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1.水底の世界
会話
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目覚めて目の前に広がるのは、透明な色の静かな空間だった。
今までの目覚めとは全く異なる状況に、琥珀は暫く天井(と思う)あたりを見つめる。かつては鶏の鳴き声、もしくは村人の怒鳴り声で起こされていたが、ここにはそうした音が存在しない。
身体を起こし、周りを見回す。昨日はあまり余裕がなくて気づかなかったが、ここは一体どういった造りなのだろう。確かに水底のはずなのに、普通に息ができるし、抵抗なく歩くこともできる。
どこまでもだだっ広い空間が広がっており、終わりが見えない。あの泉はそれなりの大きさではあったが、これほどの面積ではなかったはずだ。
「…地上とは全く別世界だわ」
「ここは水底の世界だからな」
眠っていたと思っていた水無月から、ふいに話しかけられて、琥珀はビクリと身を強ばらせた。気づけば、水無月が寝そべりつつ、上を見上げていた。
「お、おはよう。起きてたの?」
「あぁ、俺は眠りが浅くてな。基本的にはすぐ目覚める」
そう言って眠そうに欠伸をする水無月だったが、こちらの思考を読んだかのように、この異空間の説明をしてくれた。
ここは、水の主であり蛇神である水無月の力で保たれている空間であり、人型をとっている自分のために作り出したらしい。本来は大蛇だが、大き過ぎる身体では動きにくい上、力が常に溢れ出すことで他の生命体に悪影響を及ぼす可能性が高いから、人間の姿で過ごしているのだとか。
「つまり、こんな姿でも俺は人外の存在だということだ。…怖くなったか?」
「ううん。やっぱり、水無月はいい人だなって」
まぁ、厳密には人ではないから、良い神?良い蛇?
いやいや、そこはどうでもよくて。自分のせいで他者を傷付けるかもしれないなんて、そこまで考えてわざわざ人型になっている、優しい神だ。人間よりもよっぽど暖かい心の持ち主だ。
そう讃えると、水無月は居心地悪そうな顔をして、そっぽを向いた。彼なりの照れだろうか。
「暇潰しに私の話も聞いてくれる?」
そうやって話を変えると、水無月はコクリと頷いた。
「私ね、三津瀬村で生まれたけど、父親と母親を知らないの。病気で死んだって聞いたけど、両親の顔をちゃんと見た記憶もないしね。それで、雑用をしながら何とか暮らしてたんだけど…」
「…身寄りのないことを理由に贄とされたか。人間のやりそうなことだな」
嫌悪感も露わに水無月が吐き捨てる。水無月によれば、時々私と同じような生贄の少女が水底へ沈められていたと聞いた。彼女達も村人にとっては罪悪感を抱かなくて済む、丁度いい道具だったのだろう。
「私の場合は、それ以上に異端だったからだと思う。性格もそうだけど、この瞳だから」
あの泉が神秘性と恐ろしさを併せ持つように、この瞳も二面性を持つ。水無月のように美しいと感じるか、大抵の者が抱くような不気味さを感じるか。残念ながら村人達は後者だった。なぜなら、あの辺では黒目が普通だと決まっていたからだ。
儀式の際、村人達は一石二鳥だとさぞかし喜んだであろう。邪魔者を厄介払いできる上、雨乞いの儀式も並行して済ませることができたのだ。
私を殺して喜ぶ彼らを想像すると、流石に腹が立つ。そもそも、私は言ったのだ。死して意識があるのなら、全員祟ってやると。
据わった目をして拳を握りしめた琥珀を見て、水無月は面倒ごとの予感を感じたのか、後ずさった。
「おい、ここであいつを引き寄せそうな怨念を出すな」
あいつとは?水無月の言う相手が分からない。
しかし、彼は非常に嫌そうな顔をしている。水無月は表情に感情をあまり出さないように見えて、実は結構分かりやすい。
「…俺の兄貴分だと嘘を撒き散らしている迷惑極まりない神のことだ。だが、あいつは俺と違って力ある祟り神でもある」
下手なことを口走れば、その言葉をあいつが本気に取ってしまうから気をつけろ。
