97 / 837
2 海の国の聖人候補
286 魔法使いと喧嘩はするな
しおりを挟む
286
バンハランの目を見れば、彼が何かに追い詰められていることは分かる。
イライラした雰囲気に刺々しい態度……かなり切羽詰まっている印象だ。
(それにしても……)
魔法使いに剣で真正面から対峙し脅しをかけるなど、まったく意味のないことだ。
今は魔法使いの端くれになっている私にはよく分かっている。
そして今のバンハランのやり方は、いくら魔法使いについて疎い沿海州の人とはいえ、武人にあるまじき最低の対応と言える。
相手が悪ければ、即死させられる可能性も高い危険度MAXの愚策だ。
(相手がどんな魔法の使い手か全く分からないのに、突撃って……無謀を通り越してバカなの?
仮にも将軍、相手の力量が全く分からないなんてコトないと思うんだけど……こちらに情報が漏れることを極端に気にしてるし、いろいろ怪しいなぁ)
〝セイ〟ことセイリュウも美しい顔の眉間にしわを寄せ、困惑顔だ。
「困りましたね。いくら体調が優れないとはいえ、私はそれなりに強い力を持った魔法使いですよ。あなたに私が捕まえられるとは思えません……お引き下さい」
冷静に告げるその声には、一切の震えも怒気もなく、そのことがいかにも百戦錬磨の実力を感じさせた。
だがバンハランは相変わらず、剣を振りかざしたまま、強硬に連行しようとする様子を崩さない。
「いや!たとえこの身に何が起ころうと、ここで引くことはできない。絶対に一緒に来てもらう!!
ただあるものの汚れを取り去って欲しいだけだ。
報酬は思いのままに払おう。ただ、なにも聞かず仕事をしてもらいたい。それがお互いのためなのだ!」
すっかり冷静さを欠いたバンハランの様子に私が呆れていると、セイリュウからの目配せを受けた。
私は小さく頷いて、予定通りそっと後ろの方に退き皆に見えない場所から《迷彩魔法》をかけた。
ありがたいことに、この緊迫した遣り取りの中では、子供の私には誰も注目していなかったので、下がるのも隠れるのも簡単だった。
今にも飛びかかろうとする勢いのバンハランの目の前で、椅子に座ったまま魔法使い〝セイ〟の姿は一瞬で消えた。
そして、魔法使いの美しい声だけが響いた。
「この店のご主人とは今日初めてお会いしただけで、彼は私について名前以外何も知りませんよ。問い詰めても無駄です。では、ごきげんよう」
そして声が消えると沈黙の中、バンハランが崩れるように膝をついた。
そして唸り声を上げ始めたかと思うと、手に血が滲むほど何度も手を床に叩きつけた。
「魔法使い!魔法使いよ!!力を持つ者よ!
お前には何の関わりもない話なのは百も承知だ。
私のしていることは、到底許されない暴挙だということも判っている。
だが、これは我が家の問題に止まらぬ、極めて深刻な話なのだ。
できるなら、誰にも悟らせず秘密裏に解決したかった」
どうやらバンハランは、彼の抱える問題が外部に漏れることを極端に恐れているようだ。
詳細を知らせず、とにかく〝元に戻し〟て解決したかったらしい。
バンハランの様子に何かを感じたらしいラーヤさんが問う。
「一体どうされたのです。
この所の貴方は明らかにおかしいです。貴方様は、こんな強硬にしかも礼を失した行動をなさるような方ではないはずだ。一体、そんなにも性急にしかも隠密裏にしなければならない何が起こったと言うのですか?
もう、それを語らずには何一つ進みませんよ!」
すでに魔法使いとの交渉に絶望しつつあったバンハランだったが、ラーヤさんの言葉に、それでもどこかで聞いているかもしれないと語り始めた。
「もう無理なのだろう……死にゆく妹の恥になること、そしてこの国の安泰を脅かすこの状況、何とか水面下で誰にも知られず隠密裏に終わらせたかった。
だが、もうそれは諦めよう……そして私は全てを話し乞うしかない。
我が妹の今生の願いをどうか、叶えてはくれないか!そしてこの地の平穏を、どうか守ってくれ!
