上 下
4 / 31

恋の話

しおりを挟む
「兄上こそレナン嬢について、どうするおつもりです?ハインツ殿と婚約破棄はされると思いますが…」

エリックはレナンを好いているが、彼女には婚約者がいる。

しかしその婚約者との関係も、現在怪しい。

レナンには気の毒だが、人身売買の容疑者の娘との婚約など、本気の恋でない限りは続かない。

相手の有責で、早々に慰謝料を貰って破棄してしまう方がいいと思われる。

今回の悲劇により、エリックとレナンの間にあったその障害が無くなる予定ではあった。

障害が無くなった後、エリックがどうするのかを、ティタンは問うているのだ。





「アピールしていくさ。少しばかり彼女は鈍いし、難しいが、リンドールに返す気は最初からない」

エリックはレナンを自身の妻に、と考えていた。

感情が表に出やすい女性で、思い込みも若干激しいが、変に小狡いよりは好感が持てる。



そしてとても真面目だ。




王妃となっても責任と立場を重んじて、仕事を投げ出すこともしなさそうだし、王家の乗っ取りの心配もおそらくない。

あのくらい人間味があり、可愛げがある方が、国民のウケも良さそうだ。

氷の王太子と言われるような表情の乏しい自分の隣に、彼女のような人間味のある女性がいれば、きっと楽しいだろうと考えている。

「真面目に見えて活動的だし、かといえば博識だ。興味が尽きない」

エリックの命令で、レナンには護衛がつけられていた。

報告書を見るたびにハラハラしたり、大声を出して笑ってしまったとエリックは言う。

「兄上が、大声で、笑う…?」

俄に信じ難い言葉を聞いて、ティタンが目が白黒させる。

表情筋が死んでいる、と世間に言わしめた兄の大笑いなど弟のティタンでも想像出来ない。

「要するに、俺にとって最高の女性という事だ。ハインツ如きに先を越されてしまったが、何とか口説き落とすぞ。駄目だったら、すまん、リオンに王太子を譲る」

レナンとの婚約が出来ねば王太子にならない、と言うことらしい。

「俺が振られてもレナンは素敵な女性だから、いずれ誰かとまた婚約するだろう。好きな女性が他の男の物になるのは耐え難い。そうなったら俺は国の事などどうでもよくなり、何も出来なくなりそうでな」

想像するのすらつらい。

地位や身分があろうとも本当に欲しいものが手に入らないならば、その地位を守る気すらしなくなるだろう。

「気持ちはわからなくもないですが、そこで次の王太子候補に俺の名を言わないのが、兄上らしいです」

根っから王太子に向いてないティタンに対して、こんな時でも考慮してくれるのが兄らしい。

選ばれても辞退するだろうし、国の皆も認めないと思う。

「お前の力は、そういうところで使うものではないからな」
恵まれた体型と身体能力を持つティタン。
いくら綺麗事を言おうと、腕力がものを言うときもある。

「ティタンの力は牽制にもなるし、実際の戦でも役立つ。政治については俺とリオンに任せて、お前は思うがまま剣の腕を鍛えていてくれ」
「はい!」
適材適所で力を発揮すればいいとエリックは言った。

「国を守りたいとは思うから、何とか俺がレナンに近づければいい話なのだが…」
レナンは本が好きなので、やはりそこから近づいていくか。

「少しずつ歩み寄っていくしかないな」




翌日のティータイム。

「この国には慣れましたか?」

エリックは向かいのソファに座るレナンに、優しく声をかける。
テーブルの上にはお茶とお菓子があり、二人の後ろには従者や侍女が付き従っていた。



今日は二人きりである。




厳密には侍女や従者がいるし、完璧に二人ではないのだが、エリックがレナンとゆっくり話したい、という事でこうなった。

ミューズはティタンと話しているそうだ。

レナンはアドガルムの王太子を前にして、少し緊張している。
今までは妹がいたのに、今日は二人だけ。

緊張しないわけがない。

「本来であれば婚約者がいるレナン嬢と未婚の俺が、二人で話すという事はないと思うのですが…状況が状況ですし、この国に少しでも馴染んでくれたらと思いまして。ニコラ達もいるし他意はないので、安心してください。とはいえ、婚約者がいる女性が警戒するのは仕方ない事ですよね……茶飲み友達くらいにはなれるでしょうか?」

