65 / 83
第65話 道化と過去
しおりを挟む
『助けて、ソレイユ』
ルナリアの呟きを聞いて、俺はため息をついた。
(俺では彼女の一番にはなれないか……)
一人でいるからこそ本音が漏れたのだろう、俺の前でそんな弱音を吐いてくれないことに苛立ちが募る。
彼女のいる部屋全体に張った力のおかげで、彼女が何をしているのか何を呟いたのかなど、手に取るようにわかるのだ。
万が一急変が起きた時に対応できるよう、そして彼女の美貌に惑わされたものに襲撃を受けないように。
(しかしソレイユという男は一体どんな奴だというのか)
あのように純粋な彼女だ、騙されていてもおかしくはない。
「落ち着いてください、クラウン様。お嬢さんが怖がっていやしたよ」
(黙れシェイプ)
お前に言われなくともとうに気付いている。
(道化は終わりだ、ここからは体を返してもらうぞ)
今までシェイプに体を貸していたが、そろそろ主導権を握らせてもらう。
「それはいいんでやすが、どうかお嬢さんを悲しませるような事をしないと、約束してくれやすか?」
体中に広がっていたシェイプの気配が小さくなっていき、俺の抑えていた力が代わりに隅々に浸透していった。
「悲しませなどしないさ、むしろ守るだけだ」
完全に俺の元へと戻ってきた肉体の調子を確かめながら、俺は今後の行動を考える。
前回はただ追い返しただけの神達も、ルナリアを狙う薄汚い人間も、ルナリアを傷つけようとするのなら排除しよう。
(やり過ぎは良くないでやすよ、お嬢さんに嫌われちまいやす)
「……」
(まぁクラウン様が生きる気になられたなら、何よりでやんす。この体を任すと言われた時はどうしようかと思いやしたよ。あっしみたいな下っ端があなた様の体を使うなんて、思いもしやしませんでしたから)
「そんな度胸などお前にはなかっただろうが。それに悪用なぞしたらただ消すだけだ」
(……)
シェイプからは戸惑いと恐怖の感情が流れてくる。
「……少し気晴らしに出る」
ルナリアが就寝したのを確認し、俺は少し外に出た。
夜だというのに明るい街、眠らない人々、どこかからか下卑た笑い声が聞こえる。
薄汚れた空気が少しだけ故郷を思い出させる。
◇◇◇
「あっしがあなたを生かしやす。ですから諦めないで」
そう声を掛けてきたのは目も鼻もない透明な塊。
力もない、ぐにゃぐにゃした物の分際で俺に話しかけてきたのは名すらもない頃のシェイプだ。
「誰だお前は。俺がどう決断しようが、お前には関係ないだろう」
荒廃した大地と灰色の空を見つめながら緩やかに死を迎えようとしていたのに、それを邪魔をされ、正直苛ついた。
「いいえ、あなた様は将来この世界を救ってくれるはずでやんす。だから、死なないで欲しいでやす」
「お前ごときが俺の何を知っている!」
俺の言葉と怒気により、透明な塊が委縮し揺れる。
「も、申し訳ありやせん、けれどこのままではクラウン様が消えてしまうと思いやして」
小さく縮こまり、声も震えているが、その塊は立ち去ろうとはしない。
「どちらにせよこの世界はもう終わりだ。遅いか早いかの違いだ。皆死ぬんだよ」
「いえ、クラウン様ならきっとこの世界を救えるでやんすよ。先代の力を引き継ぐクラウン様なら」
なるほど。どこぞの誰かにそう吹き込まれたのか。
思わず笑いがこみ上げてくる。
「どこの誰に言われたかは知らないが、それは大嘘だ。俺は兄弟の誰よりも劣る、誰も救えない」
「それはクラウン様が本気になっていないからでやんす、本気になればきっと……!」
「そんな気力などとうの昔に失った」
何をしても覆らない現実。
「それに俺一人ではどうにもならない。これを晴らす光が必要だ、だがそれを俺は持っていない」
「ならば探しに行きやしょう! あっしがお供しやすから、その光を持つ誰かさんを探すんでやす」
うきうきとした声で塊はしゃべる。
「ならばお前に俺の体を預けよう」
投げやりな声で俺は塊にぶっきらぼうに言い放った。
「俺はもう疲れた。お前がこの体を守り、動かし、その光持つものを探してくれ」
「あっしが、ですか?! そんな恐れ多い」
「お前がたきつけたんだ。ならば責任を持て」
俺はその透明な塊をつまみ上げる。
とても柔らかいそれは液体と固形の間のような触感だ。
「わかりやした。あっしも覚悟を決めやす」
ぷるぷると塊は肯定するように動く。
「そういえばお前の名前は何という?」
一応体を預ける者だ、呼び名も知らないのは不便そうだと思い尋ねてみた。
「あっしの名はシェイプでやんす!」
「シェイプ、か……」
少し皮肉めいた名前だと思いながら、俺は口を開けシェイプをこの身へと取り込んだ。
