4 / 21
第4話 婚約者
しおりを挟む
その後のお父様との話で、婚約者の男性が一か月後にはここに訪れると教えられる。
期待と心配で胸がいっぱいになるが、私は笑顔で頷いた。
私の事を思ってくれる父が認めた人だもの、絶対にいい人だわ。
ドキドキたワクワクで眠れなかったせいか、私は次の日熱を出してしまった。
しかも三日ほど下がらず、学園にも行けない日々が続く。
「最悪ね……」
朦朧とした意識の中で、昔の事を思い出した。
◇◇◇
太陽のような煌めき、そして息せき切って走った為に、変わる情景。
「君が誰かに取られるなんて、嫌だ!」
そんな事を言われて、大人の制止を振り切って女神様の所に来た。
彼に恋をしてなのか、それともいけない事をしてなのかわからないが、ドキドキが止まらない。
「僕と彼女の結婚を認めて!」
そんな事を叫び祈るが、女神様は応えてくれない。
やがて来た大人達に、「まだ認めて貰えないようだよ」と慰められ、二人でしょんぼりしながら礼拝堂を出る。
特に彼の落胆は酷いようだったが、すぐさま顔を上げた。
「じゃあ女神様に認めてもらえるように努力すればいいんだ」
彼はガシッと私の肩を掴み、決意を秘めた目で見つめてくる。
「待っててね、ヴィオラ! 僕は絶対に君に相応しい男になって帰ってくる!」
そう言って彼は走り出してしまった。
周囲の大人は苦笑い。
暫く経った時に私は彼の名も知らない事に気づく。
お父様に聞くも「彼の名は……まだ内緒かな」と、はぐらかされてしまった。
ライフォンに当時の話をして、似たような令息がいないかと聞くも、わからないと言われる。
思い出せたのは金の髪と青い目、そして元気いっぱいな性格。何故か顔は思い出せない。
何もかも輝かしく、懐かしい思い出だ。
◇◇◇
ようやく熱が下がり、学園へと行けるようになった。
たった三日休んだだけだけれど、何かあったらしい。
なにやら教室が騒がしいし、人集りがある。
どうしたものかと考える。
人垣を越えるには私の体格では不利だ。潰される可能性がある。
声を掛けて避けてもらうにしろ、その声すらもかき消されそうだ。
そんな人垣を前に立ち尽くしていると、ライフォンが見知らぬ男性を伴って近づいて来た。
「おはようございます、ヴィオラ様。体調はどうですか?」
私が体調不良であった為に、さすがに遊びに来るのは控えてくれていた。
しばらくぶりに会う、と言っても四日ぶりなだけだけど。
「ありがとうございます、ライフォン様。すっかり落ち着きましたわ。ところで、隣の方はどなたです?」
「あなたが休んでいる間に転入して来たのです、名前はアル。俺の友人です」
ライフォンの紹介で私に頭を下げるアルの顔には戸惑いと、迷いが見える。
こんな子どもが学園にいるなんてと、驚くのも無理はないだろう。
「俺はアル、と言います。話には聞いていましたが、アラカルト侯爵令嬢は本当に花のように可憐な方ですね」
アルは何と跪き、キラキラした目で私を見つめてくる。
(演技めいてるけど、冗談を言ってるようではなさそうね)
茶色の瞳は真っすぐに私の目を見ており、その表情はとても真面目で、どう見ても嘘をついているようには見えなかった。
「あ、ありがとうございます、アル様」
そんなお世辞に私は苦笑した。
跪いているというのにいるというのに、目線の高さはあまり変わらないのも何だかおかしいものだ。
「ずっとお会いしたかった。あぁ……やはり実物はいいですね」
頬を染め、そんな事を言ってくれるが、逆に引いてしまうわ。
一体どんな話を聞いてるのだろうか。
「そこまでにしてください、アル様。ヴィオラ様が怖がっていますよ」
ライフォンが取り成して、ようやくアルが立ち上がってくれる。
「すみません、つい取り乱してしまいました。あなたに会えた事が嬉し過ぎて。どうかライフォン様同様、僕もあなたとお話をする権利を下さい」
熱心にそう言われ、私は戸惑い、ライフォンに目線を移す。
「悪い人ではないので、俺からもお願いします」
ライフォンからもそう言われ、私は渋々頷いた。
「わかりました。でも私には婚約者となる人がいます、なので節度ある距離での交流をお願いします」
好意なのか愛情なのかそれは知らないけれど、牽制は必要だろう。
何だか私に対しての態度がなんなのかわからないんだもの。
良い感情ではあるんだろうけどさ。
「承知しております。許可を頂きありがとうございます、アラカルト侯爵令嬢」