忠告してくれた水無月には悪いが、その自称水無月の兄な神様と、今なら何となく握手して仲良くなれる気がした。
今までの目覚めとは全く異なる状況に、琥珀は暫く天井(と思う)あたりを見つめる。かつては鶏の鳴き声、もしくは村人の怒鳴り声で起こされていたが、ここにはそうした音が存在しない。
身体を起こし、周りを見回す。昨日はあまり余裕がなくて気づかなかったが、ここは一体どういった造りなのだろう。確かに水底のはずなのに、普通に息ができるし、抵抗なく歩くこともできる。
どこまでもだだっ広い空間が広がっており、終わりが見えない。あの泉はそれなりの大きさではあったが、これほどの面積ではなかったはずだ。
「…地上とは全く別世界だわ」
「ここは水底の世界だからな」
眠っていたと思っていた水無月から、ふいに話しかけられて、琥珀はビクリと身を強ばらせた。気づけば、水無月が寝そべりつつ、上を見上げていた。
「お、おはよう。起きてたの?」
「あぁ、俺は眠りが浅くてな。基本的にはすぐ目覚める」
そう言って眠そうに欠伸をする水無月だったが、こちらの思考を読んだかのように、この異空間の説明をしてくれた。
ここは、水の主であり蛇神である水無月の力で保たれている空間であり、人型をとっている自分のために作り出したらしい。本来は大蛇だが、大き過ぎる身体では動きにくい上、力が常に溢れ出すことで他の生命体に悪影響を及ぼす可能性が高いから、人間の姿で過ごしているのだとか。
「つまり、こんな姿でも俺は人外の存在だということだ。…怖くなったか?」
「ううん。やっぱり、水無月はいい人だなって」
まぁ、厳密には人ではないから、良い神?良い蛇?
いやいや、そこはどうでもよくて。自分のせいで他者を傷付けるかもしれないなんて、そこまで考えてわざわざ人型になっている、優しい神だ。人間よりもよっぽど暖かい心の持ち主だ。
そう讃えると、水無月は居心地悪そうな顔をして、そっぽを向いた。彼なりの照れだろうか。
「暇潰しに私の話も聞いてくれる?」
そうやって話を変えると、水無月はコクリと頷いた。
「私ね、三津瀬村で生まれたけど、父親と母親を知らないの。病気で死んだって聞いたけど、両親の顔をちゃんと見た記憶もないしね。それで、雑用をしながら何とか暮らしてたんだけど…」
「…身寄りのないことを理由に贄とされたか。人間のやりそうなことだな」
嫌悪感も露わに水無月が吐き捨てる。水無月によれば、時々私と同じような生贄の少女が水底へ沈められていたと聞いた。彼女達も村人にとっては罪悪感を抱かなくて済む、丁度いい道具だったのだろう。
「私の場合は、それ以上に異端だったからだと思う。性格もそうだけど、この瞳だから」
あの泉が神秘性と恐ろしさを併せ持つように、この瞳も二面性を持つ。水無月のように美しいと感じるか、大抵の者が抱くような不気味さを感じるか。残念ながら村人達は後者だった。なぜなら、あの辺では黒目が普通だと決まっていたからだ。
儀式の際、村人達は一石二鳥だとさぞかし喜んだであろう。邪魔者を厄介払いできる上、雨乞いの儀式も並行して済ませることができたのだ。
私を殺して喜ぶ彼らを想像すると、流石に腹が立つ。そもそも、私は言ったのだ。死して意識があるのなら、全員祟ってやると。
据わった目をして拳を握りしめた琥珀を見て、水無月は面倒ごとの予感を感じたのか、後ずさった。
「おい、ここであいつを引き寄せそうな怨念を出すな」
あいつとは?水無月の言う相手が分からない。
しかし、彼は非常に嫌そうな顔をしている。水無月は表情に感情をあまり出さないように見えて、実は結構分かりやすい。
「…俺の兄貴分だと嘘を撒き散らしている迷惑極まりない神のことだ。だが、あいつは俺と違って力ある祟り神でもある」
下手なことを口走れば、その言葉をあいつが本気に取ってしまうから気をつけろ。
忠告してくれた水無月には悪いが、その自称水無月の兄な神様と、今なら何となく握手して仲良くなれる気がした。
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