上 下
18 / 21

番外編:解放

しおりを挟む
「もう大丈夫ですよ」

「ありがとうルド、本当に助かったわ」
ようやく降ろされたのは外に出てからだ。

さぞ重かっただろうに文句も言わず抱えてくれて、頼もしかった。

ところどころから血に匂いがしたような気がしたが、気のせいね。

目隠しを外すと目の前には同僚のマオがいる。

「無事で良かったです」

「マオ!」
驚いた、何でここに?

「あの、何でいるの? ミューズ様は大丈夫?」
ルドもそうだが、マオもいるなんて。

ミューズ様の護衛はどうなってるの?

「ティタン様とライカがすぐ戻ってきてくれたので、僕とルドはこちらに来たのです。誘拐されたって知らせが来て、ビックリしたですよ」
本当に公爵家に誘拐の知らせがいったようだ。

「ごめんなさい。こんな事になるなんて思ってなくて」
迷惑をかけてしまったことを謝るが、マオは気にした素振りもない。

「別にチェルシーのせいではないから気にしなくていいのですよ。しかし、身代金目的で侍女を攫うなんて、なかなかない発想だと思うのですが……まぁ狙った人物が悪かったですね」
ふふっとマオが黒い笑みをしている。

確かにルドが容赦なく人を殺めるとは思わなかった。

助けにきたのがルドじゃなかったら、もっと穏便だったかもしれない。

「目撃していた街の人もすぐに知らせてくれて、身代金要求の手紙を届けに来た者にも事情を聞いたのです。その後リオン様に連絡したら、すぐにここにチェルシーがいると教えてもらえたです。リオン様の魔法は探知に向いてますので、あっという間です」
助かってよかった。

目撃者の人達がすぐに知らせてくれたのも、功を奏したようね。

リオン様はマオの夫で、凄腕の魔術師だ。

以前結婚式で、綺麗な虹色の蝶を見せてもらった事がある。

花弁のようにきらきらで綺麗だったなぁ。

「リオン様にもお礼を言わなきゃ。でも蝶々なんて見なかったわよね?」
リオン様は蝶を操って、自分の目の代わりに出来ると聞いていた。

身近にそのようなものは見なかった気がする。

「あれは目立つから、こういう時は違う形にするそうですよ。こんな風なものに」
マオが呼ぶと黒い小さな蜘蛛が集まる。

この蜘蛛、トイレとかそこらに確かにいたわね。

次々とマオの周囲に寄ってきた。

「うっ! ちょっと、苦手かも……」
一匹、二匹ならばまだいい。

しかし、こんなにたくさんなのはちょっと、いやかなり気持ち悪い。

「慣れれば可愛いものですよ」
マオは平気そうだ。

「これにチェルシーの場所を教えてもらったのです。小さいからどこでも入れるし、隠れられるです。場所がわかったら、ルドに認識阻害の魔法をかけて、潜入してもらったのです。ここのボスを捕らえるまで待つですよ、といったのですが、その前に大暴れしてたですね」

「妻が他の男に触られて我慢できるはずがないでしょう。襲ってきたものは滞りなく切り捨て、チェルシーに傷はつけてないのだから問題ないはずです」
認識阻害、透明人間になる魔法だと聞いた事がある。