ルナリアの呟きを聞いて、俺はため息をついた。
(俺では彼女の一番にはなれないか……)
一人でいるからこそ本音が漏れたのだろう、俺の前でそんな弱音を吐いてくれないことに苛立ちが募る。
彼女のいる部屋全体に張った力のおかげで、彼女が何をしているのか何を呟いたのかなど、手に取るようにわかるのだ。
万が一急変が起きた時に対応できるよう、そして彼女の美貌に惑わされたものに襲撃を受けないように。
(しかしソレイユという男は一体どんな奴だというのか)
あのように純粋な彼女だ、騙されていてもおかしくはない。
「落ち着いてください、クラウン様。お嬢さんが怖がっていやしたよ」
(黙れシェイプ)
お前に言われなくともとうに気付いている。
(道化は終わりだ、ここからは体を返してもらうぞ)
今までシェイプに体を貸していたが、そろそろ主導権を握らせてもらう。
「それはいいんでやすが、どうかお嬢さんを悲しませるような事をしないと、約束してくれやすか?」
体中に広がっていたシェイプの気配が小さくなっていき、俺の抑えていた力が代わりに隅々に浸透していった。
「悲しませなどしないさ、むしろ守るだけだ」
完全に俺の元へと戻ってきた肉体の調子を確かめながら、俺は今後の行動を考える。
前回はただ追い返しただけの神達も、ルナリアを狙う薄汚い人間も、ルナリアを傷つけようとするのなら排除しよう。
(やり過ぎは良くないでやすよ、お嬢さんに嫌われちまいやす)
「……」
(まぁクラウン様が生きる気になられたなら、何よりでやんす。この体を任すと言われた時はどうしようかと思いやしたよ。あっしみたいな下っ端があなた様の体を使うなんて、思いもしやしませんでしたから)
「そんな度胸などお前にはなかっただろうが。それに悪用なぞしたらただ消すだけだ」
(……)
シェイプからは戸惑いと恐怖の感情が流れてくる。
「……少し気晴らしに出る」
ルナリアが就寝したのを確認し、俺は少し外に出た。
夜だというのに明るい街、眠らない人々、どこかからか下卑た笑い声が聞こえる。
薄汚れた空気が少しだけ故郷を思い出させる。
◇◇◇
「あっしがあなたを生かしやす。ですから諦めないで」
そう声を掛けてきたのは目も鼻もない透明な塊。
力もない、ぐにゃぐにゃした物の分際で俺に話しかけてきたのは名すらもない頃のシェイプだ。
「誰だお前は。俺がどう決断しようが、お前には関係ないだろう」
荒廃した大地と灰色の空を見つめながら緩やかに死を迎えようとしていたのに、それを邪魔をされ、正直苛ついた。
「いいえ、あなた様は将来この世界を救ってくれるはずでやんす。だから、死なないで欲しいでやす」
「お前ごときが俺の何を知っている!」
俺の言葉と怒気により、透明な塊が委縮し揺れる。
「も、申し訳ありやせん、けれどこのままではクラウン様が消えてしまうと思いやして」
小さく縮こまり、声も震えているが、その塊は立ち去ろうとはしない。
「どちらにせよこの世界はもう終わりだ。遅いか早いかの違いだ。皆死ぬんだよ」
「いえ、クラウン様ならきっとこの世界を救えるでやんすよ。先代の力を引き継ぐクラウン様なら」
なるほど。どこぞの誰かにそう吹き込まれたのか。
思わず笑いがこみ上げてくる。
「どこの誰に言われたかは知らないが、それは大嘘だ。俺は兄弟の誰よりも劣る、誰も救えない」
「それはクラウン様が本気になっていないからでやんす、本気になればきっと……!」
「そんな気力などとうの昔に失った」
何をしても覆らない現実。
「それに俺一人ではどうにもならない。これを晴らす光が必要だ、だがそれを俺は持っていない」
「ならば探しに行きやしょう! あっしがお供しやすから、その光を持つ誰かさんを探すんでやす」
うきうきとした声で塊はしゃべる。
「ならばお前に俺の体を預けよう」
投げやりな声で俺は塊にぶっきらぼうに言い放った。
「俺はもう疲れた。お前がこの体を守り、動かし、その光持つものを探してくれ」
「あっしが、ですか?! そんな恐れ多い」
「お前がたきつけたんだ。ならば責任を持て」
俺はその透明な塊をつまみ上げる。
とても柔らかいそれは液体と固形の間のような触感だ。
「わかりやした。あっしも覚悟を決めやす」
ぷるぷると塊は肯定するように動く。
「そういえばお前の名前は何という?」
一応体を預ける者だ、呼び名も知らないのは不便そうだと思い尋ねてみた。
「あっしの名はシェイプでやんす!」
「シェイプ、か……」
少し皮肉めいた名前だと思いながら、俺は口を開けシェイプをこの身へと取り込んだ。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる