天上神の大事な愛し子との禁忌の愛。けれど想いは消せなくて

しろねこ。

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第65話 道化と過去

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『助けて、ソレイユ』

 ルナリアの呟きを聞いて、俺はため息をついた。

(俺では彼女の一番にはなれないか……)

 一人でいるからこそ本音が漏れたのだろう、俺の前でそんな弱音を吐いてくれないことに苛立ちが募る。

 彼女のいる部屋全体に張った力のおかげで、彼女が何をしているのか何を呟いたのかなど、手に取るようにわかるのだ。

 万が一急変が起きた時に対応できるよう、そして彼女の美貌に惑わされたものに襲撃を受けないように。

(しかしソレイユという男は一体どんな奴だというのか)

 あのように純粋な彼女だ、騙されていてもおかしくはない。

「落ち着いてください、クラウン様。お嬢さんが怖がっていやしたよ」

(黙れシェイプ)

 お前に言われなくともとうに気付いている。

(道化は終わりだ、ここからは体を返してもらうぞ)

 今までシェイプに体を貸していたが、そろそろ主導権を握らせてもらう。

「それはいいんでやすが、どうかお嬢さんを悲しませるような事をしないと、約束してくれやすか?」

 体中に広がっていたシェイプの気配が小さくなっていき、俺の抑えていた力が代わりに隅々に浸透していった。

「悲しませなどしないさ、むしろ守るだけだ」

 完全に俺の元へと戻ってきた肉体の調子を確かめながら、俺は今後の行動を考える。

 前回はただ追い返しただけの神達も、ルナリアを狙う薄汚い人間も、ルナリアを傷つけようとするのなら排除しよう。

(やり過ぎは良くないでやすよ、お嬢さんに嫌われちまいやす)

「……」

(まぁクラウン様が生きる気になられたなら、何よりでやんす。この体を任すと言われた時はどうしようかと思いやしたよ。あっしみたいな下っ端があなた様の体を使うなんて、思いもしやしませんでしたから)

「そんな度胸などお前にはなかっただろうが。それに悪用なぞしたらただ消すだけだ」

(……)

 シェイプからは戸惑いと恐怖の感情が流れてくる。

「……少し気晴らしに出る」

 ルナリアが就寝したのを確認し、俺は少し外に出た。

 夜だというのに明るい街、眠らない人々、どこかからか下卑た笑い声が聞こえる。

 薄汚れた空気が少しだけ故郷を思い出させる。




 ◇◇◇




「あっしがあなたを生かしやす。ですから諦めないで」

 そう声を掛けてきたのは目も鼻もない透明な塊。

 力もない、ぐにゃぐにゃした物の分際で俺に話しかけてきたのは名すらもない頃のシェイプだ。

「誰だお前は。俺がどう決断しようが、お前には関係ないだろう」

 荒廃した大地と灰色の空を見つめながら緩やかに死を迎えようとしていたのに、それを邪魔をされ、正直苛ついた。

「いいえ、あなた様は将来この世界を救ってくれるはずでやんす。だから、死なないで欲しいでやす」

「お前ごときが俺の何を知っている!」

 俺の言葉と怒気により、透明な塊が委縮し揺れる。

「も、申し訳ありやせん、けれどこのままではクラウン様が消えてしまうと思いやして」

 小さく縮こまり、声も震えているが、その塊は立ち去ろうとはしない。

「どちらにせよこの世界はもう終わりだ。遅いか早いかの違いだ。皆死ぬんだよ」

「いえ、クラウン様ならきっとこの世界を救えるでやんすよ。先代の力を引き継ぐクラウン様なら」

 なるほど。どこぞの誰かにそう吹き込まれたのか。

 思わず笑いがこみ上げてくる。

「どこの誰に言われたかは知らないが、それは大嘘だ。俺は兄弟の誰よりも劣る、誰も救えない」

「それはクラウン様が本気になっていないからでやんす、本気になればきっと……!」

「そんな気力などとうの昔に失った」

 何をしても覆らない現実。

「それに俺一人ではどうにもならない。これを晴らす光が必要だ、だがそれを俺は持っていない」

「ならば探しに行きやしょう! あっしがお供しやすから、その光を持つ誰かさんを探すんでやす」

 うきうきとした声で塊はしゃべる。

「ならばお前に俺の体を預けよう」

 投げやりな声で俺は塊にぶっきらぼうに言い放った。

「俺はもう疲れた。お前がこの体を守り、動かし、その光持つものを探してくれ」

「あっしが、ですか?! そんな恐れ多い」

「お前がたきつけたんだ。ならば責任を持て」

 俺はその透明な塊をつまみ上げる。

 とても柔らかいそれは液体と固形の間のような触感だ。

「わかりやした。あっしも覚悟を決めやす」

 ぷるぷると塊は肯定するように動く。

「そういえばお前の名前は何という?」

 一応体を預ける者だ、呼び名も知らないのは不便そうだと思い尋ねてみた。

「あっしの名はシェイプでやんす!」

「シェイプ、か……」

 少し皮肉めいた名前だと思いながら、俺は口を開けシェイプをこの身へと取り込んだ。

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