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2 海の国の聖人候補

297 それぞれの決着

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297

「い、いらっ、いらっしゃいませぇ」

「声が小さいよ!それに顔が怖い!お前はツラは悪くないが、愛想がねえんだよ、それじゃだめだ!笑顔だぞ、いつも笑顔だ!
その引きつった顔は笑顔には見えんぞ!

困った奴だな、呼び込みもできんのか、おい!
ほら、もう一度!腹から声を出さんか!」

「いらっしゃいませぇー!!」

「叫ぶんじゃない!!だから、それじゃ、お客様が怖がるだろうが!」

ランテルからは遠く離れたハーラーの小さな布市場に、ランテルの老舗からの紹介状を持った新しい見習いがやってきた。
ガタイが良く力持ちそうだったので雇い入れられたその男は、客商売は全く未経験らしく、愛想笑いのひとつもできないトウのたった商人見習い。

「まったく、先が思いやられるな。取り敢えず荷物運びぐらいは頑張れよ!
いいか、絶対に乱暴に運ぶな!分かったな!」

「は、はい!」

「返事だけはいいんだよなぁ……」

店の裏で汗だくになりながら、至極真面目に、出来るだけ丁寧に荷物運びをしているのは、勇猛で知られたハーラーの若き将軍バンハランと呼ばれていた男だ。
今は〝バン〟という名の商人見習いである。

セイリュウから下された御宣託により、バンハランには、彼を知る者のない土地で丁稚から勤め上げ、商人として〝ヒトカド〟になるまで働くことが課せられた。

彼は前将軍であった父に必ず戻って来ることを約束し、その間の将軍職を頼んだ後、ランテルを去った。
人々は彼の起こした呆れた騒動を知っても尚、ランテルから彼が去ることを惜しんだが、その罪を贖うための御宣託には誰も逆らうことはできなかった。

詳しい処分の内容は人々には伏せられ、ただこの街を去り己を見つめ直す厳しい旅へ出されるのだと伝えられている。

「あれは生え抜きの軍人すぎて、人の世の機微や世間の常識から遠すぎる。少し苦労させないとね」

なるほど、セイリュウの御宣託は悪くない考えだと思う。バンハランは努力家ではあるし、今回のように妹可愛さに血迷ったりしなければ、頭も悪くない男だ。
この奉公で大局を見られる視野と庶民の知恵がちゃんと身につけば、きっと人間味のあるいい男になるになるだろう。

「いろんな人を見て、知って、たくさん考えてくれるといいね」

遠くからバンハランの働く姿を少しの間眺めてから、私とセイリュウはランテルへ戻った。

そしてキヌサさんのその後。

巫女姫の失態に対し、ランテルの上級宮司からは厳重な叱責があったが、病床のためキヌサさんへの処分は、しばらく保留されることとなった。

保留されている間に、事件の全体像が巷に伝わっていき、やがて寛大な処分を求める声が多く寄せられた。

それに押されただけでなく、ランテルでは彼女の日頃の生真面目な仕事ぶりを知る者が多く、しかも彼女自身がその身を呈して〝神の衣〟守ろうとしたことへも同情が集まった。また当の危ぶまれた大事な神事が、彼の兄であるバンハランの働きによって滞りなく終わったということも恩赦の要因となり、大社側からは、それ以上の処分は下されなかった。

だが、キヌサさん自身がそれを良しとせず、彼女の体調が戻り次第〝千日行〟が課されることが決まったという。

ヌノビキ大社の最も奥にある山中の小屋で千日の間、誰とも会うことなく精進潔斎しながら、猛暑の夏も極寒の冬も、ひたすら神のための衣を縫い続ける忍耐と精神力を試される荒行だ。

「キヌサが自ら望んだそうです。まず神に許しを請うための禊がしたいと……」

妹思いのバンハランは、まだ心配そうだが、彼女の決意は固く、既に準備に入っているそうだ。
責任感の強いキヌサさんは、自分のしたことが許せず、この荒行の後は巫女の立場も退こうと考えているらしい。
最高の巫女姫と言われていたその技術、終わらせるのは勿体無い気はするが、それは、また千日の長い修行が終わってからの話だ。

〝ヌノビキ大社〟といえば、セイリュウが本戦で着た光る衣にも、大変な騒動が起こった。

なんだか関係者一同は、あの衣にいたく魅了され、胸打たれたらしい。

アレには〝神が宿っている〟と直ぐに合意形成されたそうで、〝ヌノビキ大社〟の宝物殿への寄進を切望するという旨の使者が、奉納舞の翌日という驚くべき速さでラーヤさんの元へやってきた。

ラーヤさんを通して、こちらからは、特殊な技術(セイリュウの強い魔力)で一度限り光らせたに過ぎない。神の力などではないし、もう光ることはないと説明したのだが、それでもどうしてもと懇願された。

実際に、あの本戦での光り輝く衣装とセイリュウの神懸かった舞を見た彼らの感動は分からなくもないが、あの謎技術満載のをこの地に残していって良いものか、私は考えあぐね判断できずに悩んでしまった。

当然ラーヤさんも言葉を濁しつつ、申し出をお断りする旨、話をしてくれた。

だが、話は更にややこしく転んでいった。

返事を渋るラーヤさんに、さすが〝神の宿る衣〟寄進できないほど高価で貴重なのだと関係者の間で判断されてしまう。
そして、すぐその噂は飛び火し〝神衣ご寄進講〟という自発的で大掛かりな募金運動が起こってしまった。

よほどあの本戦での衣装のインパクトが強かったと見え、ランテルの国力から考えるとあり得ない速さで寄付が集まったそうだ。そして、遂には大金貨二十枚近い大金と共に〝ヌノビキ大社〟で最も徳の高い宮司が〝コウダイ屋〟までわざわざ正装でやってきた。

ラーヤさんは

「これはランテル……いえハーラーの総意なのでございます。どうかお聞き届けください」

と、頭を下げられて大量の金貨を押し付けられそうになったそうだ。

困り果てたという顔で一部始終を説明するラーヤさんの様子に、私は〝致し方なし〟と覚悟を決め、寄進することを承諾した。

(これは、絶対諦める気がないよね。これ以上長引くとラーヤさんにも迷惑だし、人目には晒さないみたいだし、私とのつながりも分からないと思うし、いいや、あげちゃおうっと)

だが、今度はお金を払う払わないで一悶着。
落とし所として、大金貨二十枚は神社と折半し、それで新たな宝物殿を建て厳重に保管することになった。

半分はどうしても貰って下さい、と大社側は全く引く気を見せなかったので、そのお金は今回の騒動に巻き込まれた人たちのために使うことにした。

そこで〝コウダイ屋〟の最高のフォーマルを今回の本戦の舞姫たちに贈り、更に彼女たちを送り出した地元には、来年のこの祭りまで、祭りに関わる活動費を保障することにした。

そして、〝もし残ったら、あとは任せた!〟と残りのお金の使い道はラーヤさんに丸投げした。

ラーヤさんは、私にこのお金をもらう気が最初から全くないことはお見通しだったようで、苦笑いしながらも承知してくれた。彼なら、きっとランテルのために有益に使ってくれるに違いないと私は確信している。

(じゃ、後はヨロシク!)
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