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第61話 喧噪と煩慮
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「何かしら」
クラウンに部屋で待つように言われ、ベッドに横になっていたのだが、うとうとしているうちに誰かが部屋の外にいるのに気が付いた。
最初は彼が戻ってきたのかと思ったけれど、何やら違う気配を感じる。
(クラウンならノックをするなり声を掛けたりするわよね)
今ドアの外にいる人物は、無理矢理入ってこようとしており、ドアノブをガチャガチャと回している。
それは次第に激しくなり、開かない苛立ちからかドアを叩き、怒声が聞こえるようになってきた。
開けろとしきりに言っているが、こんなことをされて開けるはずはない。
「どうしよう……」
大声を出して助けを呼ぶ事も考えたが、その前にドアを破られてしまうかもしれないと恐怖してしまう。
(ドアが無理なら窓から出られるかしら)
今は夜で月も出ている、力は出せるだろう。
「くそ、何故開かない!」
野太い男の声がし、ドアを叩く音が激しさを増していく。
(このままではいつ破られてもおかしくないわ……!)
意を決して窓を開けようとしたが、窓の下にも人影があるのが見えた。
敵か味方かもわからないため、迂闊に降りるのも躊躇われる。
(どうしよう、どうすればいい?)
ひとまずカーテンの裏に隠れる。
いざとなれば力を使う事もしなければならない。
まともに人を攻撃した事は少ないが、躊躇っている場合ではない
(この子に危害を加えられるわけにはいかないの)
お腹に手を当て、覚悟を決める。
自分だけの体ではないのだから、怖いだのと言ってはいられない。
気持ちを落ち着かせるように深呼吸をして、その時が来るのを待ったのだが。
突如部屋の外から怒声と叫声、そして何かが壊れる音が聞こえてきた。次に焦げ臭いものを感じ、やがて静かになる。
「どう、なったの?」
呼吸も抑え、気配を消して固まっていると、鍵が開けられる音がした。カーテンの裏で思わず身構える。
「お嬢さん、大丈夫でやしたか?」
「クラウン!」
彼の声に安堵し、その場に座り込んでしまう。
クラウンが私の姿を見つけ、駆け寄ってきてくれた。
「一人にしてしまってすいやせん、怖かったですよね」
「大丈夫よ、こうして来てくれたのだから」
「頑張りやしたね。あっしが来たからにはもう大丈夫でやす」
安心して腰が抜けてしまったのだが、クラウンが手を引いて立たせてくれた。
「一体外で何があったの?」
あの怒声を発していた男たちは何なのか、どうやって追い払ってくれたのか。
今こうして静かなのは、何をしたのだろうか。
「……ちょいとね。お嬢さんが気にする程の事じゃあありやせんよ」
クラウンはそう言って笑みを浮かべるばかりで詳細は教えてくれない。
「ただ厄介な事になりやしたので、申し訳ありやせんが場所を移動しやすよ」
「えっ?」
クラウンが突然わたくしを抱きかかえる。
戸惑うわたくしに目もくれず、窓を蹴り飛ばすとクラウンに抱えられたまま夜の空へと躍り出た。
「クラウン?!」
落ちる!
そう思ったのだけれど、そのまま落下することはなく、クラウンは何もない宙を歩いていく。
「クラウン、あなた一体……」
クラウンがこのような力を持っていたなんて知らなかったし、今までそんな話を聞いた事はない。
「あっしは道化師だから不思議な力を使えるんでやすよ。空を歩くのだってこの通り」
クラウンは跳ねるような足取りで空を進んでいく。わたくしを抱えて。
「クラウン、わたくし自分で飛べますから」
男の人に抱っこされているのだと急に意識してしまい、クラウンの手から離れる。空を飛ぶなら歩くよりも簡単だ。
「あぁ、そうでやしたね」
残念そうな口ぶりだけれど、いくらクラウンでもそこまで許したわけではない。
「それにしても厄介な事って、何があるの?」
「見るな!」
屋敷の方を振り返ろうとした時、クラウンの大きな声が響く。
「失礼。でも見るのは止した方がいい」
今まで聞いたことのない声の荒げ方に驚き、後ろを振り返ることなくクラウンの後ろをついていく。
心なしか屋敷の方が赤く燃えていたように見え、心臓がまた痛いほど跳ねた。
クラウンに部屋で待つように言われ、ベッドに横になっていたのだが、うとうとしているうちに誰かが部屋の外にいるのに気が付いた。
最初は彼が戻ってきたのかと思ったけれど、何やら違う気配を感じる。
(クラウンならノックをするなり声を掛けたりするわよね)
今ドアの外にいる人物は、無理矢理入ってこようとしており、ドアノブをガチャガチャと回している。
それは次第に激しくなり、開かない苛立ちからかドアを叩き、怒声が聞こえるようになってきた。
開けろとしきりに言っているが、こんなことをされて開けるはずはない。
「どうしよう……」
大声を出して助けを呼ぶ事も考えたが、その前にドアを破られてしまうかもしれないと恐怖してしまう。
(ドアが無理なら窓から出られるかしら)
今は夜で月も出ている、力は出せるだろう。
「くそ、何故開かない!」
野太い男の声がし、ドアを叩く音が激しさを増していく。
(このままではいつ破られてもおかしくないわ……!)
