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第83話 協力
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通された先にいた地母神は会った瞬間に顔をしかめた。相変わらず私を毛嫌いしているようだ。
「ルシエルよ、一体何をしに来た。今がどういう状況なのかわかっておるのか」
そういう地母神の顔には苛立ちのほか焦りの色が見える。きっと揺れているのだろうな。
不本意ながらリーヴの挙動を許してしまった悔いと、ソレイユを助けたい情の間で。
「私がここに来た理由などあなた様ならわかるでしょう。弟妹を救いに来たのです」
彼女は一瞬安堵したような顔を見せるが、すぐに表情を引き締める。
「事情は知っているようだが、お前に何が出来る」
「何が出来るかはわかりませんが、見捨てることは致しません。二人は私にとって本当の家族ですから」
父とは違いソレイユとルナリアは家族だ、いざとなれば海底界を敵に回してでも二人を助けるつもりである。
「家族、か……情けないが妾はソレイユの為にあ奴を止めることが出来なかった。ソレイユは妾の甥だというのに」
弱弱しい声音は普段とはまるで違うものだ。
些か調子が狂ってしまう。
「確か罪を犯した地上の神の処遇と引き換えだと脅されたのですよね。心中お察ししますが、このまま事が終わるまでただここで待つおつもりですか?」
「何が言いたい」
「あなた様らしくないと申したいのです。どちらをも救う事など本気になったあなた様なら出来るでしょう」
身内を殊更大事にする地母神ならば、このままただ手をこまねいて見ているだけなど矜持が許さないはずだ。
そして本気を出せばこの状況を覆せる力が彼女にはある、実力を発揮さえすれば事態は大きく変わるだろう。
「地母神様、改めて私と手を組みましょう。そうすればソレイユも、海底界にて囚われている地上界の神も救える」
「お前とだと? はっ、たとえ手を組んだとて何も覆せぬ。天上神と海王神の二柱と渡り合う力がお前ごときにあるものか」
鼻で笑われてしまうが、確かに普通に考えれば無理だろう。
だが私は至って本気だ。
「本気ですよ。あなたの力と、そして地上界の神々の力があれば少なくとも海底界の神達を抑えることは出来る。そして天空界の神達の大半は私の力となってくれる、そうなれば軍勢としては申し分がないはずだ」
「それは真なのか? 天空の神達がお前の側につくという事は、天上神を裏切る者達がいるという事か?」
「自分の命を脅かす者に心から尽くしたいとは思うものは少ないでしょう。それに今の天上神の横暴さと我儘さを見て尊敬できると思いますか? 力で押さえつけているだけでは下の者はついてこない」
私とて何もせずのうのうと過ごしていたわけではない。水面下で味方を増やし、天上神を追い込む準備はしていた。
「しかし有象無象がいくら増えようが天上神を追い立てれるとは思わん。あ奴を殺せるものがいるのならみたいものだ」
「確かに普通の者ならば無理ですが、当てならばあります」
「本当か?!」
まだ確実ではないが勝算はある、アテンとニックから聞いた話が本当であるならば。
「詳しい話は今の状況が落ち着いてからに致しましょう。まずソレイユとルナリアを保護しなくては。手遅れになる前に行きましょう」
海王神までに話が行く前に決着を付けなくては。
ここまで案内してくれた者に再度道案内を頼み、地母神と共にソレイユとルナリアのいる部屋へと向かった。
◇◇◇
地母神の隣に並びながら案内する神人の後ろをついていく。
地母神の宮に来たことは何回かあるが、ここまで奥に入るのは初めてだ。
「二人は今妾の姪であるエリスの部屋にいるはずだ」
「エリス……ソレイユの従姉妹でしたよね。確かその方はお産したばかりではないですか」
エリスのお産により、あの日地母神は天空界に来るのが遅くなってしまった。
それは幸運な事だったのか、はたまた不運であったのか……もしも地母神があの場にいたならば、また違った経緯になったかもしれないな。
(地母神様が暴れなくてよかった。いや、力を貸してもらえれば、少なくともルナリアは海底界に行かずとも済んだだろうか)
そこまで考え、思考を振り払う。
もしもの未来など考えるだけ無駄なものだ。
「とても可愛らしい男の子が生まれ、地上界の神達皆が幸せな気持ちになった。それなのに立て続けに信じられぬことが起き、シェンヌまであのような事に……瞬く間に怒りと悲しみが広がっていった。生きるという事は、ままならぬものよのう」
「そうですね。思ったようになどならない事ばかりです」
弟妹を守ると誓ったのに圧倒的な力でいとも容易く引き裂かれ、今もまだ会う事は出来ていない。
そしてこの先の判断を誤れば皆殺されてしまう。
無力な自分が恨めしい。
しばし重い雰囲気と沈黙が流れるが、そうして歩いている内に件の部屋の前に着いた。
だが少し違和感がある。
「妙に静かだな」
地母神の言う通り、とても静かで言い争うような声も話し合うような声も聞こえない。
「ヒライドがうまく誤魔化したのかもしれないのう」
地母神が信頼するという部下の事か。
(二人を隠しきれたのか? しかし探知の力を持つものを欺くような事が出来るのだろうか)
だがもし相対していたらこんなに静かなのもおかしい。部屋の中は一体どのような状況になっているだろう。
「エリス、リーヴ殿、入るぞ」
地母神がノックと共に声を掛けると、中から女性の声が聞こえてくる。
ルナリアではないからこの部屋の主であるエリスであろう。
ゆっくりとドアが開かれるとエリスと思われる女性とリーヴが対峙するように立っているのが見える。
その他それぞれのおつきが控えているが、肝心のソレイユとルナリアの姿はない。
(うまく逃げられたという事か?)
わからないが、迂闊な事を口にするわけにはいかないな。
駆け引きの時間だ。
「ルシエルよ、一体何をしに来た。今がどういう状況なのかわかっておるのか」
そういう地母神の顔には苛立ちのほか焦りの色が見える。きっと揺れているのだろうな。
不本意ながらリーヴの挙動を許してしまった悔いと、ソレイユを助けたい情の間で。
「私がここに来た理由などあなた様ならわかるでしょう。弟妹を救いに来たのです」
彼女は一瞬安堵したような顔を見せるが、すぐに表情を引き締める。
「事情は知っているようだが、お前に何が出来る」
「何が出来るかはわかりませんが、見捨てることは致しません。二人は私にとって本当の家族ですから」
父とは違いソレイユとルナリアは家族だ、いざとなれば海底界を敵に回してでも二人を助けるつもりである。
「家族、か……情けないが妾はソレイユの為にあ奴を止めることが出来なかった。ソレイユは妾の甥だというのに」
弱弱しい声音は普段とはまるで違うものだ。
些か調子が狂ってしまう。
「確か罪を犯した地上の神の処遇と引き換えだと脅されたのですよね。心中お察ししますが、このまま事が終わるまでただここで待つおつもりですか?」
「何が言いたい」
「あなた様らしくないと申したいのです。どちらをも救う事など本気になったあなた様なら出来るでしょう」
身内を殊更大事にする地母神ならば、このままただ手をこまねいて見ているだけなど矜持が許さないはずだ。
そして本気を出せばこの状況を覆せる力が彼女にはある、実力を発揮さえすれば事態は大きく変わるだろう。
「地母神様、改めて私と手を組みましょう。そうすればソレイユも、海底界にて囚われている地上界の神も救える」
「お前とだと? はっ、たとえ手を組んだとて何も覆せぬ。天上神と海王神の二柱と渡り合う力がお前ごときにあるものか」
鼻で笑われてしまうが、確かに普通に考えれば無理だろう。
だが私は至って本気だ。
「本気ですよ。あなたの力と、そして地上界の神々の力があれば少なくとも海底界の神達を抑えることは出来る。そして天空界の神達の大半は私の力となってくれる、そうなれば軍勢としては申し分がないはずだ」
「それは真なのか? 天空の神達がお前の側につくという事は、天上神を裏切る者達がいるという事か?」
「自分の命を脅かす者に心から尽くしたいとは思うものは少ないでしょう。それに今の天上神の横暴さと我儘さを見て尊敬できると思いますか? 力で押さえつけているだけでは下の者はついてこない」
私とて何もせずのうのうと過ごしていたわけではない。水面下で味方を増やし、天上神を追い込む準備はしていた。
「しかし有象無象がいくら増えようが天上神を追い立てれるとは思わん。あ奴を殺せるものがいるのならみたいものだ」
「確かに普通の者ならば無理ですが、当てならばあります」
「本当か?!」
まだ確実ではないが勝算はある、アテンとニックから聞いた話が本当であるならば。
「詳しい話は今の状況が落ち着いてからに致しましょう。まずソレイユとルナリアを保護しなくては。手遅れになる前に行きましょう」
海王神までに話が行く前に決着を付けなくては。
ここまで案内してくれた者に再度道案内を頼み、地母神と共にソレイユとルナリアのいる部屋へと向かった。
◇◇◇
地母神の隣に並びながら案内する神人の後ろをついていく。
地母神の宮に来たことは何回かあるが、ここまで奥に入るのは初めてだ。
「二人は今妾の姪であるエリスの部屋にいるはずだ」
「エリス……ソレイユの従姉妹でしたよね。確かその方はお産したばかりではないですか」
エリスのお産により、あの日地母神は天空界に来るのが遅くなってしまった。
それは幸運な事だったのか、はたまた不運であったのか……もしも地母神があの場にいたならば、また違った経緯になったかもしれないな。
(地母神様が暴れなくてよかった。いや、力を貸してもらえれば、少なくともルナリアは海底界に行かずとも済んだだろうか)
そこまで考え、思考を振り払う。
もしもの未来など考えるだけ無駄なものだ。
「とても可愛らしい男の子が生まれ、地上界の神達皆が幸せな気持ちになった。それなのに立て続けに信じられぬことが起き、シェンヌまであのような事に……瞬く間に怒りと悲しみが広がっていった。生きるという事は、ままならぬものよのう」
「そうですね。思ったようになどならない事ばかりです」
弟妹を守ると誓ったのに圧倒的な力でいとも容易く引き裂かれ、今もまだ会う事は出来ていない。
そしてこの先の判断を誤れば皆殺されてしまう。
無力な自分が恨めしい。
しばし重い雰囲気と沈黙が流れるが、そうして歩いている内に件の部屋の前に着いた。
だが少し違和感がある。
「妙に静かだな」
地母神の言う通り、とても静かで言い争うような声も話し合うような声も聞こえない。
「ヒライドがうまく誤魔化したのかもしれないのう」
地母神が信頼するという部下の事か。
(二人を隠しきれたのか? しかし探知の力を持つものを欺くような事が出来るのだろうか)
だがもし相対していたらこんなに静かなのもおかしい。部屋の中は一体どのような状況になっているだろう。
「エリス、リーヴ殿、入るぞ」
地母神がノックと共に声を掛けると、中から女性の声が聞こえてくる。
ルナリアではないからこの部屋の主であるエリスであろう。
ゆっくりとドアが開かれるとエリスと思われる女性とリーヴが対峙するように立っているのが見える。
その他それぞれのおつきが控えているが、肝心のソレイユとルナリアの姿はない。
(うまく逃げられたという事か?)
わからないが、迂闊な事を口にするわけにはいかないな。
駆け引きの時間だ。
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