天上神の大事な愛し子との禁忌の愛。けれど想いは消せなくて

しろねこ。

文字の大きさ
上 下
13 / 83

第13話 海底の神々

しおりを挟む
「あの、この方は?」

 てっきりソレイユだけかと思っていたのに、共に来た男性がいて驚いてしまう。

 水色の長い髪をきっちりと結び、身長はソレイユよりもやや低い。やや細身の体格と見慣れない服装から、天空界の者ではないとは予測がついた。

「すまない、勝手についてきたんだ」

 ソレイユは不本意だという表情を隠しもせず、失礼な言葉を言うけれど、男性は反応を示すこともない。

 (じっとしたまま動かないのだけれど、どうしたのだろう)

 視線がこっちに向けられているために、自分が誰なのか気になっているのかもしれない。

 このまま何も言わないのも良くないと思い、勇気をもって声を掛ける。

「あの、初めまして。ルナリアと申します。新たに月の神となりましたので、よろしくお願いします」

 頭を下げて挨拶すると、ようやく反応してくれた。

「海底界のリーヴです。初めまして、ルナリア様。よろしくお願いします」

 海底界?

 となるとこの前ソレイユが伺ったのは、この方のところなのかしら。ちらりとソレイユを見れば嫌そうな顔をしたままだ。

 きっとこの男性がソレイユが苦手とする方ね。

「海底界のリーヴ様ですね」

 笑顔を抑え、差し障りのない言葉で応じる。

 ソレイユが好感を持たない相手と親しくなんてしたくないから、少し距離をおこう。

 そう思って素っ気なくしたのに、何故かリーヴは嬉しそうな顔をしている。

「ルナリアさん。色々と大変な事や困った事があった際は、ぜひ僕が相談に乗りますよ。このような慣れない席はさぞ疲れるでしょうし、悩みも尽きないかと思われます。そうだ、良ければ外にでも行き、ゆっくりとお話はしませんか?」

 矢継ぎ早に言われ、困惑するわたくしを隠すようにソレイユが間に入ってくれた。

「リーヴ、やけに饒舌だな。俺の妹ならば惚れる事などないと言ったのは、どこのどいつだ」

 妹と言われ、胸が痛むが今はそれどころではない。

 二人がそのような変な話をしていたなんてと気になった。

「挨拶をした後、話をするくらい普通の事でしょう。それにルナリア様はこういう場は初めてですし、海底界の知り合いもいない。ならば僕が代表で彼女の力になります。それにしても何と上品でとても美しい方だ、まさに月の神に相応しい」

 初対面なのに、わたくしの何を知ってそんな事を言うのかしら。

 憶測でそのような事を言われるなんて、不気味というか気持ち悪いというか。不快さを感じ、ソレイユの背中にぎゅっとくっつく。

「リーヴ殿。そのような話を急にされては困ります。初対面でよく知りもしない相手からそのように言われては、警戒するものです。ルナリアも怖がっているではないですか」

「すみません、ルシエル様」

 兄様が窘めると、さすがにリーヴも強くは言い返せないようで、素直に頷いてくれる。

「謝るべきは私ではなく、二人に対してだ」

「……失礼しました」

 短い言葉で声も小さい。わたくしになのかソレイユになのか、謝るのは不本意みたいだ。

 その態度にソレイユも苛々が増したようで、語気強く言い放つ。

「お前にルナリアはやらないからな。妙な希望は持つなよ」

 妙な希望とはわからないけれど、こんな男とこれ以上話すのも嫌。

 拒否の姿勢を示すために、ソレイユの服を掴み、軽く引く。

「嫌です、わたくしはどこにも行きませんよ」

 少なくともソレイユと離れたところになど行きたくはない、想像するだけで不安と悲しみが波のように押し寄せて来る。

 わたくしの不安を感じ取ってか、ソレイユは優しく背中に手を回してくれた。

「どこにも行かせない。だから心配するな」

 ソレイユの大きな手に撫でられ、その温かさにホッとする。

(どこにも行かない、わたくしはずっとソレイユの側に居る)

 けれどリーヴはわたくし達のやり取りに、不満そうであった。

「ソレイユ。あなたは知らないのでしょうが、月と海は密接な関係にあります。だからルナリア様は天空界にて生涯過ごすより、海底界に来て二界の架け橋となる方が、皆の為にもなるし、望ましい事です。それに月の神と言えば強い力を持つ者が担う位《くらい》、次期海王神となる僕と一緒になれば、より力の強い神が生まれます。ですから――」

「お言葉ですが、リーヴ殿」

 気分の悪い言葉を喋るリーヴを兄様が止めてくれる。

「あなたはソレイユの妹だからルナリアを好きになる事はないと、以前おっしゃられていましたね。私はそう報告を受けていますし、ソレイユからも聞いている。舌の根も乾かぬうちにそうして前言を撤回するような輩に、大事な妹は託せません」

 都合の悪い事を言われた為か、リーヴが焦っているのが分かる。

「それはルナリア様に会う前の話で、言葉の綾です。彼女がソレイユの妹と聞いて、ならば粗忽な者だろうと惑わされたのです」

「噂に騙され、軽々しくも暴言を吐き、ソレイユの尊厳を軽んじる者に、どっちみち妹は渡せませんよ」

 バッサリと断りを入れてくれる兄様に、頼もしさを感じる。

(それにしても次期海王神なんて、この方こう見えて凄い方なのね)

 自分が言うのもおかしな話だけれど、何というか、まだ子どもみたいと思ってしまった。

 ソレイユに負けたくない一心で、自分を上に見せようとしている、そんな雰囲気が漂っている。

(同じ跡継ぎにしても兄様とは大違いだわ)

 思いがけずに兄様がどれだけ頼りがいがあり、頼もしい存在であるかを再確認する事となる。

「ありがとうございます、ルシエルお兄様」

「いや、行きたくない者を無理に嫁がせたりはしないさ」

 兄様が笑みを見せたその時に、聞きたくない声が耳に入ってきた。

「儂に断りもなくそのような話を勝手にされては困るな」

「お父様……」

 口を挟んできたのはお父様だ。

「まぁ余所に行かせる気はないが、それを決めるのは儂だぞ。ルシエル」

「……申し訳ございません、差し出がましい事を」

 兄様はすぐに切り替え、無表情で謝罪を行なう。

「ほう。この娘がジニアスの子か、確かに可愛らしい。誰にも見せずに隠しておきたくなるという気持ちもわかる」

 値踏みをされるような視線を向けられ、背筋がぞくっとした。

 深い紺色の髪と同色の瞳をした男性が、わたくしを頭の先からつま先まで隈なく見つめて来る。

「……リーヴが見初めるのも無理はないな」

 口元に笑みを浮かべるものの、その目は笑ってはいない。

 父様と一緒に来た事、そしてリーヴを呼び捨てにするのだから、この方が海王神様だろう。

(とても怖い……)

 直感ではあるが、そう思う。

 初めて会う海底界の最高神もまた、父様のように恐ろしい神のようだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...