レナンに婚約者がいることを把握しているときちんと言葉で言われ、またはっきりと茶飲み友達と言われた。

「私には勿体ないお言葉です、ぜひ喜んで」
レナンは警戒した自分が少し恥ずかしくなる。

女性などこの王太子には引く手数多だ。

数々の浮き名をレナンも聞いており、国にいる時から慕う令嬢の多さを知っていたはずなのに。





そもそも自分は容疑者の娘だ。

そんな危ない人物にエリックがわざわざ手を出すわけはない。

単純にレナンに同情しているのだろうと結論付けた。

「君の反応は貴族として正しいから、急に二人で話を、と言われても困るのが普通だよ。俺が今日二人で話そうと思ったのは、この為なのだけど…」

エリックが合図を出すと、ニコラがレナンの前に、この前の本を置いた。




とある恋愛小説だ。

幼馴染みと婚約者の間で揺れ動く恋。
甘酸っぱい心理描写や受けた優しさを上手く返せない主人公…恋に恋するレナンは憧れている。

ハインツとは婚約者同士になったが、燃えるような恋ではなく、緩やかに愛情を育んできた。

なのでこういう指南書のような恋愛ストーリーを参考にさせてもらっていた。



「俺が恋愛小説を読んでるなど皆に知られるのは恥ずかしく、二人にしてもらったのです。レナン嬢と色々語れればと読んでみたのですが、感想を教えてもらっても大丈夫でしょうか?」

共通の話題を持ち出され、しかも自分の好きな本の話。
レナンはキラキラとした目で頷いた。

「もちろんです!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】出逢ったのはいつですか? えっ? それは幼馴染とは言いません。

との
恋愛
「リリアーナさーん、読み終わりましたぁ?」 今日も元気良く教室に駆け込んでくるお花畑ヒロインに溜息を吐く仲良し四人組。 ただの婚約破棄騒動かと思いきや・・。 「リリアーナ、だからごめんってば」 「マカロンとアップルパイで手を打ちますわ」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね

との
恋愛
離婚したいのですか?  喜んでお受けします。 でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 伯爵様・・自滅の道を行ってません? まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。 収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。 (父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる) ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 32話、完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

元婚約者が「俺の子を育てろ」と言って来たのでボコろうと思います。

音爽(ネソウ)
恋愛
結婚間近だった彼が使用人の娘と駆け落ちをしてしまった、私は傷心の日々を過ごしたがなんとか前を向くことに。しかし、裏切り行為から3年が経ったある日…… *体調を崩し絶不調につきリハビリ作品です。長い目でお読みいただければ幸いです。

【完結】妹が私から何でも奪おうとするので、敢えて傲慢な悪徳王子と婚約してみた〜お姉様の選んだ人が欲しい?分かりました、後悔しても遅いですよ

冬月光輝
恋愛
ファウスト侯爵家の長女であるイリアには、姉のものを何でも欲しがり、奪っていく妹のローザがいた。 それでも両親は妹のローザの方を可愛がり、イリアには「姉なのだから我慢しなさい」と反論を許さない。 妹の欲しがりは増長して、遂にはイリアの婚約者を奪おうとした上で破談に追いやってしまう。 「だって、お姉様の選んだ人なら間違いないでしょう? 譲ってくれても良いじゃないですか」 大事な縁談が壊れたにも関わらず、悪びれない妹に頭を抱えていた頃、傲慢でモラハラ気質が原因で何人もの婚約者を精神的に追い詰めて破談に導いたという、この国の第二王子ダミアンがイリアに見惚れて求婚をする。 「ローザが私のモノを何でも欲しがるのならいっそのこと――」 イリアは、あることを思いついてダミアンと婚約することを決意した。 「毒を以て毒を制す」――この物語はそんなお話。

両親から溺愛されている妹に婚約者を奪われました。えっと、その婚約者には隠し事があるようなのですが、大丈夫でしょうか?

水上
恋愛
「悪いけど、君との婚約は破棄する。そして私は、君の妹であるキティと新たに婚約を結ぶことにした」 「え……」  子爵令嬢であるマリア・ブリガムは、子爵令息である婚約者のハンク・ワーナーに婚約破棄を言い渡された。  しかし、私たちは政略結婚のために婚約していたので、特に問題はなかった。  昔から私のものを何でも奪う妹が、まさか婚約者まで奪うとは思っていなかったので、多少驚いたという程度のことだった。 「残念だったわね、お姉さま。婚約者を奪われて悔しいでしょうけれど、これが現実よ」  いえいえ、べつに悔しくなんてありませんよ。  むしろ、政略結婚のために嫌々婚約していたので、お礼を言いたいくらいです。  そしてその後、私には新たな縁談の話が舞い込んできた。  妹は既に婚約しているので、私から新たに婚約者を奪うこともできない。  私は家族から解放され、新たな人生を歩みだそうとしていた。  一方で、私から婚約者を奪った妹は後に、婚約者には『とある隠し事』があることを知るのだった……。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...