私のしたことが許せないと言うなら、この命を差し出そう。
この願い叶えてもらうためならば、私はどんな苦痛でも受ける!私の命と引き換えても構わない!
この地には、貴方以外の誰も、救えるものはないのだ!」
バンハランの言葉に、ラーヤさんが驚きの声を上げた。
「巫女様に、キヌサ様に何かあったのですか!?」
ラーヤさんの問いに、苦しそうにバンハランは言葉を絞り出す。
「厳重に箝口令を敷いているが、キヌサは魔獣に襲われて重傷を負い明日をも知れぬ状態なのだ。
にも関わらず、自責の念にかられて、全ての治療を拒み泣き暮らしている……」
バンハランはそこから厳重な人払いを始めた。
私は唯一魔法使いを知るものとして残され、部屋にはバンハラン将軍、ラーヤさん、私、そして見えなくなっているセイリュウとセーヤだけになった。
「事の起こりは、小さなシミだったのだ」
ラーヤさんの解説とバンハラン将軍の話をまとめると、こういう事のようだ。
この街、というよりこの国は〝ヌノビキの大神〟の庇護の元にある。
〝ヌノビキの祭〟も〝ヌノビキヒメ〟を選ぶ事も、全てはその後の神事のためなのだそうだ。
それは一昼夜行われる奉納舞で、その中でも〝ヌノビキの大神〟がこの地に残されたとされる神聖な衣装〝神の衣〟での神楽は、最も大切なものなのだという。
「わが妹キヌサは、最高のお針子でもあったため、この〝神の衣〟の管理を任されていた。今年も近づいてきた祭に備えて、古い糸を解き、新しいものに変える作業をしていたそうだ。だが、妹には滅多にないことに手が滑り指を刺し、衣装に小さな血の点がついてしまったのだ……」
キヌサさんは、大慌てで処置したが完全には跡が消えず、悩んだ末に〝魔法屋〟のことを思い出し、コッソリと〝神の衣〟を持ち出し、なんとか綺麗にしてもらうことに成功した。
だが、〝神の衣〟をヌノビキ大社へ戻すその帰り道、さらなる悲劇が彼女に襲いかかった。
バンハランの目を見れば、彼が何かに追い詰められていることは分かる。
イライラした雰囲気に刺々しい態度……かなり切羽詰まっている印象だ。
(それにしても……)
魔法使いに剣で真正面から対峙し脅しをかけるなど、まったく意味のないことだ。
今は魔法使いの端くれになっている私にはよく分かっている。
そして今のバンハランのやり方は、いくら魔法使いについて疎い沿海州の人とはいえ、武人にあるまじき最低の対応と言える。
相手が悪ければ、即死させられる可能性も高い危険度MAXの愚策だ。
(相手がどんな魔法の使い手か全く分からないのに、突撃って……無謀を通り越してバカなの?
仮にも将軍、相手の力量が全く分からないなんてコトないと思うんだけど……こちらに情報が漏れることを極端に気にしてるし、いろいろ怪しいなぁ)
〝セイ〟ことセイリュウも美しい顔の眉間にしわを寄せ、困惑顔だ。
「困りましたね。いくら体調が優れないとはいえ、私はそれなりに強い力を持った魔法使いですよ。あなたに私が捕まえられるとは思えません……お引き下さい」
冷静に告げるその声には、一切の震えも怒気もなく、そのことがいかにも百戦錬磨の実力を感じさせた。
だがバンハランは相変わらず、剣を振りかざしたまま、強硬に連行しようとする様子を崩さない。
「いや!たとえこの身に何が起ころうと、ここで引くことはできない。絶対に一緒に来てもらう!!
ただあるものの汚れを取り去って欲しいだけだ。
報酬は思いのままに払おう。ただ、なにも聞かず仕事をしてもらいたい。それがお互いのためなのだ!」
すっかり冷静さを欠いたバンハランの様子に私が呆れていると、セイリュウからの目配せを受けた。
私は小さく頷いて、予定通りそっと後ろの方に退き皆に見えない場所から《迷彩魔法》をかけた。
ありがたいことに、この緊迫した遣り取りの中では、子供の私には誰も注目していなかったので、下がるのも隠れるのも簡単だった。
今にも飛びかかろうとする勢いのバンハランの目の前で、椅子に座ったまま魔法使い〝セイ〟の姿は一瞬で消えた。
そして、魔法使いの美しい声だけが響いた。
「この店のご主人とは今日初めてお会いしただけで、彼は私について名前以外何も知りませんよ。問い詰めても無駄です。では、ごきげんよう」
そして声が消えると沈黙の中、バンハランが崩れるように膝をついた。
そして唸り声を上げ始めたかと思うと、手に血が滲むほど何度も手を床に叩きつけた。
「魔法使い!魔法使いよ!!力を持つ者よ!
お前には何の関わりもない話なのは百も承知だ。
私のしていることは、到底許されない暴挙だということも判っている。
だが、これは我が家の問題に止まらぬ、極めて深刻な話なのだ。
できるなら、誰にも悟らせず秘密裏に解決したかった」
どうやらバンハランは、彼の抱える問題が外部に漏れることを極端に恐れているようだ。
詳細を知らせず、とにかく〝元に戻し〟て解決したかったらしい。
バンハランの様子に何かを感じたらしいラーヤさんが問う。
「一体どうされたのです。
この所の貴方は明らかにおかしいです。貴方様は、こんな強硬にしかも礼を失した行動をなさるような方ではないはずだ。一体、そんなにも性急にしかも隠密裏にしなければならない何が起こったと言うのですか?
もう、それを語らずには何一つ進みませんよ!」
すでに魔法使いとの交渉に絶望しつつあったバンハランだったが、ラーヤさんの言葉に、それでもどこかで聞いているかもしれないと語り始めた。
「もう無理なのだろう……死にゆく妹の恥になること、そしてこの国の安泰を脅かすこの状況、何とか水面下で誰にも知られず隠密裏に終わらせたかった。
だが、もうそれは諦めよう……そして私は全てを話し乞うしかない。
我が妹の今生の願いをどうか、叶えてはくれないか!そしてこの地の平穏を、どうか守ってくれ!
私のしたことが許せないと言うなら、この命を差し出そう。
この願い叶えてもらうためならば、私はどんな苦痛でも受ける!私の命と引き換えても構わない!
この地には、貴方以外の誰も、救えるものはないのだ!」
バンハランの言葉に、ラーヤさんが驚きの声を上げた。
「巫女様に、キヌサ様に何かあったのですか!?」
ラーヤさんの問いに、苦しそうにバンハランは言葉を絞り出す。
「厳重に箝口令を敷いているが、キヌサは魔獣に襲われて重傷を負い明日をも知れぬ状態なのだ。
にも関わらず、自責の念にかられて、全ての治療を拒み泣き暮らしている……」
バンハランはそこから厳重な人払いを始めた。
私は唯一魔法使いを知るものとして残され、部屋にはバンハラン将軍、ラーヤさん、私、そして見えなくなっているセイリュウとセーヤだけになった。
「事の起こりは、小さなシミだったのだ」
ラーヤさんの解説とバンハラン将軍の話をまとめると、こういう事のようだ。
この街、というよりこの国は〝ヌノビキの大神〟の庇護の元にある。
〝ヌノビキの祭〟も〝ヌノビキヒメ〟を選ぶ事も、全てはその後の神事のためなのだそうだ。
それは一昼夜行われる奉納舞で、その中でも〝ヌノビキの大神〟がこの地に残されたとされる神聖な衣装〝神の衣〟での神楽は、最も大切なものなのだという。
「わが妹キヌサは、最高のお針子でもあったため、この〝神の衣〟の管理を任されていた。今年も近づいてきた祭に備えて、古い糸を解き、新しいものに変える作業をしていたそうだ。だが、妹には滅多にないことに手が滑り指を刺し、衣装に小さな血の点がついてしまったのだ……」
キヌサさんは、大慌てで処置したが完全には跡が消えず、悩んだ末に〝魔法屋〟のことを思い出し、コッソリと〝神の衣〟を持ち出し、なんとか綺麗にしてもらうことに成功した。
だが、〝神の衣〟をヌノビキ大社へ戻すその帰り道、さらなる悲劇が彼女に襲いかかった。
294
お気に入りに追加
13,119
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。