いようですが?」

「え、あ、それはですね……あの、親戚の倉庫へ一時預けてですね……」

「では、そのご親戚のお名前を記載して下さい。確認します」

「え、あ、ああ、えーと、なんだったかなぁ、名前が……」

「名前も分からないご親戚に、大事な商品をお預けになるおつもりですか?」

「……」

この調子で論破し、追い詰め続けるタスカ幹事に、既に調と悟ったのか、後方でその様子を見ていた候補者集団の様子が変わった。

そして、色々な理由をつけてコソコソと面接を途中で逃げ出す輩が続出。午前の面接は早々に終了となった。

「情けない……」

嘘つき達との面接を終えたタスカ幹事は、肩を落としていた。

「皆、きちんとギルドにも登録している引いて一角ヒトカドの人たちなんですがねぇ……」

海産物市場には好景気が訪れつつあるとはいえ、まだまだ苦しい商人たちは多い。そんな状況が、こんな詐欺まがいの手口へ、普通に仕事をしていたはずの人々を加担させてしまうのだ。

(だからといって,見逃す気はないけどね)

「非常に情けない醜態をお見せしてしまいましたが、メイロードさまのおかげで、不埒な連中に貸すことなく選考できそうです。とは決してお聞き致しませんので、どうぞご安心ください。

本当にありがとうございます。午後からは、さらに小さな店の者になりますが、店の大小ではなく、商売を見てしっかり査定させて頂きます」

〝バンダッタの奇跡〟についての経緯もちょっと知っているタスカ幹事。私の不思議能力についても、色々分かってはいそうだが、お互いのために追求しないほうがいいと判断した様子だ。

私に笑顔で一礼してから、幹事は気を取り直し、午後の面接へ向かっていった。

(一応〝黒い書類〟はもうないし、後は任せてもいいかな……)

私はクリーンなモノだけになった午後の分の資料に再度目を通しながら〝魔石冷蔵庫〟がどんな場所で使われることになるのか考えていたのだが、ふとひとつの申請板に目が止まった。

ーーエジン加工食品研究所。魚介を使用した新しい調味料の開発。また豆を使った調味料の研究開発の為、使用を求むーー

「豆を使った……これって、もしかして醤油じゃない?!」
しおりを挟む
感想 3,001

あなたにおすすめの小説

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。