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第9話 いざ対面
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「……」
お嬢様を目の前にして、俺は声も出せなかった。
申し訳ないとか、会いに来てくれて嬉しいとか、様々な感情がごちゃ混ぜになって何を話していいのか分からない。
店長が留守にしているからと、副長が代わりにお嬢様をこの部屋に誘導してくれたから、俺が占い師だとは伝えなくて済んでいる。
事情を少しだけど話していてよかった。
「レン、元気にしていましたか?」
「はい、お嬢様」
短い会話と再びの沈黙。
俺もお嬢様もなんと言っていいのかわからない。
だが、こうして黙っていたらお嬢様の帰りが遅くなり、寝る時間が少なくなってしまう。
そうなるとお嬢様の健康と美貌に影響が出るだろう、俺は何とか口を開け、頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。俺のせいでこんな夜中に外出させるような事をしてしまって」
「いえ、私が会いたいと占い師さんに頼んだのですから。それよりも私のせいで大変な生活をさせてしまい、申し訳ないわ」
お嬢様の困ったような声を聞いて俺は少しだけ顔を上げる。
予想通り表情も困っている、そんな顔をさせたいわけではないのに。
「生活は本当に大丈夫なの? 占い師さんに聞いたら住んでいる場所もないっていうし。それに少し痩せたんじゃない? これ、少ないけれど足しになればと思って」
そう言ってお嬢様が差し出してくれたのは何かが入った皮袋だ。
音からしてお金だろうが、受け取る理由はないし、俺よりもお嬢様の生活の為に役立ててもらいたい。
「理由もないし、受け取れません」
俺は首を振って拒否をするが、お嬢様も引こうとはしない。
「でも私の為にあなたは仕事と住むところを失った。ならば私がそれを支えるのは当然でしょう、これは退職金も兼ねているわ。受け取って」
グイっと押し付けるようにして渡されそうになるが、そうはいかない。
「施しならば尚更受け取れません」
その言葉を聞いてお嬢様は少し躊躇った後、皮袋を引っ込める。
「そう……ごめんなさい。余計な事をしようとして」
恐らくプライドを傷つけたと思ったのだろう。
俺はお嬢様になるべく優しい口調で話しかける。
「お気持ちは嬉しいですが、俺の為よりもお嬢様自身の為に使って欲しいのです、俺の幸せはお嬢様が幸せになる事ですから」
「それならばあなたが使ってくれた方がやはりいいのだけれど」
「いえいえ、受け取れませんから」
俺は首を横に振って受け取りを拒否する。
「それよりもお嬢様は何故俺に会いに来たのですか? お嬢様は結婚も控えてますし、このような所で俺のような男と会うのは世間体的にも良くない。もしかしてこのお金を渡したかったために探してくれていたのですか?」
それだけであったのならば、もうレンとして会うのは今日限りだろう。
「これを渡したかったのはあるわ。でも何よりあなたが大丈夫なのか心配だったの。追いやられるようにして屋敷を出されたから、どこで何をしているのか。トムも知らないし便りもない。生きているのか酷い思いをしていないか、心配でしょうがなかったわ」
庭師の師匠、トムさんにも伝えられなかったくらい追い出されたのはあっという間だったものな。
でも純粋に心配して探しに来てくれただなんて、嬉し過ぎて涙が出そうだ。
「俺は何とかやっています。トム爺にもそう伝えてください」
軽く鼻を啜りながらそう言うと、お嬢様が俺の手を握ってくる。
お嬢様は手袋をしているが、俺は今はしていない。
薄い布越しの体温を感じ、心臓が跳ね上がる。
「ねぇレン。もう一度、屋敷に戻って来る気はない?」
そういうお嬢様の言葉に驚いた。
「……そんなの旦那様が許しませんよ」
「何とか説得するわ。トムも一人では庭の手入れが出来ないと言っていたし、新しい庭師もまだ見つかっていない。庭の景観を損ねるのは貴族にとっては恥だもの。あなたが居てくれないと困るわ」
そうは言うが貴族の屋敷の庭師になりたい者は他にもすぐに見つかるだろう。
給与もいいし、専属になれば住む場所も食うのにも困らない。
俺のように行き場のない人間には最高の所ではあったが。
(あの屋敷に戻る。それはつまりあの野郎にまた会うんだろうな)
お嬢様が結婚したら二人でまた来るだろう。夫婦になればもっと距離は縮まり、親密な様子を見る事になる。
いや、他の者と結婚しても同様だ。
他の人に愛を囁かれたり、囁いたりするお嬢様を間近で見るなんて、耐えられる自信がない。
「戻れません。俺はいずれ屋敷を出るつもりでしたから」
その言葉にお嬢様のショックを受けているようだ。
「ゴーシュ様が嫌いだから、ですか?」
(そこは察せられてしまったか)
まぁ隠すものではないし、素直に頷く。その時俺は視界の片隅で揺れ動くものを見た。
