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第12話 厄介者

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 そうして三人で会場入りをし、挨拶をする。

 しかしお酒が入った者が多くいる為に、ルナリアの姿を目にしたのは手前にいるほんの数名。おまけに父の姿もない。

「このままではさすがに帰れないか」

 少しだけ挨拶をしてからすぐに戻ろうかとも思ったのだが、これでは無理だ。

 もともとそこまで厳粛なものではないけれど、後々の事を考えればこれで帰れるわけはない。

 各界の主要な神に声をかけながら歩くが、父とそして他の最高神には会えない。

「疲れないか、ルナリア」

「少しだけ疲れました……」

 もともとの緊張に加え、慣れない場で疲労したようだ。白い顔がいつもよりも更に白くなっている。

「兄上と共に少し座って休んでるといい。俺は何か飲み物を持ってくるから」

「でも……いえ、ありがとうございます」

 ルナリアは少し躊躇ったが、やはり辛かったのだろう。

「ルナリアは任せろ。ソレイユは何か口当たりの良いものを貰ってきてくれ」

 兄に促され、すぐにルナリアは椅子の方へと向かう。

 俺は適当に神人を捕まえて飲み物を持って来させようとしたのだが、思わぬ邪魔が入った。

「こんな所にいたのですね、ソレイユ」

 気安く声を掛けてきたのは、リーヴだ。

 この前に何だかんだと文句を言っていたが、しっかりと来たようだ。

「すまないが今は忙しくてな。話すのは後にしよう」

「折角来たのですからもっと歓迎して欲しいものですね。僕はあなたに言われてきた賓客ですよ」

 早くルナリアのもとに戻りたいのだが、舌打ちしそうになるのを抑えてしっかりとリーヴに向き直る。

「来て頂き感謝する、海流神リーヴ殿。これでいいか?」

「本当に慇懃無礼な男ですね。次期海王神である僕に向かってそのような口を聞くのは、あなたくらいだ」

 ムッとした顔で言うが、男がそんな拗ねた顔をしても可愛くはない。イラっとするだけなのだ。

「すまないなぁ、礼儀知らずで」

 兄上のような神ならば尊敬するのだが、どうもこの男はいけ好かない。

 面倒だし、こうして絡んでくる。

 例え海底界の次期最高神になる男だとしても、どうしても敬えないし、仲良くなりたいとも思えない。

「少しは可愛げを持ってもらいたいものですね、いずれ僕はあなたよりも地位が高くなるんですよ」

「いずれだ。今は同等であろう」

 将来さきはともかく、今のリーヴと俺はそこまで地位の差はない。

(たとえ位が上がったとしてもこの男のようにはなりたくないな)

 リーヴは俺が気に入らないのだという事は間違いない。

 これ以上話はしたくないから俺は近くにいた神人に飲み物を頼み、受け取るや否や踵を返す。

「では俺は妹のもとへと戻るので失礼する」

「おや丁度いい。先程の挨拶の時は僕からでは見えなくてね、同行させて貰いますよ」

 冗談ではない。

 今のルナリアは体調がいまいちだ。それなのにこんな男に会うなんて、更に体調を崩す可能性がある。

「後ほど父と共に行くから待っていろ」

「天上神様なら父様と話をしていますから、合流するのに丁度いいでしょう。僕が案内してあげますよ」

 付いて来るなと言っても聞かなそうだ。

 まぁルナリアを見るために開いた宴だから、彼女を見ないで帰るなんてしたら、無責任な事になるだろう。

「俺の妹にそんなに会いたいのか」

「一目くらいは見たいですね、あなたの妹ですから」

 口元に浮かぶ薄ら笑いに苛立ちがつのる。

 以前にルナリアの事を見てもないのに醜女と言ったくせに、今度は見たいなどとほざくのか。

「重ねて言うが、惚れるなよ」

「あり得ないですから、心配しなくていいですよ」

 言葉の中にある侮辱の気配によって、俺は前言撤回を心の中でしていた。

(俺は、こいつが嫌いだな)

 意味もなく他者を見下す者に遠慮などいらないのだと、ようやく気付いた。




 ◇◇◇




 僕は昔からこいつが気に入らない。

(たかが少し力が強いだけではないか)

 自分よりもソレイユの方が出世は早かったが、年齢は同じくらいだ。

 同じ最高神の息子として生まれ、そして生まれつき高い神力を持っている。境遇が近い事により他の神よりも親近感を覚えていたこともある。

 だがその親しみが羨望、そして嫉妬に姿を変えたのはささいな事がきっかけだった。

「大丈夫か?」

 外敵の討伐の時に、偶々ヘマをして偶々帰る途中であったソレイユに助けられたのだ。

 こっちはまだ力を残していた状態なのに対し、ソレイユは力を相当使った後。

 それなのに、そんな事を思わせない圧倒的な力に、僕は思わず見惚れてしまった。

 全てを焼き尽くす紅蓮の炎はまるで生き物のように敵を嘗め尽くし、跡形もなく消し炭と化させたのだ。

(もしもソレイユが疲れていない万全の状態であったら、彼に勝てたか?)

 自分よりも圧倒的に高い神力から生み出されるあの炎を、僕は消し去ることが出来るだろうか。

(僕は後継者だ、少なくともソレイユよりは力が強い)

 そう思い、どこかで僕は彼を見下していた。

 けれど無意識のうちに生まれていた優越感は、こうして明確な力の差を見せつけられた事により、脆くも崩れ去る。

「……大丈夫だ。けれど余計な手出しをしないで欲しかったね」

 そう突っ返すと「悪かったな」と一言だけ残し、そのまま天空界に帰っていく。

 そんな自分の力をひけらかすこともなく、お礼にも頓着しないソレイユに更に苛立ちが募る。

(いい格好しい、たかが次男の癖に)

 どんなに頑張っても上がれない男なのに、こうして媚びや恩を売る事もしない。

 恐らく言い触らすこともしないだろう。

 その反応が尚更僕の神経を逆なでする。

(見てろよ、僕はあんな風にならない)

 ルシエル同様トップに立つ男だ。ソレイユなんかに負けられないし、認められない。

「妹なんてのも怪しいものだ」

 ソレイユの周囲の者すら猜疑心が生まれる。

 美人だという評判も怪しいし、そもそも外に出ないのに評判が流れるというのは、何かを隠そうとするものだ。

 こうして就任の宴を延期していたのも引っかかるし、ソレイユが会わせたくないという態度を取るのも、余計に気になる。

 美人ならばもっと宣伝なり自慢なりをするような気がするから、恐らく評判通りではないのだろう。

(一体どんな女性なのか)

 ちょっとした小さな好奇心であったが故に、油断した。まさかこんな事になるなんて。



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