上 下
20 / 83

第20話 懐かしい

しおりを挟む
 シェンヌと別れて森を出た後、どっと倦怠感が出た。

 体の疲労はシェンヌのおかげで少ないが、精神的なものは増している。

(何故俺かはわからないが、応える事は出来ないな)

 ルナリアに会う前であれば一考したかもしれないが、今は期待をもたせるような事は言えない。

 悲しませてしまい、心は痛むが仕方ないだろう。

 暗さを感じてふと顔を上げれば、空が紺色に移りゆくところなのだと気づく。

「もう日暮れか」

 先程までまだ日が高いと思っていたのだが、どうやらゆっくりとし過ぎたらしい。

 心の重みで知らずに足取りが遅くなっていたのだろう。

(どこか休める場所を探さなくてはならないな)

 シェンヌのいた森に帰る事は出来ないので、どこか他神に見つからない所を探す必要があるな。

「人の街に行ってみるか」

 人に紛れてしまえば他の神を徒《いたずら》に刺激する事もないだろう。

 人と関わる事は危険だと聞くが、他に当てもない。

「いや、あの方のもとなら……」

 地上の神で唯一頼りになりそうな者は浮かんだが、すぐに頭を振る。

 自分が転がり込めば迷惑しかかけないし、天上神と海王神を敵に回してしまってはどんな強い神力を持っていても勝てるわけがない。

 最高神二人を相手取り戦うなんて、どう考えても無謀だ。

「……だが、それをやらねばルナリアを助けられない」

 兄が居るからすぐには海底界には連れていかれないと思うが、時間が経てばどうなるか。

「早く会いたいな」

 何も出来ない己に歯痒さを感じ、ルナリアがいるであろう空を見上げる。

 するとこちらに向かってくる影が二つ見えた。

「まさか天空界からの遣いか?」

(生きてると知られたら、まずいかもな)

 自分の死を確かめに来たのかもしれない。

 今再び天上神達に相まみえる事になれば、今度こそ確実に殺されるだろう。

 それに俺が助かっていたと知られたら、兄がどんな仕打ちを受けるかわからない。

(……追手なら殺す)

 刺し違えてもと、そう身構えていたのだが、見覚えのある顔だった為に一瞬戸惑ってしまった。

「やっぱりソレイユ様だ!」

 俺を見て泣きながら寄ってきたのは部下であるニックだ。アテンも共にいる。

「無事で良かった……これでルシエル様に顔向けが出来ます」

 いつも気難しいアテンも、安堵したような顔を見せる。

「お前達、何故ここに?」

 向けた拳をおろすと二人は俺の前で膝をついた。

「ルシエル様の命を受けて我々はここに来ました」

(やはり兄上が助けてくれたのか)

 自分を攻撃したように見せて地上へと逃がしてくれたのは、間違いないようだ。

「ルシエル様に言われ急ぎ追いかけたのですが、なかなか来ることが出来ず、申し訳ありません」

「いや、こうして来てくれたのは有り難い」

 本心からの言葉だ。正直右も左もわからない地上で、こうして部下達と会えるとは心強い。

「それでソレイユ様、お怪我とかはありませんか? 体の調子が悪いとか」

 ニックが心配そうに俺の体を隅々まで観察していく。

「大丈夫だ、怪我などは全て治してもらった」

 俺は地上に落ちてからの出来事を二人に話す。

「そんな事があったのですね……ハディスとは聞いた事のない言葉ですが、それにしても無事で良かった」

 アテンでもやはり聞き覚えはないか。

 ニックは頷くだけで何も言わない。恐らく話が頭に入っていないのだろう、ずっと目が泳いでいる。

「厄介な敵だったが、おかげで神力を増やすことが出来た」

 相手を倒したことで得られた力は今の俺には有り難いことだ。

 完全に神力を取り戻した、とまでは行かないが、それでも足しになった。

「さすがソレイユ様です。そうそう、ルシエル様から伝言なのですけど」

 ニックが身振り手振りで兄から言われたという内容を伝えてくる。

 何とかそれらを見て伝言を把握するが、ニックは伝令役に向かないな。

 今度兄に会った時はぜひアテンに伝えるように進言しよう。

 途中でアテンからの補足も受けながら、何とか理解することが出来た。

「地上で外敵達を倒し力を蓄えていろとの事か。ルナリアを助ける好機が来るまで待てと」

 確かに今の俺には力がない。言われたとおりにした方が、結局のところ近道なのだろう。

 闇雲に向かったところで勝てない相手だから仕方ないが、それでも心配だ。

「ルナリアは今どうしている?」

 俺の言葉にアテンとニックは表情を曇らせた。

 二人は口を閉じたままだ、嫌な予感がする。

「なぁ、教えてくれ。今のルナリアの様子を」

 暫し時間をあけ、アテンが重々しい口調で話し始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

婚約破棄計画から始まる関係〜引きこもり女伯爵は王子の付き人に溺愛される〜

香木あかり
恋愛
「僕と婚約して、《婚約破棄されて》くれませんか?」 「へ?」  クリスティーナはとある事情からひっそりと引きこもる女伯爵だ。  その彼女のもとに来たのは、『婚約破棄されてくれ』という不思議な依頼だった。  依頼主のヘンリー・カスティルは、皆から親しまれる完璧な伯爵子息。でもクリスティーナの前では色んな面を見せ……。 「なるべく僕から離れないで、僕だけを見ていてくれますか?」 「貴女を離したくない」 「もう逃げないでください」  偽物の関係なのに、なぜか溺愛されることに……。 (優しくしないで……余計に好きになってしまう)  クリスティーナはいつしかヘンリーが好きになってしまう。でも相手は偽の婚約者。幸せになれないと気持ちに蓋をする。  それなのに…… 「もう遠慮はしませんからね」  グイグイと距離を詰めてくるヘンリー。  婚約破棄計画の結末は……?

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

処理中です...