意を決して窓を開けようとしたが、窓の下にも人影があるのが見えた。
敵か味方かもわからないため、迂闊に降りるのも躊躇われる。
(どうしよう、どうすればいい?)
ひとまずカーテンの裏に隠れる。
いざとなれば力を使う事もしなければならない。
まともに人を攻撃した事は少ないが、躊躇っている場合ではない
(この子に危害を加えられるわけにはいかないの)
お腹に手を当て、覚悟を決める。
自分だけの体ではないのだから、怖いだのと言ってはいられない。
気持ちを落ち着かせるように深呼吸をして、その時が来るのを待ったのだが。
突如部屋の外から怒声と叫声、そして何かが壊れる音が聞こえてきた。次に焦げ臭いものを感じ、やがて静かになる。
「どう、なったの?」
呼吸も抑え、気配を消して固まっていると、鍵が開けられる音がした。カーテンの裏で思わず身構える。
「お嬢さん、大丈夫でやしたか?」
「クラウン!」
彼の声に安堵し、その場に座り込んでしまう。
クラウンが私の姿を見つけ、駆け寄ってきてくれた。
「一人にしてしまってすいやせん、怖かったですよね」
「大丈夫よ、こうして来てくれたのだから」
「頑張りやしたね。あっしが来たからにはもう大丈夫でやす」
安心して腰が抜けてしまったのだが、クラウンが手を引いて立たせてくれた。
「一体外で何があったの?」
あの怒声を発していた男たちは何なのか、どうやって追い払ってくれたのか。
今こうして静かなのは、何をしたのだろうか。
「……ちょいとね。お嬢さんが気にする程の事じゃあありやせんよ」
クラウンはそう言って笑みを浮かべるばかりで詳細は教えてくれない。
「ただ厄介な事になりやしたので、申し訳ありやせんが場所を移動しやすよ」
「えっ?」
クラウンが突然わたくしを抱きかかえる。
戸惑うわたくしに目もくれず、窓を蹴り飛ばすとクラウンに抱えられたまま夜の空へと躍り出た。
「クラウン?!」
落ちる!
そう思ったのだけれど、そのまま落下することはなく、クラウンは何もない宙を歩いていく。
「クラウン、あなた一体……」
クラウンがこのような力を持っていたなんて知らなかったし、今までそんな話を聞いた事はない。
「あっしは道化師だから不思議な力を使えるんでやすよ。空を歩くのだってこの通り」
クラウンは跳ねるような足取りで空を進んでいく。わたくしを抱えて。
「クラウン、わたくし自分で飛べますから」
男の人に抱っこされているのだと急に意識してしまい、クラウンの手から離れる。空を飛ぶなら歩くよりも簡単だ。
「あぁ、そうでやしたね」
残念そうな口ぶりだけれど、いくらクラウンでもそこまで許したわけではない。
「それにしても厄介な事って、何があるの?」
「見るな!」
屋敷の方を振り返ろうとした時、クラウンの大きな声が響く。
「失礼。でも見るのは止した方がいい」
今まで聞いたことのない声の荒げ方に驚き、後ろを振り返ることなくクラウンの後ろをついていく。
心なしか屋敷の方が赤く燃えていたように見え、心臓がまた痛いほど跳ねた。
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