「ヴィオラで結構です。ライフォン様の友人ならば悪い方ではないでしょう」
義弟となるライフォンは妹の前ではアレだが、普段は良い令息だ。
その彼の友人だし、アルは悪い人には見えない。
多少ライフォンと同じようなアレな人に思えるから警戒はするが。
「名前呼びまで許可頂けるなんて! ありがとうございます、ヴィオラ様」
音がしそうな程の勢いで頭を抱える下げられるなんて、恥ずかしい。
「良いのです、それよりも私の話とはどう言ったものわ聞いてるのでしょうか?」
話題を変えたくてそんな話を振ってみる。
自分の噂というのはなかなか当人の耳には入りづらいものだ。改めてアルに聞いてみるのはいい事だろう。
貴重な話を聞けるかもしれない。
「アラカルト侯爵家は花の女神の祝福を受けている、可憐な姉妹がいらっしゃると。特に姉君への祝福は強く、今だ少女のような清らかさで、女神様が手放したくないと思うくらいに愛されていると聞いております」
誰がその様な妄想じみた事を話しているのか。
子どもっぽいを良く言うと、少女のような清らかさ、なんて表現になるの? 中身は普通に成長してるんですけど。
「祝福というか、呪いの様なものですよ。十六にもなるのにいつまでも子どものままで」
そして愛されてるなんて虚言は止めて欲しい。
女神様と話せる人なんて、家の人だけなのに。
ってか私言われたことないわ。
「女神さまの加護でしょう。見た目ではなく、あなたの内面と人柄を正しく見れるものを選ぶようにと」
どんだけ女神を良く見ようとしているのかしら。
「あなたは私と話したい、ではなく女神が好きなのですね?」
さっきから女神様贔屓な話し方に違和感があるわね。
「違います、純粋にあなたと話がしたくて……」
「それはどうでしょうね」
本心としても疑わしい。小さい子が好きとか、そんな趣味でもあるのかしら。
とにかく初対面でのテンションもおかしいし、要注意人物ね。
いくらライフォンが良いと言っても男女で感じ方が違うし、私からしたら警戒人物。
あまり近づかないようにしよう。
そんな話をしている中で始業の合図が鳴る。
ようやく人が散ったので、私達はやっと教室に入ることが出来たのだった。
期待と心配で胸がいっぱいになるが、私は笑顔で頷いた。
私の事を思ってくれる父が認めた人だもの、絶対にいい人だわ。
ドキドキたワクワクで眠れなかったせいか、私は次の日熱を出してしまった。
しかも三日ほど下がらず、学園にも行けない日々が続く。
「最悪ね……」
朦朧とした意識の中で、昔の事を思い出した。
◇◇◇
太陽のような煌めき、そして息せき切って走った為に、変わる情景。
「君が誰かに取られるなんて、嫌だ!」
そんな事を言われて、大人の制止を振り切って女神様の所に来た。
彼に恋をしてなのか、それともいけない事をしてなのかわからないが、ドキドキが止まらない。
「僕と彼女の結婚を認めて!」
そんな事を叫び祈るが、女神様は応えてくれない。
やがて来た大人達に、「まだ認めて貰えないようだよ」と慰められ、二人でしょんぼりしながら礼拝堂を出る。
特に彼の落胆は酷いようだったが、すぐさま顔を上げた。
「じゃあ女神様に認めてもらえるように努力すればいいんだ」
彼はガシッと私の肩を掴み、決意を秘めた目で見つめてくる。
「待っててね、ヴィオラ! 僕は絶対に君に相応しい男になって帰ってくる!」
そう言って彼は走り出してしまった。
周囲の大人は苦笑い。
暫く経った時に私は彼の名も知らない事に気づく。
お父様に聞くも「彼の名は……まだ内緒かな」と、はぐらかされてしまった。
ライフォンに当時の話をして、似たような令息がいないかと聞くも、わからないと言われる。
思い出せたのは金の髪と青い目、そして元気いっぱいな性格。何故か顔は思い出せない。
何もかも輝かしく、懐かしい思い出だ。
◇◇◇
ようやく熱が下がり、学園へと行けるようになった。
たった三日休んだだけだけれど、何かあったらしい。
なにやら教室が騒がしいし、人集りがある。
どうしたものかと考える。
人垣を越えるには私の体格では不利だ。潰される可能性がある。
声を掛けて避けてもらうにしろ、その声すらもかき消されそうだ。
そんな人垣を前に立ち尽くしていると、ライフォンが見知らぬ男性を伴って近づいて来た。
「おはようございます、ヴィオラ様。体調はどうですか?」
私が体調不良であった為に、さすがに遊びに来るのは控えてくれていた。
しばらくぶりに会う、と言っても四日ぶりなだけだけど。
「ありがとうございます、ライフォン様。すっかり落ち着きましたわ。ところで、隣の方はどなたです?」
「あなたが休んでいる間に転入して来たのです、名前はアル。俺の友人です」
ライフォンの紹介で私に頭を下げるアルの顔には戸惑いと、迷いが見える。
こんな子どもが学園にいるなんてと、驚くのも無理はないだろう。
「俺はアル、と言います。話には聞いていましたが、アラカルト侯爵令嬢は本当に花のように可憐な方ですね」
アルは何と跪き、キラキラした目で私を見つめてくる。
(演技めいてるけど、冗談を言ってるようではなさそうね)
茶色の瞳は真っすぐに私の目を見ており、その表情はとても真面目で、どう見ても嘘をついているようには見えなかった。
「あ、ありがとうございます、アル様」
そんなお世辞に私は苦笑した。
跪いているというのにいるというのに、目線の高さはあまり変わらないのも何だかおかしいものだ。
「ずっとお会いしたかった。あぁ……やはり実物はいいですね」
頬を染め、そんな事を言ってくれるが、逆に引いてしまうわ。
一体どんな話を聞いてるのだろうか。
「そこまでにしてください、アル様。ヴィオラ様が怖がっていますよ」
ライフォンが取り成して、ようやくアルが立ち上がってくれる。
「すみません、つい取り乱してしまいました。あなたに会えた事が嬉し過ぎて。どうかライフォン様同様、僕もあなたとお話をする権利を下さい」
熱心にそう言われ、私は戸惑い、ライフォンに目線を移す。
「悪い人ではないので、俺からもお願いします」
ライフォンからもそう言われ、私は渋々頷いた。
「わかりました。でも私には婚約者となる人がいます、なので節度ある距離での交流をお願いします」
好意なのか愛情なのかそれは知らないけれど、牽制は必要だろう。
何だか私に対しての態度がなんなのかわからないんだもの。
良い感情ではあるんだろうけどさ。
「承知しております。許可を頂きありがとうございます、アラカルト侯爵令嬢」
「ヴィオラで結構です。ライフォン様の友人ならば悪い方ではないでしょう」
義弟となるライフォンは妹の前ではアレだが、普段は良い令息だ。
その彼の友人だし、アルは悪い人には見えない。
多少ライフォンと同じようなアレな人に思えるから警戒はするが。
「名前呼びまで許可頂けるなんて! ありがとうございます、ヴィオラ様」
音がしそうな程の勢いで頭を抱える下げられるなんて、恥ずかしい。
「良いのです、それよりも私の話とはどう言ったものわ聞いてるのでしょうか?」
話題を変えたくてそんな話を振ってみる。
自分の噂というのはなかなか当人の耳には入りづらいものだ。改めてアルに聞いてみるのはいい事だろう。
貴重な話を聞けるかもしれない。
「アラカルト侯爵家は花の女神の祝福を受けている、可憐な姉妹がいらっしゃると。特に姉君への祝福は強く、今だ少女のような清らかさで、女神様が手放したくないと思うくらいに愛されていると聞いております」
誰がその様な妄想じみた事を話しているのか。
子どもっぽいを良く言うと、少女のような清らかさ、なんて表現になるの? 中身は普通に成長してるんですけど。
「祝福というか、呪いの様なものですよ。十六にもなるのにいつまでも子どものままで」
そして愛されてるなんて虚言は止めて欲しい。
女神様と話せる人なんて、家の人だけなのに。
ってか私言われたことないわ。
「女神さまの加護でしょう。見た目ではなく、あなたの内面と人柄を正しく見れるものを選ぶようにと」
どんだけ女神を良く見ようとしているのかしら。
「あなたは私と話したい、ではなく女神が好きなのですね?」
さっきから女神様贔屓な話し方に違和感があるわね。
「違います、純粋にあなたと話がしたくて……」
「それはどうでしょうね」
本心としても疑わしい。小さい子が好きとか、そんな趣味でもあるのかしら。
とにかく初対面でのテンションもおかしいし、要注意人物ね。
いくらライフォンが良いと言っても男女で感じ方が違うし、私からしたら警戒人物。
あまり近づかないようにしよう。
そんな話をしている中で始業の合図が鳴る。
ようやく人が散ったので、私達はやっと教室に入ることが出来たのだった。
0
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる