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第23話 忌々しい(ルシエル視点)
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「ルシエル、何て事をするんだ!」
ルナリアが意識を失ったのを見て父が憤怒で叫ぶ。
「自死を図ったので眠らせました」
父と、そしてリーヴの射るような視線を浴びながらも、私はルナリアを抱きかかえる。
(今出来る最良の手と思ったのだが、痛い思いをさせてしまったな)
涙で濡れたルナリアを見て申し訳なく思うが、まだだ。
窮地を脱してはいない。
「見張りをつけ、頭が冷えるまで軟禁します。目覚めたらソレイユの後を追おうとするかもしれませんからね」
「その必要はない」
足早にルナリアを連れてこの場を去ろうとしたのだが、海王神に止められる。
(やはりこの方は厄介だな)
表情には出さないよう気をつけているが、伝わっているのだろう。笑顔が濃くなる。
もしかしたら心が読めるのではないかと疑う程、海王神は勘が良い。
厄介なものだ。
「海なんか、とルナリア嬢は言っていたな。それは俺様達を侮辱する言葉だ」
「妹の非礼は兄である私の責任です、本当に申し訳ございません。ルナリアが目覚めたら、改めて謝罪に伺わせますので、この場でのこれ以上の追求はご容赦下さい」
低く圧を感じさせる海王神と私の応酬に、周囲がざわざわとしだす。
頭を下げた後、近くの者を呼びつけ、お詫びの品を今すぐ準備させるように話していたのだか――
「だから必要ないと言っただろうが。ルシエルは本当に融通が利かないな」
肩を竦める海王神に、嫌な予感しかしない。
(この方から良い予感などしたことはないな)
いつでもこちらにとって碌でもない提案しかしてこない。父よりも面倒で、出来れば関わりたくない相手だ。
「融通が利かず申し訳ございません。しかしその必要がないとはどう言う事でしょう。こちらの都合ではありますが、一刻も早くルナリアを休ませたいので手短にお願いします」
聞きたくはないが、恐らくそれを聞かねばこの場を去る事は出来ないのだろう。
有無を言わさぬ圧を感じるからだ。
「お前の物怖じしない言い方は好きだが、やや察しが悪い所があるよな」
「それはすみません。で、内容はどういったものでしょう?」
「詫びの品……いや品と言うのは言葉が悪いが、同じようなものか」
矢鱈回りくどい言い方だ。
「ティダル、一体何が欲しいと言うんだ」
父までも間に割って入ってくる。
恐らくは父もルナリアを休ませたいと思っているのだろう。
大事にしているというのは嘘ではないから、心配する気持ちも本物のはずだ。
そんな私と父に睨まれているにも関わらず、海王神は相変わらず胡散臭い表情のまま。いや、次の言葉によって、その表情は極悪なもののように見えてきた。
「ルナリア嬢を今頂ければ詫びとして充分だ」
「「なっ……」」
この発言に、私含め父も、そして周囲の神達も息を飲む。
「駄目だ。それはさすがに受け入れられない」
父は眉間に皺を寄せ、噛みつくように拒否をする。当然だ。
「非礼は申し訳ないと思いますが、それは受け付けれません。月の神が不在になるのはこちらとしても困ります」
「そんなのどうとでもなるだろう。不足の事態に備え、どこでも次の候補くらいは確保しているはずだ」
海王神は私を見てそう、にやついている。
(私も父の跡継ぎとして居るが、だからと言ってこんな直ぐに代われるものではない)
ましてやルナリアは今日就任した、ということになっている。
就任してすぐに辞めるというのは例がない。
「あぁ。次の太陽神を決めるのもあって大変だから渋るのか。だがそこはお前達の落ち度だ。きちんと息子を躾けていなかった事のな」
自分で焚きつけておいて何という言い草か。怒りがこみ上げる。
(やはりこの方とは相容れない)
どこまでいっても分かり合えない存在だ。
「それとは話が違う、ルナリアを嫁がせるにしてはまだ時期も早い。先程了承はしたが、心や気持ちの準備も整わぬまま行かせる気はないぞ」
「そんな事を言っていていいのか?」
ぼそりと海王神が父の耳元で何かを囁く。
そうするとまた父は顔を歪めた。
(まただ。一体何を隠し、弱みを握られているんだ?)