転びそうになった時助けてくれたのもルドなのだろう。

そんな事を考えていたら後ろから抱きしめられた。

「今度から一人での外出は避けてください。あなたに何かあったら、俺が耐えられない」

「ごめんなさい……」
心配してくれているのが痛いくらいわかる。

「公爵夫人であるミューズ様を狙うならともかく、その侍女を狙うなんて普通は思わないですからね」
マオの言葉にあたしは頷いた。

普通はそうよね。

「それにしても侍女の身代金を勤め先に要求するとは……うちならともかく、侍女の主が応じなかったら、どうするつもりだったんですかね」

「その時はその時で、誘拐した女性を売り払うつもりだったみたいだよ」
首を傾げるマオの言葉に答えたのは、リオン様だ。

あたしが監禁されていた建物から出てくる。

「さっき吐かせてきた。今憲兵たちも呼んで後処理させるから、ちょっと待っててね」
にこにこと微笑んでいる。

相変わらず、綺麗でかっこいい。

公爵のティタン様の弟だが、容姿は全く似ていない。

二人ともとっても優しいところは似ているが。

少し身じろぎするとルドが手を離してくれた。

あたしはリオン様の方を向いて、頭を勢いよく下げる。

「リオン様、助けて頂きありがとうございます! お忙しいところをあたしのせいでこんな事させてしまって、本当にすみません!」

「いいんだよ、君が無事で良かった。マオから呼び出しを受けた時はびっくりしたけどね」
顔を上げるように促され、あたしはリオン様を見る。

「君はマオの大切な友人で、義姉様の大事な侍女だ。見捨てるわけがない。それにマオに頼られたら、僕は何だってするよ」
目を細め、優しい眼差しでマオを見る。

「少しは役立ったかな? 奥様」

「助かったです、リオン様。ありがとうなのです」
褒められたいという期待に満ちたリオン様の声と、淡々とお礼を述べるマオの声。

温度差を感じたが、リオン様は満足そうだ。

「さて憲兵が来た。僕は色々伝えることがあるから中に行くけど、チェルシーは入らない方がいい。二人は付き添ってあげて、必要な話をしたら、公爵家に帰っていいよ。後の事は僕に任せて」
そう言うとリオン様は指をくいっと曲げて合図する。

マオのもとにいた蜘蛛達が霧散した。

「二人がいるから、もういらないだろう。また後でね」
手を振って、憲兵たちと中に行ってしまった。

薄暗くなってきたが、あたし達は外で事情聴取を受けることになった。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

貴族との白い結婚はもう懲りたので、バリキャリ魔法薬研究員に復帰します!……と思ったら、隣席の後輩君(王子)にアプローチされてしまいました。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
秀才ディアナは、魔法薬研究所で働くバリキャリの魔法薬師だった。だが―― 「おいディアナ! 平民の癖に、定時で帰ろうなんて思ってねぇよなぁ!?」 ディアナは平民の生まれであることが原因で、職場での立場は常に下っ端扱い。憧れの上級魔法薬師になるなんて、夢のまた夢だった。 「早く自由に薬を作れるようになりたい……せめて後輩が入ってきてくれたら……」 その願いが通じたのか、ディアナ以来初の新人が入職してくる。これでようやく雑用から抜け出せるかと思いきや―― 「僕、もっとハイレベルな仕事したいんで」 「なんですって!?」 ――新人のローグは、とんでもなく生意気な後輩だった。しかも入職早々、彼はトラブルを起こしてしまう。 そんな狂犬ローグをどうにか手懐けていくディアナ。躾の甲斐あってか、次第に彼女に懐き始める。 このまま平和な仕事環境を得られると安心していたところへ、ある日ディアナは上司に呼び出された。 「私に縁談ですか……しかも貴族から!?」 しかもそれは絶対に断れない縁談と言われ、仕方なく彼女はある決断をするのだが……。

ドリンクバーさえあれば、私たちは無限に語れるのです。

藍沢咲良
恋愛
同じ中学校だった澄麗、英、碧、梨愛はあることがきっかけで再会し、定期的に集まって近況報告をしている。 集まるときには常にドリンクバーがある。飲み物とつまむ物さえあれば、私達は無限に語り合える。 器用に見えて器用じゃない、仕事や恋愛に人付き合いに苦労する私達。 転んでも擦りむいても前を向いて歩けるのは、この時間があるから。 〜main cast〜 ・如月 澄麗(Kisaragi Sumire) 表紙右から二番目 age.26 ・山吹 英(Yamabuki Hana) 表紙左から二番目 age.26 ・葉月 碧(Haduki Midori) 表紙一番右 age.26 ・早乙女 梨愛(Saotome Ria) 表紙一番左 age.26 ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載しています。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

処理中です...