【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。

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第62話 兄弟

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 色々な後始末を部下に言いつけ、カルロスはローシュの乗る馬車へと向かう。

「カラム、待たせたな。ローシュの様子はどうだ?」

 カラムが馬車の外で監視をしているが、その表情は嫌悪に満ちていた。カルロスが来るとすぐに姿勢を正し、頭を下げる。

「特に不審な動きはなく、今のところ大人しいですね」

「ありがとう」

 カラムが馬車のドアを開け、恭しい対応をする。かしずくその様に自分との対応の違いを感じてローシュはムッとした顔をするが、それよりも早くカルロスと話したいという素振りをした。

「兄様、助けに来てくれてありがとうございます。もう駄目かと思いました」

 血を失なって幾分かは顔色は悪いが、治療を受けたローシュはとても元気そうな声を上げた。

「ローシュにはまだ生きていてもらわねば困るからな」

 カルロスはカラムと共にローシュの馬車へと乗り込む。

 ラウドとは違う馬車に乗せられているのだが、ローシュは気にも留めてないようだ。

 走り出した馬車の中で、ローシュの話をカルロスは穏やかな表情で聞いている。

「遅くなって済まなかったな。皆お前の事を心配している、一緒に王城へ戻ろう」

「はい」

 その言葉を嬉しく思うローシュとは違い、カルロスの細められた目は冷ややかだ。

「戻ったらすぐにお父様に報告があります。実はエカテリーナが、僕を殺そうとしました。これは国家反逆罪に等しい事、この罪は毒杯では足りないでしょう」

 興奮したローシュの話に、カルロスは黙って耳を傾けている。

「彼女は恐らくずっと僕の命を狙っていたのだと思います。僕が嫌いだからあんな事を……記憶喪失も嘘です。彼女は魔法を使える、あそこにあった死体も彼女がやった事なんです」

「そうか」
 カルロスは少し考える素振りをし、ローシュを見た。

「エカテリーナ嬢にこうまで嫌われるという心当たりはあるのか?」

「ありません」

 どこまでも自分の非を認めないローシュを見て、カルロスの隣に座るカラムは痛くなるほど拳を握る。

(カルロス様が何も知らずにいると思うのか? 本当にこのお坊ちゃんは、何も考えていないのだな)

 自分が何かをされたわけではないが、他人にこうまで憎悪を引き出させるローシュは凄いと思う。

 ある意味それは才能だろう。

(侯爵令嬢があそこまでの殺意を顕にしたのは、お前が原因だろうが)

 口に出すことはしないが表情に出ていたのだろう、カルロスがその様子を一瞥し、嘆息する。

「その原因はお前にあるだろうが。何故気づかない」

 カラムの心の内を読み、カルロスが代弁する。

「俺は何度も諫めてきたつもりだ。エカテリーナ嬢を大事にしろと、何度も何度も進言した。だが、お前は守られる事を当たり前とし、尚且つ彼女を守る事をしなかったな。あまつさえ彼女を傷つけようと画策するとは……ローシュ、エカテリーナ嬢がお前を殺そうとしたのは、当然の結果だろう」

「兄様。ですが……」

「発言を失礼します、カルロス様」

 カラムがローシュの発言を遮り、カルロスに許可を求める。

「何か俺に伝えたい事があるのか?」
 カラムが話を遮るなど、普通ならばあり得ない。エカテリーナに関係する事以外ないだろう。

 ローシュの方は見ずにカラムは話し始める。

「ブルックリン侯爵令嬢は、ローシュ様が自分を傷つける計画を知っても辛うじて耐えておられました。相当お怒りではありましたが」

「そうなのか?」

 てっきり怪我をさせようとした計画を聞いたエカテリーナが、怒りのままに力を振るおうとしたのではないかと思ったのだが、違ったらしい。

(顔を傷つけられるなんて、女性にとってはより過酷だろうに)

「侯爵令嬢が怒ったのはその後に聞かされた話です。ローシュ様は明確な殺意を持っていました。ブルックリン侯爵令嬢の死を望んでいたのです」

「何だと?」
 さすがにそこまでとは思いもしなかった。怒りで全身が震える。

「本当かローシュ!!」

 激昂する兄の姿に、ローシュは怯え、狭い車内ながらも距離を取ろうとする。

「そ、それは」
 言い淀むローシュを見てカルロスは本当なのだと確信した。

 胸倉を掴まれ青い顔をするローシュと、反対に怒りで顔を赤くするカルロス。

(どこまでも恩知らずだったわけだ、この男は)

 父の頼みで弟の事を見捨てずにここまで来た。

 限界が来たためにこうして泳がせ、明確な証拠を掴んで切り捨てるつもりではあったが……どこかで家族の情は残っていた。だから罪は償わせるとしても、それほどの苦痛を与えるつもりはなかったのに。

(何という身勝手な男だ。あれだけ尽くし、守ってきてくれた令嬢を傷つけるばかりではなく、死までをも望んでいたとは)

 僅かに残っていたか細い何かが、カルロスの中でぷつりと切れた。

「兄弟の縁はもう終わりだ、ローシュ。そして貴族生命もな。あの子爵令息と共に牢で短い生涯を振り返るがいい」

 カルロスは手を離し、椅子に凭れ掛かると言葉を発することも無くなった。

 シンとした空気の中で言葉を発するものは誰も居ない。
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