3 / 19
第3話 ひと波乱
しおりを挟む
「私の歌は下手ですから」
あれからは気まぐれに歌うくらいで、外で歌いたいとは思わない。
訪ねてくる人もいなし、聞いてくれるのは心優しい使用人ばかりだ。
そんな体でカナリアなんて、おこがましくて言えないわ。
「歌が下手など、そんな事はない。あなたの歌はとても素敵で、聴くものの心に染み入るものだ」
適当な事を……と思ったけれど、この人は本当にどこかで私の歌を聞いたのだろうか?
何も知らずに言っているにしては、妙に力の入った話し方だ。
「俺はあなたこそがカナリア令嬢だと確信している」
まっすぐに私を見つめる目に嘘が混じっているとは、思いたくない。
「ともかく、私はカナリア令嬢ではないし、シャルペ侯爵令息の求婚も受けません。どうかお引き取りください。これらの品もすべて持ち帰ってもらって……」
その時、何やら外が騒がしいのに気が付いた。
「どう言うことですか、ゼイン殿。約束の時間はとうに過ぎてますぞ!」
怒鳴りこんできたのは顔を真赤にした叔父と、目を吊り上げた従妹のククルであった。
「時間通りに来ていましたよ。今ちょうどカナリア令嬢であるフィリオーネ嬢に求婚していたところです」
「な、何を言っているのです! カナリア令嬢とは、うちの娘ククルの事ですよ?!」
「そうですよゼイン様! ここにいるフィリオーネは歌はおろか、人前に出る事だって出来ないのに」
信じられないとばかりに二人は大声を上げた。
それはそうよね。私だって驚いたもの。
「フィリオーネどういう事だ、お前まさかゼイン殿を騙したのか?!」
「え?」
「ゼイン様が本邸にも寄らず離れの方に来るなんて、おかしいもの。あなたが誑かしたんでし!ょ」
何という謎理論だろう。
そんな事をするメリットはないし、私はカナリア令嬢ではないと否定していたところなのに。
「お言葉ですが叔父様、それは違います。私をククルと間違えるなんてことがそもそもあり得ませんでしょう? ククルは世間でも美人と評判ですし」
私とククルは従姉妹同士とは言え、そこまで似ているわけではない。
鼻筋の通った綺麗め系のククルと小柄でパッとしない私。
髪色や目の色は似ていても一度会えば間違えるなんて事は普通ないはずだ。
引きこもりの私と違って、ククルは社交的で最近は夜会にも参加していると聞いている。王子の側近であるゼイン様が、ククルの話を聞かないなんてないと思うのだけれど。
「確かに……それはそうだな」
(あっ、納得してくれるんだ)
自分で言った言葉ではあるけれど、少しだけ悲しい。
「ククル嬢とフィリオーネ嬢を間違えるなんて事をするはずがありません。だってフィリオーネ嬢の方が美しいではないですか」
「へ?」
ゼイン様は流れるような仕草で私の手を取り、甲にキスをする。
「俺が結婚したいのはこちらのカナリア。フィリオーネ嬢だけです」
ひと呼吸遅れて、今の行為を理解する。
(こ、こんな……騎士と姫がするような事を、私に?!)
あまりの事に、顔が沸騰したかのように熱くなり、頭の中が羞恥と混乱でグルグルする。体は硬直し動かない。
叔父はポカンとし、そしてククルは……
「ふざけないで!!」
怒りの顔つきでゼイン様を怒鳴りつけた。
「何よ、王子様の側近だから婚姻を受けてもいいかなぁと思ったけれど、こんなにも見る目がないやつだったのね。そんな奴、こっちから願い下げよ!」
熱くなった頭が今度は一気に冷めていく。
(ゼイン様になんてことを!)
相手は伯爵家であるこちらよりも、身分が上の侯爵家のご子息だ。そして第二王子の側近の一人で、右腕とも言われる程の人なのに。
いくら何でも言葉が過ぎる。
「シャルペ侯爵令息様、申し訳ありません」
慌てて謝罪の言葉を口にするが、ゼイン様の表情はとても険しい。
「叔父様!」
さすがにこれはまずいと思い、叔父を見ると、顔をしかめてこちらを見ている。
「ククルの言う通りだ。ゼイン様、あなたの目は節穴のようですね。わが娘よりもフィリオーネを選ぶとは本当に残念だ」
叔父は深いため息をついて、軽蔑するような目をゼイン様に向けている。
謝罪する気はないようだ。
「そしてフィリオーネ、お前にも失望した。今まで面倒を見てきたというのに、ククルへ来た縁談を潰し、私たちの顔に泥を塗るとは。今日限りでお前との縁も切らせてもらう」
「え?」
「恩知らずめ、今日中にここから出ていけ。使用人共も首にしてやる」
あまりの事に言葉が出ない。
「蛇令息なんてこちらからお断りよ。せいぜいその下手くそを連れて行くといいわ。まっ、社交界で笑いものになるでしょうけれど」
そう言い残すと叔父とククルは苛立たし気に去っていった。
あれからは気まぐれに歌うくらいで、外で歌いたいとは思わない。
訪ねてくる人もいなし、聞いてくれるのは心優しい使用人ばかりだ。
そんな体でカナリアなんて、おこがましくて言えないわ。
「歌が下手など、そんな事はない。あなたの歌はとても素敵で、聴くものの心に染み入るものだ」
適当な事を……と思ったけれど、この人は本当にどこかで私の歌を聞いたのだろうか?
