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第1話 堕とされて

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「お前などこの世界に必要ない」

 そう言い放たれた後、天上神は俺に向かって両手を翳す。

 抵抗も虚しく俺の体からは力が抜けていき、それでもと伸ばした手は愛する者まで届かなかった。

 数多の神達の視線が向けられているのだろうが、慰安の俺にとってはどうでもいい事である。

 そんな者達よりも大事なのは彼女だけだ。

 俺の視線は彼女にのみ注がれ、彼女もまた俺だけを見つめている。

 その瞳は今。驚愕と混乱で見開かれていた。

「ソレイユ!」

 彼女の伸ばした手もまた天上神に邪魔をされ、俺まで届かない。

 それどころか時間が経つにつれて俺と彼女の間に人が増え、より距離が開いていく。

「儂の大事な娘に手を出した罰だ、覚悟をしろ」

(散々放っておいて何を言う)

 そう言いたかったが、彼女を汚した俺が言えるはずもなく、天上神からの攻撃に備えようとするが。

「がはっ?!」

 攻撃は思わぬところから来た。

「ルシエルお兄様!」

 ルナリアの言葉でそれが異母兄であるルシエルからのものだとわかる。

 空を司るルシエルは風を操る事が出来るのだが、凄まじい風圧にて体を動かすどころか息も出来ない。

 見えない力に圧され、そして体が宙を舞う。

「ルシエル……」

「軽率に動いた事を少しは反省しろ」

 そうルシエルが言い放つと俺の体に無数の風の矢が突き刺さった。

「いやあぁぁぁぁ!!」

 ルナリアの悲痛な叫び声と、空を切る音がした。

 無数の矢に体を射抜かれた俺はその勢いで建物の外は疎か、地上に向かって飛ばされる。

(あぁ……守れなかった)

 力の入らない体は呆気なく宙を舞い、無様に落下していく。

 住み慣れたはずの空がやたら寒く、慣れない落下にゾッとするような恐怖が感じられた。

 神力を奪われた影響か体は全く動かず、力も使えない。このまま落ちれば死ぬのは避けられないだろう。

 落下直前に見た、皆の驚愕に満ちた顔や嘲る視線、父の怒りの形相、異母兄の呆れたような冷めた表情が思い出される。

 兄上が最後何かを呟いたようだったがこちらまでは届かず、そして最後は彼女の泣き顔しか見られなかった。

「ごめん、最後まで守れなくて」

 あれだけ守ると、側にいると誓ったのに、こうして自分よりも上位の神に呆気なく負けるとは情けない。

 せめて力が使えればと思うのだが、指一本も動かせない。

 父に神力を持っていかれただけではない、恐らく異母兄の何らかの力によるものだろう。

 気を失うことも許されず、俺はこの広い空をただひたすら堕ちることとなった。

(このような事になったのは自業自得だ)

 そう思えばこれは罰だ。

 ルナリアの事を想っての事ではあったが、情欲に流されたのではないかと問われれば否定も出来ない。

 外に出る事も叶わず一人閉じ込められ孤独に泣く彼女を見て見ぬ振りする事が出来ず、慰めたかったのは嘘ではない。

 だが家族という関係を脱してしまった、それは俺が未熟で弱かったからだ。

 俺もまた癒されたかったのだ。

「そろそろまずいか……」

 気圧の変化で耳が痛み、音すらも聞こえなくなってきた。

 落下による影響で頭痛と耳鳴りも増していく。

 身体の変化に伴い、周囲の景色も星空だけのものから変化した。

 濃い夜空と瞬く星々の風景から、鬱蒼としたくらい山々や森が見えて来る。

 もう少しで地上に叩きつけられるだろう。

「人間の住む場所でないのは兄上の優しさか……」

 冷たく見えるルシエルだが、時にこうして人のような甘さを見せる。

 俺の落下によって周囲の者が巻き添えになる事がないように配慮したのだろう。

 そういう所は嫌いじゃないが。

「異母弟にももう少し優しくしてくれても良かったんではないかな」

 こんな悲惨な死を迎えさせられるなんてあんまりだと思うのだが。


 しかし仕方ない事だというのもわかる。ルナリアは父のお気に入りの子どもだからだ。

 そんな彼女を家族だからという理由で近づく許可を得、父の信頼を裏切って誑かしたのだから、その結果、天界の最高位である天上神に力を奪われ、穢らわしい地上へとおとされるのはあり得ることかもしれないな。

「こんな事になるならば好きにならなければよかったか」

 その考えは首を振って否定する。

 そんな事疾うの昔に試みて失敗したのだから、今更後悔しても仕方ない。

 俺はどうしてもこの恋い慕う想いを捨てられなかった。

 ただ悲しみから救い笑顔になってもらいたい……そんな想いでいたのだが、いずれ恋情に変わり、こうして禁忌の関係へとなってしまった。

 その報いを受ける時が来たというわけだ。

(さすがにそろそろ限界だ)

 耳や鼻の痛みが増し、目の前が真っ赤に染まっていく。

 血の味も感じる事から体の内部から出血を始めたのだろう。意識も薄らぐのを感じ、間もなく死ぬのだという事がわかる

 不思議とルシエルへの恨みはない。

 何だろう、このような目に合わせられたというのに、どこか憎めないのだ。

「俺とルナリアの仲を最初に認めてくれたものな」

 悔やまれるのはルナリアをしっかりと守れなかった事だ。

(もう駄目だ……)

 意識が保てない。

 俺は真っ赤になった視界が暗転していくのに抵抗する事は出来なかった。

 体が大地に叩きつけられる感触を感じる前に意識を失った事は幸運な事だろう。





    
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