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第60話 邪魔する者
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「どうして止めたの?」
ローシュへと真っすぐに向かった私の魔法は、カラムとルアンによって防がれた。
魔法同士のぶつかりで大きい音はしたが、けが人はいない。
何故邪魔をしたのか。
特にカラム、彼はローシュに対して軽蔑していたのに、いざとなると庇うなんて、やはり私の敵なのね。
「あなたがここで殿下を殺してしまっては、ただの私刑になってしまう。それは困ります」
「あら。誘拐犯に殺された事にすれば良いじゃない。そうなっていてもおかしくない状況でしょう?」
只の処刑人にこの任を与えたくないの。私の手で殺さないとこのままでは腹の虫がおさまらない。
「気持ちはわかりますが、今は引いてください。然るべき復讐の機会をカルロス様に願いますから」
「彼は最愛の弟の味方、ならば願う事など無意味なのではなくて?」
こうまで庇っていてどう信じたらいいのか。
ある程度ローシュのしたことを推測していたならばこうなる事も想定していたでしょうに。
それとも私がもっと大人しくいう事を聞く女性だと思っていたのかしら。もしもそうであったのなら、人を殺すことなんてしなかったわ。
これ以上人を殺めても変わりないのよ。もはや血塗れなのだから。
「た、助けて……」
「黙っててください、王子様。今は侯爵令嬢を刺激したくないんだから」
カラムが苛立つように言っている。
やはりローシュの味方ではなさそうだけれど、私の味方というわけでもないわよね。
「カルロス様があなたの事を気にかけているのは本当です。ですから落ち着いてください。それにリヴィオもここに来ているのに、ローシュ様を殺す場面を見せたいですか? 彼はあなたが人を殺めることに、心を痛めているというのに」
「……あなた、なかなか狡い人ね」
カラムの発言に心当たりはある。リヴィオはなるべくなら私が戦うのを止めさせたいと思っていたからだ。
昔から自分が守ると何度も言っていたのは、私に力をふるわせたくないという思いも込められていたのは知っている。
記憶が戻らないまま、普通の侯爵令嬢としての生きる事を望んでいる事も。
「だからリヴィオが来る前に決着をつけたいの。そこをどいて」
今まで人の命を自分から刈り取った事はないけれど、ローシュは違う。
私の人生を搾取し続け、そして最後は命までも奪おうとした男だ。
例え今が幸せでも、なかった事には出来ない。
「俺はあなたにそうさせないようにと、カルロス様から遣わされたんですよ。侯爵令嬢、どうか引いてください」
(私から守る為の護衛? 変わってるわね)
しかし、カラムはなかなか手強い。
生粋の魔法使いではないが、魔石を用いてあのような強力な風を操れるのだから、いくら私でも戦法を間違えれば危ない。
彼をも巻き添えにすればローシュを殺せるだろうが、カラムに恨みがあるわけではないから、それは避けたいのだが。
だがそれだけで私に止まれというのは、甘い話ね。
ローシュに向かって歩き始めると、カラムから発せられる魔法が少し弱まる。
彼もまた私を傷つけたくはないのだろう。
「これ以上近づかないでください、侯爵令嬢」
「そうしたら私に危害を加えるのかしら。もしもそんな事をしたら、ブルックリン侯爵家が黙っていないわよ」
私を止めるために危害を加えても、止められずにローシュに危害を加えられても、どう転んでも王家と侯爵家の溝は深くなるだろう。
ただ、実際に手を出したのがどちらかというもので世論は変わる。
今のところは王家の方が分が悪い。私に何かしたら婚約破棄の件から加え、より非難が集中するだろう。
「エカテリーナ様、どうかお止めください!」
「ポエット、ごめんね。その言葉は聞けないの」
ポエットも内心で葛藤しているのだろう、どうしたらいいのかと混乱しているようで、体が震えているのが見える。