お嬢様とあいつを繋ぐ赤い糸が、ぷつんと切れたのを。
お嬢様を目の前にして、俺は声も出せなかった。
申し訳ないとか、会いに来てくれて嬉しいとか、様々な感情がごちゃ混ぜになって何を話していいのか分からない。
店長が留守にしているからと、副長が代わりにお嬢様をこの部屋に誘導してくれたから、俺が占い師だとは伝えなくて済んでいる。
事情を少しだけど話していてよかった。
「レン、元気にしていましたか?」
「はい、お嬢様」
短い会話と再びの沈黙。
俺もお嬢様もなんと言っていいのかわからない。
だが、こうして黙っていたらお嬢様の帰りが遅くなり、寝る時間が少なくなってしまう。
そうなるとお嬢様の健康と美貌に影響が出るだろう、俺は何とか口を開け、頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。俺のせいでこんな夜中に外出させるような事をしてしまって」
「いえ、私が会いたいと占い師さんに頼んだのですから。それよりも私のせいで大変な生活をさせてしまい、申し訳ないわ」
お嬢様の困ったような声を聞いて俺は少しだけ顔を上げる。
予想通り表情も困っている、そんな顔をさせたいわけではないのに。
「生活は本当に大丈夫なの? 占い師さんに聞いたら住んでいる場所もないっていうし。それに少し痩せたんじゃない? これ、少ないけれど足しになればと思って」
そう言ってお嬢様が差し出してくれたのは何かが入った皮袋だ。
音からしてお金だろうが、受け取る理由はないし、俺よりもお嬢様の生活の為に役立ててもらいたい。
「理由もないし、受け取れません」
俺は首を振って拒否をするが、お嬢様も引こうとはしない。
「でも私の為にあなたは仕事と住むところを失った。ならば私がそれを支えるのは当然でしょう、これは退職金も兼ねているわ。受け取って」
グイっと押し付けるようにして渡されそうになるが、そうはいかない。
「施しならば尚更受け取れません」
その言葉を聞いてお嬢様は少し躊躇った後、皮袋を引っ込める。
「そう……ごめんなさい。余計な事をしようとして」
恐らくプライドを傷つけたと思ったのだろう。
俺はお嬢様になるべく優しい口調で話しかける。
「お気持ちは嬉しいですが、俺の為よりもお嬢様自身の為に使って欲しいのです、俺の幸せはお嬢様が幸せになる事ですから」
「それならばあなたが使ってくれた方がやはりいいのだけれど」
「いえいえ、受け取れませんから」
俺は首を横に振って受け取りを拒否する。
「それよりもお嬢様は何故俺に会いに来たのですか? お嬢様は結婚も控えてますし、このような所で俺のような男と会うのは世間体的にも良くない。もしかしてこのお金を渡したかったために探してくれていたのですか?」
それだけであったのならば、もうレンとして会うのは今日限りだろう。
「これを渡したかったのはあるわ。でも何よりあなたが大丈夫なのか心配だったの。追いやられるようにして屋敷を出されたから、どこで何をしているのか。トムも知らないし便りもない。生きているのか酷い思いをしていないか、心配でしょうがなかったわ」
庭師の師匠、トムさんにも伝えられなかったくらい追い出されたのはあっという間だったものな。
でも純粋に心配して探しに来てくれただなんて、嬉し過ぎて涙が出そうだ。
「俺は何とかやっています。トム爺にもそう伝えてください」
軽く鼻を啜りながらそう言うと、お嬢様が俺の手を握ってくる。
お嬢様は手袋をしているが、俺は今はしていない。
薄い布越しの体温を感じ、心臓が跳ね上がる。
「ねぇレン。もう一度、屋敷に戻って来る気はない?」
そういうお嬢様の言葉に驚いた。
「……そんなの旦那様が許しませんよ」
「何とか説得するわ。トムも一人では庭の手入れが出来ないと言っていたし、新しい庭師もまだ見つかっていない。庭の景観を損ねるのは貴族にとっては恥だもの。あなたが居てくれないと困るわ」
そうは言うが貴族の屋敷の庭師になりたい者は他にもすぐに見つかるだろう。
給与もいいし、専属になれば住む場所も食うのにも困らない。
俺のように行き場のない人間には最高の所ではあったが。
(あの屋敷に戻る。それはつまりあの野郎にまた会うんだろうな)
お嬢様が結婚したら二人でまた来るだろう。夫婦になればもっと距離は縮まり、親密な様子を見る事になる。
いや、他の者と結婚しても同様だ。
他の人に愛を囁かれたり、囁いたりするお嬢様を間近で見るなんて、耐えられる自信がない。
「戻れません。俺はいずれ屋敷を出るつもりでしたから」
その言葉にお嬢様のショックを受けているようだ。
「ゴーシュ様が嫌いだから、ですか?」
(そこは察せられてしまったか)
まぁ隠すものではないし、素直に頷く。その時俺は視界の片隅で揺れ動くものを見た。
お嬢様とあいつを繋ぐ赤い糸が、ぷつんと切れたのを。
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