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転機

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翌日からミューズとレナンの授業は別々になった。

エリックの仕事を本格的に手伝うこととなったと説明される。

昼食などは一緒に摂るのだが、エリックは忙しさを理由に同席しない。

どことなくレナンも元気がなさそうで心配になるが、
「執務が忙しいから」
とだけ言っている。







「何かあったのよね」
そうは思うものの、レナンが話そうとしなければわからない。

エリックに聞いたところで素直に教えてくれなさそうだし。

「ティタンは何か知ってる?」
「いや…何も」
夜になり、お茶を飲みながら今日の出来事を話す。

昼間に初めて護身術のレッスンが始まったが、まずは柔軟と軽い運動からだった。

最初から張り切りすぎると筋肉痛になると脅されたのだ。





ティタンはレナンの様子がおかしい理由を何となく察していた。

(兄上が全てを話したんだな)
そしてエリックが言っていたとおり、レナンは国に戻ると言ったと思われる。

そして反対され、押し切ろうとしたのだろう。

常に誰かがレナンに付き添い、城に軟禁状態なのだ。

自分でもミューズが国に帰ると言ったらそうすると思う。

だが、レナンにあんな表情をさせるなんて兄も自分と同じ不器用なんだなと感じていた。





一方魔術学校ではマオが一通の手紙を持っていた。
「リオン様、そろそろ帰郷の準備になりそうですよ」
マオから手紙を受け取り、エリックからのものだと確認する。






準備が出来たようだ。

リンドール国内は荒れ果て、更には執務を怠った事で、街の外壁が壊れたようだ。

魔物も入り込むようになり、アドガルムからも援軍を出そうとの話だ。

その援軍と共にエリックも訪れ、話し合いをするのだという。


アドガルム王はほぼエリックに実権を譲っているようで、全てを任せているそうだ。

エリックは遠慮することなく、国王代理として力を奮っていた。

そしてリオンにも次期国王としてその場に居てほしいと。

もはや魔術学校で学ぶこともないし、卒業を待つだけなので構わなかった。

マオから話術も学び、良い友人も得られたのだ。

実直なリオンを慕う人は、思ったよりも多い。

「もちろんマオも一緒に王宮へ行くよね」
「従者なのでついていきますよー特別手当欲しいです」
にんまりと笑い、了承のサインを出す。

「僕が無事に王位についたらな」
「おぉそれなら期待大です、楽しみです。リオン様さすがです」








エリックの執務室では重い雰囲気が纏わりついていた。

あれからレナンはエリックと会話はしていない。

仕事の話はするものの、歓談はさっぱりなくなった。

一緒の部屋にいるニコラは、さぞかし気をすり減らしているだろう。

(ごめんなさいね)
心の中で謝り、エリックに視線を移す。

書類に目を落とし、こちらなど全く見ていない。
無表情で仕事に取り組み、殆どはニコラとの会話。

時折、自分の分と一緒にレナンにも紅茶を淹れてくれる。
飲む気にはなれないが、残すのは申し訳ない。

(許したわけじゃないんだからね!)
心の中で言い訳をしつつ、口にする。

花の香りと蜂蜜の甘さが心地良い。

レナンの好みを覚え、きちんと淹れてくれる。





その反面、なぜあんなにヒドイことをしたのかと恨みがましくなる。

(普通に言ってくれれば良かったのに、それならこんな事にならなかったのに)
優しくしてもらい、嬉しかった。

それなのにあんなに乱暴な一面を見せられ、怖くなってしまったのだ。

このまま結婚していいものかと。

ミューズをも不安にさせてるし、このままではいけないと思うのだが、打開策がわからない。

ふぅっとタメ息がつい漏れてしまう。

(ほんの数日前まではラブラブだったのになぁ)