(いくらローシュが嫌いでも、さすがに駄目な事よね)
そうは理屈でわかっていても感情が追い付かない。
「あら」
カラムが止むを得ずといった表情で風を巻き起こす。
(これは、リヴィオが来るまでの時間稼ぎかしらね)
また先程のように強風が巻き起こり、大量の瓦礫と砂ぼこりで視界が塞がれる。
視界は遮られるが、こんなもので止まるわけはない。
「逃げな、王子様!」
「あ、あぁ」
そんな声が聞こえるが、私はすぐさま風で砂煙を巻き上げる。
先程カラムが空けた大穴から大量の瓦礫と共に砂煙が巻き上がり、視界が一気にクリアになる。
ドアの方に目を向ければ、傷ついた足を引きずりながら逃げようとするローシュが見えた。
「さようなら」
彼との婚約者だった時代が思い出される。
最初は好かれようと、良き婚約者であろうと努力をした。
心がこちらにない事を知ってからも、夫になる人だからと精一杯のサポートを行なった。なのに裏切られたなんて。
(今だけこの激情に身を任せさせて)
後から考えれば、この時の自分は冷静ではなかったとしか言えない。
これからのリヴィオとの未来を思えば、する必要はなかった。でもこの時の私には必要な事である。
辛かった、幼かった私の中の私と折り合いをつけるために。
私の放った風の矢はローシュの体を貫いて、血しぶきが上がる。
本当はもっと苦しめたかったけれど、リヴィオが来てしまうかもと焦っていたのだ。
(あぁ……終わった)
頭の中で様々な事が思い出される。初めて会った時を、初めて話をした時の事を。
一連の事が終わり、脱力した私は手を下ろすと、くず折れるローシュを眺め続けた。
赤い血が流れ滴るその様に、ただ釘付けになっていた。何だろう……思ったよりも心は晴れない。
私はやはり冷静さを欠いていたのだ、こんな事をしても無駄だとどこかで思っていたはずだ。なのに実行してしまうなんて。
それに。
「エカテリーナ様……」
「……リヴィオ」
最愛の人に、この最悪の場面を見られてしまうという失態を犯してしまった。
ローシュへと真っすぐに向かった私の魔法は、カラムとルアンによって防がれた。
魔法同士のぶつかりで大きい音はしたが、けが人はいない。
何故邪魔をしたのか。
特にカラム、彼はローシュに対して軽蔑していたのに、いざとなると庇うなんて、やはり私の敵なのね。
「あなたがここで殿下を殺してしまっては、ただの私刑になってしまう。それは困ります」
「あら。誘拐犯に殺された事にすれば良いじゃない。そうなっていてもおかしくない状況でしょう?」
只の処刑人にこの任を与えたくないの。私の手で殺さないとこのままでは腹の虫がおさまらない。
「気持ちはわかりますが、今は引いてください。然るべき復讐の機会をカルロス様に願いますから」
「彼は最愛の弟の味方、ならば願う事など無意味なのではなくて?」
こうまで庇っていてどう信じたらいいのか。
ある程度ローシュのしたことを推測していたならばこうなる事も想定していたでしょうに。
それとも私がもっと大人しくいう事を聞く女性だと思っていたのかしら。もしもそうであったのなら、人を殺すことなんてしなかったわ。
これ以上人を殺めても変わりないのよ。もはや血塗れなのだから。
「た、助けて……」
「黙っててください、王子様。今は侯爵令嬢を刺激したくないんだから」
カラムが苛立つように言っている。
やはりローシュの味方ではなさそうだけれど、私の味方というわけでもないわよね。
「カルロス様があなたの事を気にかけているのは本当です。ですから落ち着いてください。それにリヴィオもここに来ているのに、ローシュ様を殺す場面を見せたいですか? 彼はあなたが人を殺めることに、心を痛めているというのに」
「……あなた、なかなか狡い人ね」
カラムの発言に心当たりはある。リヴィオはなるべくなら私が戦うのを止めさせたいと思っていたからだ。
昔から自分が守ると何度も言っていたのは、私に力をふるわせたくないという思いも込められていたのは知っている。
記憶が戻らないまま、普通の侯爵令嬢としての生きる事を望んでいる事も。
「だからリヴィオが来る前に決着をつけたいの。そこをどいて」
今まで人の命を自分から刈り取った事はないけれど、ローシュは違う。
私の人生を搾取し続け、そして最後は命までも奪おうとした男だ。
例え今が幸せでも、なかった事には出来ない。
「俺はあなたにそうさせないようにと、カルロス様から遣わされたんですよ。侯爵令嬢、どうか引いてください」
(私から守る為の護衛? 変わってるわね)
しかし、カラムはなかなか手強い。
生粋の魔法使いではないが、魔石を用いてあのような強力な風を操れるのだから、いくら私でも戦法を間違えれば危ない。
彼をも巻き添えにすればローシュを殺せるだろうが、カラムに恨みがあるわけではないから、それは避けたいのだが。
だがそれだけで私に止まれというのは、甘い話ね。
ローシュに向かって歩き始めると、カラムから発せられる魔法が少し弱まる。
彼もまた私を傷つけたくはないのだろう。
「これ以上近づかないでください、侯爵令嬢」
「そうしたら私に危害を加えるのかしら。もしもそんな事をしたら、ブルックリン侯爵家が黙っていないわよ」
私を止めるために危害を加えても、止められずにローシュに危害を加えられても、どう転んでも王家と侯爵家の溝は深くなるだろう。
ただ、実際に手を出したのがどちらかというもので世論は変わる。
今のところは王家の方が分が悪い。私に何かしたら婚約破棄の件から加え、より非難が集中するだろう。
「エカテリーナ様、どうかお止めください!」
「ポエット、ごめんね。その言葉は聞けないの」
ポエットも内心で葛藤しているのだろう、どうしたらいいのかと混乱しているようで、体が震えているのが見える。
(いくらローシュが嫌いでも、さすがに駄目な事よね)
そうは理屈でわかっていても感情が追い付かない。
「あら」
カラムが止むを得ずといった表情で風を巻き起こす。
(これは、リヴィオが来るまでの時間稼ぎかしらね)
また先程のように強風が巻き起こり、大量の瓦礫と砂ぼこりで視界が塞がれる。
視界は遮られるが、こんなもので止まるわけはない。
「逃げな、王子様!」
「あ、あぁ」
そんな声が聞こえるが、私はすぐさま風で砂煙を巻き上げる。
先程カラムが空けた大穴から大量の瓦礫と共に砂煙が巻き上がり、視界が一気にクリアになる。
ドアの方に目を向ければ、傷ついた足を引きずりながら逃げようとするローシュが見えた。
「さようなら」
彼との婚約者だった時代が思い出される。
最初は好かれようと、良き婚約者であろうと努力をした。
心がこちらにない事を知ってからも、夫になる人だからと精一杯のサポートを行なった。なのに裏切られたなんて。
(今だけこの激情に身を任せさせて)
後から考えれば、この時の自分は冷静ではなかったとしか言えない。
これからのリヴィオとの未来を思えば、する必要はなかった。でもこの時の私には必要な事である。
辛かった、幼かった私の中の私と折り合いをつけるために。
私の放った風の矢はローシュの体を貫いて、血しぶきが上がる。
本当はもっと苦しめたかったけれど、リヴィオが来てしまうかもと焦っていたのだ。
(あぁ……終わった)
頭の中で様々な事が思い出される。初めて会った時を、初めて話をした時の事を。
一連の事が終わり、脱力した私は手を下ろすと、くず折れるローシュを眺め続けた。
赤い血が流れ滴るその様に、ただ釘付けになっていた。何だろう……思ったよりも心は晴れない。
私はやはり冷静さを欠いていたのだ、こんな事をしても無駄だとどこかで思っていたはずだ。なのに実行してしまうなんて。
それに。
「エカテリーナ様……」
「……リヴィオ」
最愛の人に、この最悪の場面を見られてしまうという失態を犯してしまった。
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