【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。

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第58話 暴れましょう

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 大量の砂煙で視界が奪われ、あちこちで悲鳴や怒声が聞こえてくる。

「大丈夫ですか? エカテリーナ様」

「えぇ」

 すぐ側でポエットの声がし、手も握られる。優しいこの触れ方は紛れもなく彼女のものだ。

「何があったの?」
 手探りで壁際に移動し、周囲を警戒しながら小声でのやり取りをする。

「カラムが魔法で天井に穴を開けたのです」

 ゲルドの方に集中していたから、そんな素振りには気づかなかったわ。

「くそっ!」

 ゲルドの焦る声が聞こえてきた。次第に砂煙が落ち着き、視界が晴れると縛られているゲルド達が目に入る。猿轡もまでされているわ。

 仕事が早いものね。

「どうです? 反対に拘束された気分は」

 ゲルドを足蹴にし、くすくすと笑うは見覚えのない人物だった。その表情はとても無邪気なものである。

「あなたは、もしかして変装をしていた人?」

「えぇ。ルアンと申します。よろしくお願いします、ブルックリン侯爵令嬢」

 にこにこ笑う彼? 彼女? は深々と頭を下げて挨拶をしてくれる。

 背の丈は私よりも低く、体も華奢だ。とても戦えるような感じには見えないから、騎士ではないのかもしれない。

 しかし怪我はないところを見ると、何らかの力は有しているのだろう。

 先程刺さったように見えたけれど、それもどんなカラクリがあるのか。

「とても似ていたわ。凄い技術ね」

「リヴィオの事は何度も見かけていましたので。ですが侯爵令嬢にとっては不快だったと思います、申し訳ございません。必要時以外は行ないませんから、そこは安心して下さい」

「そうね。そうして頂戴」

 敬意を表するその言葉に偽りはなさそうね。もしも悪用する事があれば、許さないわよ。

「ルアン。計画に変更はなかったか?」

 カラムが間に入り、確認するように話しかけてくる。一体どのような段取りをしているのだろう。

「うん。さっきのカラムの魔法を合図に殿下達も屋敷に突撃したはずだよ。今は交戦中だろうから、しばらく部屋の外に出ない方がいいね。タリフィル子爵家の方はもう鎮圧されてるんじゃないかな?」

 さっきのごう音はここの撹乱だけではなく、外の者たちへの陽動も担っていたようね。

 カルロス様が来ている、という事はリヴィオも来ているのよね。さっきカラムも二人は一緒だと言っていたし。

 早く会いたい。

「だから、まだこの部屋で待とう。捕縛劇の邪魔をしないようにもしなきゃ」

 言うなりルアンはそこらに腰を掛ける。

「あぁじっとしてるって辛いね。体が痛いよ」

 体をほぐすようにぶんぶんと腕を振るうルアンが、やっとローシュの怪我に気づく。

「あれ? ローシュ様怪我してる。カラム庇わなかったの?」

「あぁ。命の危機には瀕していなかったからな」

「ふーん」

 ルアンはそれを聞いて目を細めた。

「疑惑が真実だったって事だね。あ~あ。カルロス様も失望するだろうなぁ。弟を信じていたのに」

 彼の未来はこうしてはっきりと閉ざされた。
 一体どのような罰を受けるのだろうか。

「待ってくれ! そんなつもりじゃなかったんだ!」

「今更そんな事を言っても遅いですよ、そこに証人もいますしね。それにそんな言葉では、被害者である侯爵令嬢が満足しないでしょう」

 カラムの冷たい声にもローシュは諦めない。

「エカテリーナ、すまなかった。許してくれ! もう二度とあんな事はしない、だから」
 がばっと土下座をするローシュを見て、怒りしか出て来ないわね。

「許すわけないでしょ? 自分が同じような事をされたらと考えれば、わかるはずですわ」

 呆れてしまうわね。

「君は魔女で恵まれているんだから、それくらい良いじゃないか」

「はぁ?」

 魔女だからって関係ない事よ、怪我をさせられたり、殺されかけたら誰だって怒るわ。

「魔女だから、恵まれている? そんな事なかったですよ」

 寧ろ損ばかりだ。

 魔法が使えるからと望んでもない第二王子の婚約者となり、礼儀作法や教養を詰め込まれ、ローシュの尻拭いをし、あげくには死にかけて……恵まれてるなんて言うのは、何もせずに安穏と生きてきたローシュの方なだわ。

「あなたの方が楽して幸せに生きてきたはずですわよ。だって私がいたから、あなたは何もせずともその地位を守れてきましたもの。まぁそれも昔の話、ですけどね」

 くすっと笑う私を見て、羞恥か怒りか、ローシュは高声で喚き立てる。

「やはり君は嫌いだ。人の気持ちも考えられないし、碌な女性じゃない」

「あなたに言われたくないわ。虚勢ばかりの王子様」

 不敬だろうが、もう会うことはないと思うとスラスラと言葉が出てしまう。

 護衛のカラムやルアンがこちらの味方をしてくれたり、リヴィオともうすぐ会えると言う事で、気が強くなっていたのかもしれない。

「君は、あの時死ぬべきだった……」

「はぁ?!」

 ポエットがそれを聞いて怒りを顕にした。

 当然の事だけど、私は怒り以上に言葉に引っ掛かりを覚えたわ。

「どういう意味ですか、ローシュ様」

 冷めた私の声に気づかないようで、感情を剥き出しにしたローシュが吠えた。

 ここに来てから彼の良い人の仮面はとっくに剥がれている。怪我の痛みや不安があるか、平静を保つ事は出来なかったようだ。

「言葉通りだ。僕は昔から君が嫌いで一緒にいるのが苦痛だった。あの日あの時、そのまま僕の前からいなくなれば良かったんだ!」

 この言葉で私の疑念は確信に変わる。

(あの時私を押したのは恐慌状態だったからではない。私に死んで欲しかったからの行動だったのね)

 私は口元に笑みを浮かべ、掌をローシュに向け、詠唱を始める。

 許せるわけはなかった。



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