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第3話 父との会話

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「婚約?」

 ある日突然父から言われ私は思わず大きな声で問い返してしまった。

「そう。以前ヴィオラに求婚したあの方を覚えているかい? もうすぐ帰国するらしいから、ぜひすぐに婚約をしたいとおっしゃっていてな」

「彼の方にお会いできるの? 本当に?」

 驚いた。信じられない気持ちだ。

 喜び半分、不安が半分。胸の前で拳を握ってしまう。

「しかし本当に私でいいのでしょうか? 数年も会っていないのに」

 勿論約束を忘れずにいてくれた事は嬉しいが、顔を見た瞬間に彼は私を気持ち悪いとか言わないだろうか。

 そもそも私は彼の名前も身分も知らない。

 誰に聞いても教えて貰えなかったし、会ったのはその時だけで、顔も何故か朧げにしか思い出せないのだ。

 忘れる程昔ではないはずなのに。

「良いに決まっている。何せ彼が望んだのだからな。ヴィオラに他の婚約者を作らないでくれと」

 だからか。

 彼と会った後から、私はぱたりとお茶会に連れて行かれなくなり、知識と教養を身につけるよう、勉強に集中させられた。

 それ故に異性との出会いもなく、唯一の男性との思い出は、あの女神像の前で誓い損ねた彼だけ。

 それ故に忘れられなかったのも大きい。

「でもこんな子どもな私を見て正直気持ち悪く思われないか、怖いです」

 私は本当に自分が成長するかも疑っていた。

 本当は得体のしれない奇病で、これ以上育つことも出来ず、子も成せない体なのではないかと思ったのだ。

 そのような症例もあると本で読んでからは、その考えが頭から離れることはなかった。

「そんな事を思うはずはない。彼はヴィオラを愛しているよ」

「そんな、信じられません。だって皆私よりもパメラの方がいいっていうもの。本当はパメラがこの家を継ぐに相応しいって」

 私は長女だから嫡子としてこの家を継ぐ予定ではあるが、本当はパメラの方がいいのではないかという話が出た時期もある。

 パメラは数多くのお茶会に参加し、その人当たりの良さと可愛らしさで数多くの婚約打診の手紙が届いた。

 運命の相手としてライフォンに会い、婚約を交わしたが、今もあわよくばとお誘いの手紙が来るくらいだ。

 対して私は正直可愛くはない。

 パメラのように可愛くもないし、性格も素直ではない。

 すぐに嫉妬するし、愚痴ばかりこぼしてしまう。

 こんな自分を本当に望んでくれるか不安なのだ。

「誰がそんな事を?」

 お父様の低い声に私は口を噤む。

 冷たい目と冷たい声に、私は震えた。

(こんな事を考えるようではこの家に相応しくないと思われてしまう)

 花のように明るくそして優しいとされるアラカルト家の娘が、このような嫉妬心を持つなど思われたら、お父様は私を追い出してしまうかもしれない。

「正直に話しなさい」

 有無を言わさぬ迫力に、私は視線を合わさずに一息に話した。

 今まで向けられていた悪意、感じていた底知れぬ妬み、それによって生じた自分の醜い負の感情を。

 息継ぎも忘れ吐き出したから、呼吸が荒くなり、酸素不足で耳鳴りもする。

(幻滅された、嫌われた)

 きっと嫌な子だと思われた、そう思ったのに。

「すまなかった。そのような事を言われていたとは、辛い思いをさせていたなんて知らなかった」

 そっとお父様は私を抱きしめる。

「嫌じゃないの? こんな考えを持っていて、気持ち悪くないの?」

 こんな感情を持つ私を遠ざけたくはないのだろうか。

「何を言う、ヴィオラはこんなに可愛い。気持ち悪いなんて思うはずがない」

 お父様が手に力を込めてぎゅっと抱きしめてくれた。

「そんな事を言うものはすぐに始末してくる。どのようなものでもな」

 何やら不穏な言葉を口に出され、私は驚いた。

「お父様落ち着いて。私は大丈夫よ」

「大丈夫ではないだろう、このように溜め込んで震えて。ずっと傷ついていたのだから、もっと甘えなさい」

 ポンポンとあやされ、私はホッとした。

「この家はヴィオラのものだ。そもそもライフォン君は伯爵家を継ぐのだから、パメラはここを出なくてはならない。それは覆せるものではない」

 こくりと頷く。

 そうだ、それはどう頑張っても変わらないし、婚約を交わした時も約束した事だ。

「それにヴィオラの方がこの家を継ぐのに相応しい。女神からの祝福が強いのはヴィオラだ」

「え?」

 そうしてそんな事が分かるのか。

「おいおい話すよ。それよりもその不敬を言ったものを即追い出すから、今後は何かあったらすぐにお父様でもお母様でもいいから、話しておくれ。愛しい娘がこんなに悲しい思いをするなんてもう嫌だ」

 すりすりと頬ずりをされて、私は笑ってしまう。

「はい。これからは何でも相談しますわ」

 少し肩の力を抜いた。

 今後はパメラを見習い、もっと正直になろう。そう思い、お父様の背中に手を回す。

「ありがとうございます」 

 お父様から安堵のため息が聞こえてきた。

「いや、こちらこそ教えてくれてありがとう。何も知らずこのままヴィオラを傷つけ続けていたかと思うと、ゾッとする。報いは受けさせるから少し待ってていてくれ」

 それについては返事はしなかった。

 曲がりなりにもお父様は侯爵だ、何をするか聞くのは止しておいた方がいいだろう。







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