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第35話 失意と希望(リヴィオ視点)
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数日後、エカテリーナ様は目を覚ました。
ポエットから聞いて喜んだのも束の間、すぐさま絶望感に襲われる。
……エカテリーナ様は今までの事を覚えていないという話だ。これまで生きてきた中で得た、貴重な記憶を失ってしまった。
(これは何の罰だろうか?)
彼女にどんな非があったのだろうか。
幼い頃より第二王子の婚約者として相応しくあろうと努力をし、そしてその婚約者を命がけで助けた果てに記憶を失う?
苦しい事も多かったはずだが、楽しい事もあっただろうに。それら全てを失うなんて、理不尽にも程がある。
対面したエカテリーナ様はとても怯えており、見た事がない程弱々しい表情をしていた。
それはそうだろう。
目を開けて周囲を見れば、知らぬ者達ばかり。しかも自身は怪我をしている。どれだけ不安だろうか、その心情は計り知れない。
これがエカテリーナ様を守り切れなかった罰なのかと思うくらいに落ち込んだ。
だがすぐにその考えは振り払う。
(今一番大変で不安に襲われているのはエカテリーナ様だ。俺が感傷に浸ってどうする)
己を叱咤し、エカテリーナ様の今後についてを考えていかねば。
守り切れなかった事を謝罪し、報告の為に王城へと帰還する。
見た事、聞いた事を全て報告し、そして懇願した。
せめてもの償いの為にエカテリーナ様に付き添いたいと。
幸いなことにローシュは心労で部屋から出られないそうなので、許可を得られた。
安堵する。
これでローシュが動き回るとなれば付き添わなければならず、エカテリーナ様の側には居られない。
しかし王城ならば近衛兵達もいるし、専属の医師もいる。
リルハもいるから身の回りの世話も丸投げできるし、大人しくしてもらえるのは大いに助かった。
手紙を運ぶのも願ったりかなったりの事だ、苦ではない。
そういう役割があれば少なくとも顔を合わせたり、挨拶をすることが出来るからだ。
渡した後は護衛に徹し、そしてポエットもいるから二人きりになる事もなく、支障もない。
そうして郵便屋のような仕事をしつつ、エカテリーナ様の護衛をし、帰り際に返信の手紙を受け取って王城へ戻る。
そんな日を繰り返していたある時、カルロス様に声を掛けられた。
「リヴィオ。随分忙しそうだな」
「カルロス様」
俺は立ち止まり頭を下げる。
ローシュとは違う本物の王子だ。
威厳と慈愛に満ちた人で、多くの人からの支持を受けている。もちろん俺も尊敬している人だ。
「ローシュは部屋に閉じこもっていると聞くが、一度くらいはエカテリーナ嬢の元へと顔を出したのだろうな?」
そう問われ、迷ったものの本当の事を話す。
手紙のやり取りしかしていない事を知り、カルロス様はため息をついた。
「あいつは自分の立場を自覚しているのか? 何故エカテリーナ嬢大事にしない。そうして婚約者を疎かにすることが自分の首を絞めることと何故理解できないんだ」
カルロス様は悲痛な顔だ。
「身分、そして実力を見てもエカテリーナ嬢以上の令嬢はこの国には居ない。もしやローシュはこの婚約に不満を持っていたのか?」
問われ、俺は逡巡し、口を開いた。
「寧ろローシュ様には過ぎた方だと思われます。不満に感じるとしたら恐らくその部分では」
俺の言い草に少し驚いたようだが、カルロス様は不問にしてくれた。
さすがに主を下げる発言はよくなかっただろうけど、話を進めることを優先させたみたいだ。
「劣等感か。だがそれは誰もが持つものだ」
カルロス様は長い長いため息を吐いた。
「王族であれば、そのようなものなどに負けず、エカテリーナ嬢を支えて欲しい。だが、ローシュがそれに捕らわれ、彼女を軽んじるようであれば、もはや保てないかもしれないな」
何を、とは聞かなかった。
カルロス様も気づき始めているだろう、二人の間の走った亀裂に。
「俺がエカテリーナ嬢の元に顔を出し、話を聞いてくる。これから復学もするだろうし、このまま記憶がないままであれば、状況に合わせた支援を要するだろうからな、その為にも現状をきちんと把握したい」
忙しいだろうにこのように弟の婚約者の元へとまで足を運んでくれるなんて。
カルロス様はやはり頼りになる人だ。
ポエットから聞いて喜んだのも束の間、すぐさま絶望感に襲われる。
……エカテリーナ様は今までの事を覚えていないという話だ。これまで生きてきた中で得た、貴重な記憶を失ってしまった。
(これは何の罰だろうか?)
彼女にどんな非があったのだろうか。
幼い頃より第二王子の婚約者として相応しくあろうと努力をし、そしてその婚約者を命がけで助けた果てに記憶を失う?
苦しい事も多かったはずだが、楽しい事もあっただろうに。それら全てを失うなんて、理不尽にも程がある。
対面したエカテリーナ様はとても怯えており、見た事がない程弱々しい表情をしていた。
それはそうだろう。
目を開けて周囲を見れば、知らぬ者達ばかり。しかも自身は怪我をしている。どれだけ不安だろうか、その心情は計り知れない。
これがエカテリーナ様を守り切れなかった罰なのかと思うくらいに落ち込んだ。
だがすぐにその考えは振り払う。
(今一番大変で不安に襲われているのはエカテリーナ様だ。俺が感傷に浸ってどうする)
己を叱咤し、エカテリーナ様の今後についてを考えていかねば。
守り切れなかった事を謝罪し、報告の為に王城へと帰還する。
見た事、聞いた事を全て報告し、そして懇願した。
せめてもの償いの為にエカテリーナ様に付き添いたいと。
幸いなことにローシュは心労で部屋から出られないそうなので、許可を得られた。
安堵する。
これでローシュが動き回るとなれば付き添わなければならず、エカテリーナ様の側には居られない。
しかし王城ならば近衛兵達もいるし、専属の医師もいる。
リルハもいるから身の回りの世話も丸投げできるし、大人しくしてもらえるのは大いに助かった。
手紙を運ぶのも願ったりかなったりの事だ、苦ではない。
そういう役割があれば少なくとも顔を合わせたり、挨拶をすることが出来るからだ。
渡した後は護衛に徹し、そしてポエットもいるから二人きりになる事もなく、支障もない。
そうして郵便屋のような仕事をしつつ、エカテリーナ様の護衛をし、帰り際に返信の手紙を受け取って王城へ戻る。
そんな日を繰り返していたある時、カルロス様に声を掛けられた。
「リヴィオ。随分忙しそうだな」
「カルロス様」
俺は立ち止まり頭を下げる。
ローシュとは違う本物の王子だ。
威厳と慈愛に満ちた人で、多くの人からの支持を受けている。もちろん俺も尊敬している人だ。
「ローシュは部屋に閉じこもっていると聞くが、一度くらいはエカテリーナ嬢の元へと顔を出したのだろうな?」
そう問われ、迷ったものの本当の事を話す。
手紙のやり取りしかしていない事を知り、カルロス様はため息をついた。
「あいつは自分の立場を自覚しているのか? 何故エカテリーナ嬢大事にしない。そうして婚約者を疎かにすることが自分の首を絞めることと何故理解できないんだ」
カルロス様は悲痛な顔だ。
「身分、そして実力を見てもエカテリーナ嬢以上の令嬢はこの国には居ない。もしやローシュはこの婚約に不満を持っていたのか?」
問われ、俺は逡巡し、口を開いた。
「寧ろローシュ様には過ぎた方だと思われます。不満に感じるとしたら恐らくその部分では」
俺の言い草に少し驚いたようだが、カルロス様は不問にしてくれた。
さすがに主を下げる発言はよくなかっただろうけど、話を進めることを優先させたみたいだ。
「劣等感か。だがそれは誰もが持つものだ」
カルロス様は長い長いため息を吐いた。
「王族であれば、そのようなものなどに負けず、エカテリーナ嬢を支えて欲しい。だが、ローシュがそれに捕らわれ、彼女を軽んじるようであれば、もはや保てないかもしれないな」
何を、とは聞かなかった。
カルロス様も気づき始めているだろう、二人の間の走った亀裂に。
「俺がエカテリーナ嬢の元に顔を出し、話を聞いてくる。これから復学もするだろうし、このまま記憶がないままであれば、状況に合わせた支援を要するだろうからな、その為にも現状をきちんと把握したい」
忙しいだろうにこのように弟の婚約者の元へとまで足を運んでくれるなんて。
カルロス様はやはり頼りになる人だ。
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