言論を封じ、従わせるほどの強力な弱みとは一体何なのだろう。
「……わかった、ルナリアを引き渡す」
「父上、ですが――」
「余計な事は言うな」
ぎらりと睨まれ、私はルナリアを抱えて海王神に向き直る。
「さぁ花嫁をこちらに渡してくれ。幸せにすると約束しよう」
「……くれぐれも今の約束をお忘れ無きように、お願いします」
さすがに呻くような声しか出ない。
今ここで差し違えるつもりで海王神と戦っても、父もいるしリーヴもいる。
(ソレイユに後を頼むにしても荷が重すぎる)
せめて自分と同等の力を持つ者を味方につけなければ、この世界は変わらない。
身を切る思いでルナリアをリーヴに託した。
「ありがとうございます、ルシエル様。きっといい家庭を築き、海と空の懸け橋となって見せますよ」
物腰が柔らかそうに見えるが、この男は海王神の血を引く狂神だ。こんな言葉のどこに保証があるといえようか。
(ルナリア、必ず幸せを与えるから、待っていてくれ)
こいつらのもとでは無理なものだ。
ルナリアの孤独に寄り添い、安らぎを与えられるのはソレイユだけだ。
ソレイユが戻って来るまで、この可愛くて可哀想な娘を守らなくてはならないのに、手放してしまうとは悔しいくて仕方がない。
遠い日にした約束も守れないとは、男としてなんと無様な事だろうか。
ルナリアが意識を失ったのを見て父が憤怒で叫ぶ。
「自死を図ったので眠らせました」
父と、そしてリーヴの射るような視線を浴びながらも、私はルナリアを抱きかかえる。
(今出来る最良の手と思ったのだが、痛い思いをさせてしまったな)
涙で濡れたルナリアを見て申し訳なく思うが、まだだ。
窮地を脱してはいない。
「見張りをつけ、頭が冷えるまで軟禁します。目覚めたらソレイユの後を追おうとするかもしれませんからね」
「その必要はない」
足早にルナリアを連れてこの場を去ろうとしたのだが、海王神に止められる。
(やはりこの方は厄介だな)
表情には出さないよう気をつけているが、伝わっているのだろう。笑顔が濃くなる。
もしかしたら心が読めるのではないかと疑う程、海王神は勘が良い。
厄介なものだ。
「海なんか、とルナリア嬢は言っていたな。それは俺様達を侮辱する言葉だ」
「妹の非礼は兄である私の責任です、本当に申し訳ございません。ルナリアが目覚めたら、改めて謝罪に伺わせますので、この場でのこれ以上の追求はご容赦下さい」
低く圧を感じさせる海王神と私の応酬に、周囲がざわざわとしだす。
頭を下げた後、近くの者を呼びつけ、お詫びの品を今すぐ準備させるように話していたのだか――
「だから必要ないと言っただろうが。ルシエルは本当に融通が利かないな」
肩を竦める海王神に、嫌な予感しかしない。
(この方から良い予感などしたことはないな)
いつでもこちらにとって碌でもない提案しかしてこない。父よりも面倒で、出来れば関わりたくない相手だ。
「融通が利かず申し訳ございません。しかしその必要がないとはどう言う事でしょう。こちらの都合ではありますが、一刻も早くルナリアを休ませたいので手短にお願いします」
聞きたくはないが、恐らくそれを聞かねばこの場を去る事は出来ないのだろう。
有無を言わさぬ圧を感じるからだ。
「お前の物怖じしない言い方は好きだが、やや察しが悪い所があるよな」
「それはすみません。で、内容はどういったものでしょう?」
「詫びの品……いや品と言うのは言葉が悪いが、同じようなものか」
矢鱈回りくどい言い方だ。
「ティダル、一体何が欲しいと言うんだ」
父までも間に割って入ってくる。
恐らくは父もルナリアを休ませたいと思っているのだろう。
大事にしているというのは嘘ではないから、心配する気持ちも本物のはずだ。
そんな私と父に睨まれているにも関わらず、海王神は相変わらず胡散臭い表情のまま。いや、次の言葉によって、その表情は極悪なもののように見えてきた。
「ルナリア嬢を今頂ければ詫びとして充分だ」
「「なっ……」」
この発言に、私含め父も、そして周囲の神達も息を飲む。
「駄目だ。それはさすがに受け入れられない」
父は眉間に皺を寄せ、噛みつくように拒否をする。当然だ。
「非礼は申し訳ないと思いますが、それは受け付けれません。月の神が不在になるのはこちらとしても困ります」
「そんなのどうとでもなるだろう。不足の事態に備え、どこでも次の候補くらいは確保しているはずだ」
海王神は私を見てそう、にやついている。
(私も父の跡継ぎとして居るが、だからと言ってこんな直ぐに代われるものではない)
ましてやルナリアは今日就任した、ということになっている。
就任してすぐに辞めるというのは例がない。
「あぁ。次の太陽神を決めるのもあって大変だから渋るのか。だがそこはお前達の落ち度だ。きちんと息子を躾けていなかった事のな」
自分で焚きつけておいて何という言い草か。怒りがこみ上げる。
(やはりこの方とは相容れない)
どこまでいっても分かり合えない存在だ。
「それとは話が違う、ルナリアを嫁がせるにしてはまだ時期も早い。先程了承はしたが、心や気持ちの準備も整わぬまま行かせる気はないぞ」
「そんな事を言っていていいのか?」
ぼそりと海王神が父の耳元で何かを囁く。
そうするとまた父は顔を歪めた。
(まただ。一体何を隠し、弱みを握られているんだ?)
言論を封じ、従わせるほどの強力な弱みとは一体何なのだろう。
「……わかった、ルナリアを引き渡す」
「父上、ですが――」
「余計な事は言うな」
ぎらりと睨まれ、私はルナリアを抱えて海王神に向き直る。
「さぁ花嫁をこちらに渡してくれ。幸せにすると約束しよう」
「……くれぐれも今の約束をお忘れ無きように、お願いします」
さすがに呻くような声しか出ない。
今ここで差し違えるつもりで海王神と戦っても、父もいるしリーヴもいる。
(ソレイユに後を頼むにしても荷が重すぎる)
せめて自分と同等の力を持つ者を味方につけなければ、この世界は変わらない。
身を切る思いでルナリアをリーヴに託した。
「ありがとうございます、ルシエル様。きっといい家庭を築き、海と空の懸け橋となって見せますよ」
物腰が柔らかそうに見えるが、この男は海王神の血を引く狂神だ。こんな言葉のどこに保証があるといえようか。
(ルナリア、必ず幸せを与えるから、待っていてくれ)
こいつらのもとでは無理なものだ。
ルナリアの孤独に寄り添い、安らぎを与えられるのはソレイユだけだ。
ソレイユが戻って来るまで、この可愛くて可哀想な娘を守らなくてはならないのに、手放してしまうとは悔しいくて仕方がない。
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