コンコンと扉を叩く音に、顔を起こす。

ニコラが対応すると、レナンを呼んでいるそうだ。

こそっとニコラに耳打ちされる。


「王妃様がお呼びだそうです」
「えっ?!」
驚いて椅子から転げ落ちそうになった。






「あぁいらっしゃい、忙しいところ悪かったわねぇ。堅苦しい挨拶はいらないから座って頂戴」
カチコチになりながら、王妃の前に座った。

エリックと同じ髪と目の色をしており、とても良く似ている。

目元のほくろがとてもセクシーで、艷やかだ。
ぴしっとした背筋とスタイルに、気品が満ち溢れている。

「王妃様、本日はお招き頂きありがとうございます」
婚約の時に二言三言話したが、一対一は初めてだ。

「硬い挨拶は良いってば、アナと呼んでいいのよ。もうじき私の娘になるのだから」
リリュシーヌとは違う気さくさを感じられる。

アナスタシア王妃、もといアナはニコニコしていた。

「こんなに可愛い娘があの無愛想なエリックのところに来てくれるなんて。とっても楽しみ」
キャアキャアしながらアナはレナンにお茶やお菓子を勧める。

「いっぱい食べてね、お昼も一緒にしましょ。ミューズちゃんも呼びましょうか」
本当はいっぱい二人と話したいのに息子たちが独占してて呼べなかったと話す。

歓迎ムードはうれしいが、今はちょっと複雑だ。

侍女の一人に昼食はここに来るようにとミューズへの伝言を頼み、レナンに向き直る。

「レナンちゃん、うちのバカ息子はどう?ちゃんと優しくしてる?」
ど直球で会話が飛んできた。

いや、まぁ母親としたら聞きたくなるのが普通か。

「エリック様は、とてもお優しいです。
私の体を心配したり、ミューズ様のことも気にかけたりと。自分の事よりも民の事を考える素晴らしい方だと思います」
別邸にいた頃遅くまで持ち帰りの仕事をしていたのを思い出す。

体を壊さないかヒヤヒヤしていた。

「仕事人間なのよね、いつか倒れるんじゃないかと思うくらい。でもレナンちゃんのような婚約者さんが来てくれて嬉しいわ」
はぁっとため息をついている。

「エリックは一応次期国王だから、これまでも婚約者候補はいっぱいいたのよね」

胸がザワつく。
だが、いてもおかしくないと割り切った。

これまで居なかったのがおかしいのであって、そりゃあ候補の方は出ていただろう。

「時には優秀なお嬢さんもいてね、甲斐甲斐しく尽くしてくれたり、政治の話もわかるお嬢さんもいたわ。こっそり陳情書を見せて一緒に解決策を探したり」

心がざわざわは止まらない、どす黒いものがこみ上げてくる。

最近の出来事もあって、目の前がクラクラしてきた。

「でも、どの娘を勧めてもエリックは首を縦に振らなかったの。何でかわかる?」
「えっ? それは結婚したくなかったからでは」

理由はわからないが、結婚したくなかったしか出てこない。

「心に決めた人がいるから無理だって言われたの」
その言葉に驚いて、思わず乱暴にカップを置いてしまう。


「最初からそう言えばいいのに、まだ迎える準備が出来てないからダメだったんだって。自分より年上だからもしも結婚してしまったら素直に諦めよう、準備が出来て受け入れられたらその人と結婚するって言われたわ」

それが誰のことか、すぐにわかった。
レナンは震えてしまう。

「もしもその人と結婚できなかったら、ティタンの子に王位を譲ると誓約書ももらったのよ。でももう、それもいらないわね」
あなたがいるから、とレナンの手に自分の手を重ねる。

「あの子の守り方は間違っていると思うけれど、大事に思う気持ちに嘘はないと思うの。このまますれ違ったままでは、あまりにも哀しいわ」

涙が次々と溢れる。声も出ない。

「常々女性を大事にしなさいと言っていたのに、まったくあの子ったら」
「そのあたりでご容赦ください、咎の言葉は後でレナンにたっぷり言ってもらいます」





「エリック…」
相変わらず冷めた表情をした王太子が、哀しげな目でレナンを見つめていた。

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