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第5話 一方通行(北杜視点)

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 まさか了承してくれるとは思わなかった。 

 父から話しを聞いて、嬉しいやら恥ずかしいやらは思ったが、嫌な気持ちは欠片も湧き上がらない。

 寧ろ待ち遠しかった。

 最初に深春と会ったのは、まだ記憶も朧げな乳児の時だ。

 同い年の子が生まれたからと、家族ぐるみの付き合いに駆りだされたのが始まりだった。

 父の友人の子どもで女の子だったから、会いたくないと思った事もある。

(女の子とだなんて、何して遊べばいいんだよ)

 年を重ねるとそんな風に思い、次第に話すことも少なくなる。

 正直何も話すこともないし、人形遊びなんてしたくなかった。

 それならば家で走り回っていた方がいい、そんな思いだったのに。

 そうして数年会わない時が続いたのだが……。

「いらっしゃいませ」

 久々に会った彼女は可愛かった。

 いい匂いはするし、ずっと笑顔だし、かと言って媚びるようなものも感じない。

 異性と話す機会は少なかったし「これだから男子は」なんていう事もない。

 深春は穏やかで、その側にいる事は居心地が良かった。

 大きくなり忙しさからお互いの家に行くことはなくなったけれど、皆で撮った集合写真は今でも飾ってある。

(元気にしているかな)

 そんな時に突然深春の両親の訃報を聞いた。

 驚きと共に心配になった。

 きっと悲しんでいるだろう、泣いているだろう。そう考えるだけで胸が痛い。

 それに俺達は受験生だ。これからの為にも大事な時期なのに。

「行ってくる」

 そう言って家を出ようとする父に向かって、俺はたまらず声を掛けてしまった。

「父さん、深春を助けてあげて」

 何をとか、どうやってとか、何も考えつかなかったけれど、それでも父は俺の頭を撫で、笑顔で頷いてくれた。

「あぁ。任せろ」

 そこからは大人の話で詳細までは言われなかったが、何とか父が後見人になる事が出来たらしい。

 時間はかかったし、心労も溜まって深春は志望校に行くことは叶わなかったが、それでも進学する事は出来た。

 腐ることなく努力を続けていた深春は、高校に通っている間に、今度は就職するという旨を父に話したらしい。

 しかし高卒での就職は中々厳しい。

 せめて資格があれば別だが、バイトをし、尚且つ普通科に通っていた深春に有用な資格を取る暇はなかった。

 心配した父が深春の事を考え、お節介ながらも援助を申し出し、深春も思う所はあったようだが、受け入れてくれたそうだ。

 そして父もあわよくばがあったのだろう、自分との結婚を条件に出したらしい。

「喜べ、北杜! 深春ちゃんが嫁に来るぞ!」

「はぁ?!」

 俺はそんな話をした事もないんだが、何を勝手な事を。

「いやお前ずっと深春ちゃんの事を気にしていただろう? それにもう娘みたいなものだし、どこかにあげたくもないし」

「勝手な事言うんじゃねぇよ!」

 反抗期故にそう言ってしまったが、内心では何とも言えない感情が生まれ、気持ちの整理が追い付かなかった。

(深春と結婚?)

 そんな事高校生である自分には実感もわかないし、現実感もない。

 しかし同じ大学を受験する事となって再び顔を合わせると、愛おしいという気持ちが再び自然と湧いた。

 優しい彼女は優しいままであったし、以前と変わらず自然と接してくれた。

(全て受け入れてくれたのかな?)

 だがこちらが呼び捨てる事を許されても、自分の事はいつまでも「北杜さん」と他人行儀であった。

 だがそれは自分だけではなく他の人にもそうなのだから、癖のようなものかと思ったのだが……。

 大学に入って実は深春が何も知らず、自分との結婚は了承していないという事という事を知り、ただ愕然としてしまった。

 それと共にあの時反抗期で父に詳しく問い詰めなかった事、受験で忙しく、深春としっかり話をしていなかったのが悔やまれた。

(父さん、恨むぞ)

 行き場のない怒りが実の父に向くのはしょうがないだろう。






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