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番外編:護衛術師兼薬師と新たな王宮医師①
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「帝国に行く、ですか?」
「あぁ。サミュエルに聞いたがあちらにいる王宮医師の義手の知識が凄いそうだ。会って話を聞いてくる」
突然のシュナイの言葉にセシルは慌てた。
「待ってください。先生とサミュ兄が抜けて、僕だけで支えろと?」
王宮にはもちろん他にも医師がいる。しかし王族に触れられるものは少ない。
今まではシュナイともう一人の女性医師がいた。
しかしその女性医師は高齢を理由に退職をし、時折王妃のアナスタシアを診るだけである。
なのでサミュエルとセシルが育つまではシュナイがほぼ一人で見ていた。
「大丈夫。応援は頼んでいる。彼女と共に頑張ればいい」
(彼女、という事は退職された女性の事か?)
王族を診るのに会った事もない人は呼ばないだろう。
王妃の定期健診の時だけは高齢の女性医師が特別に来て診察をしてくれていた。
「助かります。僕はまだ若輩者ですから、一人ではまだ不安で」
誤診や誤薬で万が一王族に危害を加えてしまったらと思うと、気が気でない。
自分が刑を受けるのは良いが、王族の人たちの命が失われるような事があれば何度詫びても足りないものだ。
セシルには知識があっても経験が圧倒的に足りない。
物心ついたころからシュナイに教わってきたサミュエルと違い、セシルはそれなりの年齢になってから師事したのだ。
年もまだ若いので知らない事も多い。
「では俺が戻るまでは彼女と共に頑張ってくれ」
そう言うとシュナイはカルテのある場所や薬品の位置、そして何かあればすぐに通信石で連絡をと言い、出かける準備に入る。
「さすがに緊張するなぁ」
シュナイがいない朝、セシルの気持ちが高ぶっていた。
自分がしっかりしなければと意気込んで、医務室の扉を開けようと鍵を差し込む。
「?」
手ごたえがない。
この鍵はシュナイから預かっており、他に入れるものをセシルは知らない。
しかも早朝だ。
おかしいと思ってゆっくりと扉を開けると、そこには見知らぬ若い女性がカルテを見ていた。
「失礼します」
真剣な表情でカルテを見ている女性に声を掛けると、彼女もまた気づいたようでセシルを見る。
淡い蜂蜜色の髪に藤色の瞳、白衣を着た女性は驚きに満ちた顔でセシルに近づいた。
「大きくなったわね」
「わっ?!」
急に抱きしめられ驚いた。
ふくよかな胸が体に当たり、甘い香りが女性からする。
恥ずかしい、というよりも急に抱きしめられたという困惑の方が強い。
セシルは青褪めていた。
「久しぶりね、セシル。随分と成長したわね」
「待ってください、とりあえず一旦離れてください」
女性の体を優しく押して離れてもらい、改めて顔を見る。
「すみません、お名前を伺ってもよろしいですか?」
見た事がある様なない様な。
セシルは失礼かと思ったが正直に聞いた。
彼女は知っているようだが、セシルは覚えていない。
「そうね、まだ子供だったし、あれから会う機会はなかったからね」
少しだけ寂しそうにしながらも女性は名前を告げる。
「ジュエル=マイアーよ。会ったのは十年前かしら?」
その名を聞いて顔を見て、しばし考え込む。
「……何となく思い出しました」
シュナイの元に来て間もない頃に、高齢の女性医師と連れ立ってきていた若い女性、多分それがジュエルだったと思う。
「随分と雰囲気も見た目も変わりましたね」
あの頃はもっとつんけんしていて、サミュエルと共に睨まれていた気がする。
それが今はこのように柔らかい表情で、セシルとの再会を喜んでくれていた。
どういう心境の変化なのだろうか。
「あの時は私も若かったからね。シュナイ先生の側にいるあなた達が羨ましくて、ちょっと意地悪を言ったの。ごめんなさいね」
「ちょっと、でしたか?」
『シュナイ先生は私の師匠よ! あなた達だけの先生じゃないんだから!』と、怒鳴られた記憶が思い出される。
「若気の至りね。あの後レベッカ先生に怒られたわ。子ども相手にみっともないって」
思い出したようにクスクスと笑っているが、セシルとしては腑に落ちない。
「まぁいいです。ジュエル様、シュナイ先生が戻って来るまでよろしくお願いします」
セシルが頭を下げるがジュエルはキョトンとする。
「シュナイ先生が戻ってきても私はずっとここに居るわよ?」
「えっ?」
またしても意外な言葉にセシルは戸惑う。
「さっきも思ったけど、もしかしてセシルは何も聞いてないの?」
「そうですね。シュナイ先生はあの通りの人だから」
口下手で寡黙。まさか必要な事を何も言わずに行ってしまうとは。
(もしかしたらシュナイ先生にとっては些細な事かと思ったかもしれないな)
無口過ぎるシュナイに腹が立ちつつも、どこかで仕方ないかという諦めが生まれる。
とりあえず仕事の前に情報のすり合わせが余儀なくされた。
「あぁ。サミュエルに聞いたがあちらにいる王宮医師の義手の知識が凄いそうだ。会って話を聞いてくる」
突然のシュナイの言葉にセシルは慌てた。
「待ってください。先生とサミュ兄が抜けて、僕だけで支えろと?」
王宮にはもちろん他にも医師がいる。しかし王族に触れられるものは少ない。
今まではシュナイともう一人の女性医師がいた。
しかしその女性医師は高齢を理由に退職をし、時折王妃のアナスタシアを診るだけである。
なのでサミュエルとセシルが育つまではシュナイがほぼ一人で見ていた。
「大丈夫。応援は頼んでいる。彼女と共に頑張ればいい」
(彼女、という事は退職された女性の事か?)
王族を診るのに会った事もない人は呼ばないだろう。
王妃の定期健診の時だけは高齢の女性医師が特別に来て診察をしてくれていた。
「助かります。僕はまだ若輩者ですから、一人ではまだ不安で」
誤診や誤薬で万が一王族に危害を加えてしまったらと思うと、気が気でない。
自分が刑を受けるのは良いが、王族の人たちの命が失われるような事があれば何度詫びても足りないものだ。
セシルには知識があっても経験が圧倒的に足りない。
物心ついたころからシュナイに教わってきたサミュエルと違い、セシルはそれなりの年齢になってから師事したのだ。
年もまだ若いので知らない事も多い。
「では俺が戻るまでは彼女と共に頑張ってくれ」
そう言うとシュナイはカルテのある場所や薬品の位置、そして何かあればすぐに通信石で連絡をと言い、出かける準備に入る。
「さすがに緊張するなぁ」
シュナイがいない朝、セシルの気持ちが高ぶっていた。
自分がしっかりしなければと意気込んで、医務室の扉を開けようと鍵を差し込む。
「?」
手ごたえがない。
この鍵はシュナイから預かっており、他に入れるものをセシルは知らない。
しかも早朝だ。
おかしいと思ってゆっくりと扉を開けると、そこには見知らぬ若い女性がカルテを見ていた。
「失礼します」
真剣な表情でカルテを見ている女性に声を掛けると、彼女もまた気づいたようでセシルを見る。
淡い蜂蜜色の髪に藤色の瞳、白衣を着た女性は驚きに満ちた顔でセシルに近づいた。
「大きくなったわね」
「わっ?!」
急に抱きしめられ驚いた。
ふくよかな胸が体に当たり、甘い香りが女性からする。
恥ずかしい、というよりも急に抱きしめられたという困惑の方が強い。
セシルは青褪めていた。
「久しぶりね、セシル。随分と成長したわね」
「待ってください、とりあえず一旦離れてください」
女性の体を優しく押して離れてもらい、改めて顔を見る。
「すみません、お名前を伺ってもよろしいですか?」
見た事がある様なない様な。
セシルは失礼かと思ったが正直に聞いた。
彼女は知っているようだが、セシルは覚えていない。
「そうね、まだ子供だったし、あれから会う機会はなかったからね」
少しだけ寂しそうにしながらも女性は名前を告げる。
「ジュエル=マイアーよ。会ったのは十年前かしら?」
その名を聞いて顔を見て、しばし考え込む。
「……何となく思い出しました」
シュナイの元に来て間もない頃に、高齢の女性医師と連れ立ってきていた若い女性、多分それがジュエルだったと思う。
「随分と雰囲気も見た目も変わりましたね」
あの頃はもっとつんけんしていて、サミュエルと共に睨まれていた気がする。
それが今はこのように柔らかい表情で、セシルとの再会を喜んでくれていた。
どういう心境の変化なのだろうか。
「あの時は私も若かったからね。シュナイ先生の側にいるあなた達が羨ましくて、ちょっと意地悪を言ったの。ごめんなさいね」
「ちょっと、でしたか?」
『シュナイ先生は私の師匠よ! あなた達だけの先生じゃないんだから!』と、怒鳴られた記憶が思い出される。
「若気の至りね。あの後レベッカ先生に怒られたわ。子ども相手にみっともないって」
思い出したようにクスクスと笑っているが、セシルとしては腑に落ちない。
「まぁいいです。ジュエル様、シュナイ先生が戻って来るまでよろしくお願いします」
セシルが頭を下げるがジュエルはキョトンとする。
「シュナイ先生が戻ってきても私はずっとここに居るわよ?」
「えっ?」
またしても意外な言葉にセシルは戸惑う。
「さっきも思ったけど、もしかしてセシルは何も聞いてないの?」
「そうですね。シュナイ先生はあの通りの人だから」
口下手で寡黙。まさか必要な事を何も言わずに行ってしまうとは。
(もしかしたらシュナイ先生にとっては些細な事かと思ったかもしれないな)
無口過ぎるシュナイに腹が立ちつつも、どこかで仕方ないかという諦めが生まれる。
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