何も知らずに言っているにしては、妙に力の入った話し方だ。
「俺はあなたこそがカナリア令嬢だと確信している」
まっすぐに私を見つめる目に嘘が混じっているとは、思いたくない。
「ともかく、私はカナリア令嬢ではないし、シャルペ侯爵令息の求婚も受けません。どうかお引き取りください。これらの品もすべて持ち帰ってもらって……」
その時、何やら外が騒がしいのに気が付いた。
「どう言うことですか、ゼイン殿。約束の時間はとうに過ぎてますぞ!」
怒鳴りこんできたのは顔を真赤にした叔父と、目を吊り上げた従妹のククルであった。
「時間通りに来ていましたよ。今ちょうどカナリア令嬢であるフィリオーネ嬢に求婚していたところです」
「な、何を言っているのです! カナリア令嬢とは、うちの娘ククルの事ですよ?!」
「そうですよゼイン様! ここにいるフィリオーネは歌はおろか、人前に出る事だって出来ないのに」
信じられないとばかりに二人は大声を上げた。
それはそうよね。私だって驚いたもの。
「フィリオーネどういう事だ、お前まさかゼイン殿を騙したのか?!」
「え?」
「ゼイン様が本邸にも寄らず離れの方に来るなんて、おかしいもの。あなたが誑かしたんでし!ょ」
何という謎理論だろう。
そんな事をするメリットはないし、私はカナリア令嬢ではないと否定していたところなのに。
「お言葉ですが叔父様、それは違います。私をククルと間違えるなんてことがそもそもあり得ませんでしょう? ククルは世間でも美人と評判ですし」
私とククルは従姉妹同士とは言え、そこまで似ているわけではない。
鼻筋の通った綺麗め系のククルと小柄でパッとしない私。
髪色や目の色は似ていても一度会えば間違えるなんて事は普通ないはずだ。
引きこもりの私と違って、ククルは社交的で最近は夜会にも参加していると聞いている。王子の側近であるゼイン様が、ククルの話を聞かないなんてないと思うのだけれど。
「確かに……それはそうだな」
(あっ、納得してくれるんだ)
自分で言った言葉ではあるけれど、少しだけ悲しい。
「ククル嬢とフィリオーネ嬢を間違えるなんて事をするはずがありません。だってフィリオーネ嬢の方が美しいではないですか」
「へ?」
ゼイン様は流れるような仕草で私の手を取り、甲にキスをする。
「俺が結婚したいのはこちらのカナリア。フィリオーネ嬢だけです」
ひと呼吸遅れて、今の行為を理解する。
(こ、こんな……騎士と姫がするような事を、私に?!)
あまりの事に、顔が沸騰したかのように熱くなり、頭の中が羞恥と混乱でグルグルする。体は硬直し動かない。
叔父はポカンとし、そしてククルは……
「ふざけないで!!」
怒りの顔つきでゼイン様を怒鳴りつけた。
「何よ、王子様の側近だから婚姻を受けてもいいかなぁと思ったけれど、こんなにも見る目がないやつだったのね。そんな奴、こっちから願い下げよ!」
熱くなった頭が今度は一気に冷めていく。
(ゼイン様になんてことを!)
相手は伯爵家であるこちらよりも、身分が上の侯爵家のご子息だ。そして第二王子の側近の一人で、右腕とも言われる程の人なのに。
いくら何でも言葉が過ぎる。
「シャルペ侯爵令息様、申し訳ありません」
慌てて謝罪の言葉を口にするが、ゼイン様の表情はとても険しい。
「叔父様!」
さすがにこれはまずいと思い、叔父を見ると、顔をしかめてこちらを見ている。
「ククルの言う通りだ。ゼイン様、あなたの目は節穴のようですね。わが娘よりもフィリオーネを選ぶとは本当に残念だ」
叔父は深いため息をついて、軽蔑するような目をゼイン様に向けている。
謝罪する気はないようだ。
「そしてフィリオーネ、お前にも失望した。今まで面倒を見てきたというのに、ククルへ来た縁談を潰し、私たちの顔に泥を塗るとは。今日限りでお前との縁も切らせてもらう」
「え?」
「恩知らずめ、今日中にここから出ていけ。使用人共も首にしてやる」
あまりの事に言葉が出ない。
「蛇令息なんてこちらからお断りよ。せいぜいその下手くそを連れて行くといいわ。まっ、社交界で笑いものになるでしょうけれど」
そう言い残すと叔父とククルは苛立たし気に去っていった。
44
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
婚約者に嫌われているようなので離れてみたら、なぜか抗議されました
花々
恋愛
メリアム侯爵家の令嬢クラリッサは、婚約者である公爵家のライアンから蔑まれている。
クラリッサは「お前の目は醜い」というライアンの言葉を鵜呑みにし、いつも前髪で顔を隠しながら過ごしていた。
そんなある日、クラリッサは王家主催のパーティーに参加する。
いつも通りクラリッサをほったらかしてほかの参加者と談笑しているライアンから離れて廊下に出たところ、見知らぬ青年がうずくまっているのを見つける。クラリッサが心配して介抱すると、青年からいたく感謝される。
数日後、クラリッサの元になぜか王家からの使者がやってきて……。
✴︎感想誠にありがとうございます❗️
✴︎(承認不要の方)ご指摘ありがとうございます。第一王子のミスでした💦
✴︎ヒロインの実家は侯爵家です。誤字失礼しました😵
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる