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第190話 繋がる未来

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「ミューズ様が来てくれるならば、ぼくも何とかなりそうです」
 ほっと胸を撫でおろした。

 こう見えてずっと不安を感じていて、それがようやく解消されそうなのだ。

「任せて頂戴。とはいってもそこまで大したことは出来ないけど」
 マオよりもほんの少しだけ先なだけで、正直そんなに手慣れているわけではない。

「側にいてくれるだけで嬉しいのです」
 母親のいないマオにとって、ミューズは数少ない頼れる女性だ。

 皆もそわそわしているのを見て、改めてリオンが報告をする。

「手紙でも知らせておりましたが、この度マオも子どもを授かりました。どうか皆さまにご教示頂けると幸いです」
 リオンの言葉で部屋中が祝福とそして喜びで満ち溢れた。

「この子たちの従兄弟がまた増えるのは嬉しいわ、とても楽しみ」
 レナンの目からは涙があふれている。

 生まれてくるまで性別はわからないが、絶対に可愛い。

 大事な大事な義弟と義妹の子なのだから。
 いそいそと産着を渡す準備をする。
 
「次期皇帝になるかもしれない子か……楽しみだな」
 エリックが不穏な笑みを浮かべ、二コラにしがみついている息子を見る。

 アイオスは急に父親に鋭い目を向けられ、びくりとしていた。

 赤子ながらに何かを感じるようだ。

「アイオスと共に良き師匠を付けてあげよう」

「いえ、男の子かもわかりませんし、帝王学を学ばせるかもまだ決めていませんよ?」
 本人が望めばだが、それもわからない。マオのように自由を求めるかもしれないので共和制を目指したいのだが。

「学んでおいて損はないだろう。どちらにしろ国を変えるのは困難だ。その子の代ではまだ追いついていないと思うぞ」
 確かにそうかもしれないが、エリックの目が怖い。

「兄上、落ち着いてください。確かに帝国に対して責任を持つのは大事ですが、親はリオンとマオです。今後については二人がしっかりと決めるでしょうから」
 ティタンが間に入り、場を収める。

「それに今は外交の関係ない私的な場ですから。もっとこう気楽な雰囲気にしましょう」
 為政者としてのエリックは効率を求めすぎるあまり、時折感情を置き去りにしてしまう。

 その点はなかなか困ったものだ。

「リオンもだいぶ成長したが、ティタンも大きく成長したな」
 息子たちの成長を間近で感じられてアルフレッドは喜ばしかった身体面ではなく、こうした場の空気を読むことに長けてきた。

 リオンがいなくなり、やらざるを得なくなったのもあるが、もともと優秀な兄弟の中で育ってきたのだ。やればできることも多い。

 ただ優秀な兄と弟に挟まれていて翳んだ部分も多くあり、その為に本人もその方面の勉強にくじけたのもある。

 今や子どもも生まれ、自分の領地も得た。
 その事で自覚も芽生え、前よりも穏便に事を澄ますようになっている。

 やや大雑把だし、筋肉で解決しようとするところは残っているが。

 静かに皆の様子を見ていたアナスタシアも口を開く。

「そうね、それにお嫁ちゃんたちもだいぶ美しくなったわ」
 皆大きな試練を乗り越えて心の強さを手に入れた。

 そしてたっぷりの愛情を受けることで自信が付き、内面の成長でますます外見にも磨きがかかったのだ。

「私の自慢の息子と娘達ね。ありがとう、アルフレッド」
 このような日が来るとはまさに夢のようだ。

 それまで仲が良くも悪くなかった国から立て続けに攻め入られ、そして皇帝を討ちにいった息子が死にかけて帰ってきた。

 その衝撃は覚悟をしていたアナスタシアでも卒倒するほどであった。

 そしてレナンの力やミューズの母親、そしてリオンのその後など大きな課題に翻弄され、アルフレッドと力を合わせ、ようやくここまでの平和を取り戻すことが出来た。

 今のこの和気あいあいした場を作るのにどれだけ皆が尽力したかわからない。

 でも確かなことはある。

 今この場のいる皆は幸せに包まれていると。






 その後の平和は長く続いた。

 アドガルム国内で小さな小競り合いはあったものの、どれも取るに足らない規模のもので皆が力を合わせ、対応に当たったことで事態は大体すぐに鎮静化される。

 優秀な人材が揃っていることもあり、大きな戦が起こることはもうなかった。

 かつての氷の王太子エリックはアドガルムの王となり、その手腕で国を治めて行った。
 新たな交易路をどんどん開拓し、そして国が豊かになるよう尽力していた。

 その国王の隣にいる王妃は常に穏やかに微笑んでおり、怒ることなどないと言われるほど優しかった。
 人前で泣くことも無くなり、感情を露わにしないようになっていったが、楽しい事、嬉しい事は全力で感情を表わしていた。

 それは前王妃アナスタシアと同じである。

 悲しい事、つらい事は表に出さず、楽しい事や嬉しい事は国民と分かち合う事を心掛けた。

 人前に出ることが苦手な国王であったが、とあることをきっかけに民達の人気を得て、ますます人前に出ることが嫌になる。

 それでも愛する王妃の手前、その事は言えず、妻を喜ばせたい一心で尽くしていった。

 王妃の笑顔に比べれば自分の悩みなど些末であり、また王妃から褒美をたっぷりともらえるならばと、すぐに嫌な気持ちは吹き飛んだ。

 エリックが求めた褒美は、愛情を一心に受けて欲しいと言うもの。

 二人は末永く幸せに暮らしていった。





 臣籍降下し新たな生活を始めたティタンは外交とそして、新たな騎士団の設立に力を注いだ。

 平和な日々が続いていてしばらく争いなどは起きる予兆もなかった。

 だからこそ体制を整え、自分がいなくても戦えるよう後任の育成に当たったのだ。

 力には自信はあったが、魔法に対しての耐性と知識のなさも反省した。

 その為に魔術師に頼るばかりではなくもっと知識を持った方がいいと、そして魔術師との連携の在り方も見直そうと思った。

 それ故にシグルドやロキと話すことが増えた。

 妻であるミューズの親類という事で以前よりも親しく話すようになる。

 そんな風に頻繁に彼らに会って話をし、時に屋敷で手合わせをしている内に、なんと娘のセレーネが騎士に憧れを持ってしまったのだ。

 そこからは騎士になると言ってきかず、何度禁止しても剣を持ち出すようになってしまったのだ。

「困ったわね」
 ミューズは特に反対はしないが、ティタンが猛反対をしているのだ。

 危ない世界だ、父親として首を突っ込ませたいわけがない。

 だが余りの娘の頑固さと妻の説得で結局ティタンの方が折れるようになる。

「守られたいんじゃないの。女だって、好きな人を守りたいものよ」
 決意の固い目を見てティタンは何も返せなくなる。

 かつてミューズもそうだったが、覆すことは出来ないと思った。

 力づくで止めようとしてもきっと聞いてはくれないし、何があっても意見を変えることはない目だ。

 かつて鬼神のようだと恐れられた男性も妻と娘には弱かった。






 年若い皇帝はここ最近悩んでいた。
 皆の尊敬を一心に集める皇帝は普段の様子とは全く違い、一人の父親として苦悩していた。

「最近息子が冷たい。僕ってもしかして嫌われてる?」
 妻の膝枕を受けながらそんな悩みを零した。

 そんな事はないと妻に慰められるが、腑に落ちない。

 父親の自分よりも従者のカミュとの方が仲が良く、楽しそうに話をしているのだ。

 部下に嫉妬する夫に苦笑しながら、マオは青い髪を梳いて宥める。

「それとなく聞いておきますから、今日はもう休むです」
 このような大きな国を統べる皇帝でも中身は普通の人だ。悩みだってある。

 そんな様子に思わずくすりと笑ってしまった。

「うん……」
 マオの促しに素直に頷いた。

 外見が成長しても年を重ねても、時折見える子どもっぽさは変わらない。
 それが自分にしか見せられないものだと言うのは嬉しいものだ。

 寂しがるリオンを慰めるためにたっぷりと抱きしめ、愛情を伝え、ゆっくりと休ませる。

 後日息子のノワールに聞くと、傍目から見て非の打ちどころがないリオンに、どう接すればいいのか分からなかったそうだ。

 ノワールに父親として不甲斐ない姿を見せてはいけないと、頑張り過ぎたのが良くなかったようで、それを聞いて項垂れた。

「つまり頑張り過ぎて引かれたって事?」
 マオの前やカミュの前では弱みを見せるが、ノワールの前では見せない。

 それ故にノワールは萎縮し、敬遠したようだ。

 色々な勉強をしてきた皇帝でも父親業はまだまだ初心者、これからはもっと本心を話し、親子の関係を密にしようと心に決めていく。





 元が政略結婚であったとは思えない程仲睦まじい関係を続けながら、三組の夫婦は幸せを掴むために努力した。

 時に悩み、話し合い、相手の事を思って問題解決を行なっていった。

 そんな主君の様子に感化され、彼らの部下たちもそれぞれの幸福を夢見て、思い思いの道を見つけていく。

 幸せの連鎖が広がることは、国の繁栄にも広がっていった。

 争いが亡くなることはないが、減らすことは出来る。

 力あるものが人の為に何かを為すのは当然だという考えがあるからこそ、アドガルムはけして屈しなかった。

 性格や見た目、考えが違くともその考えは同じであった。

 そして愛するものを必ず幸せにすることは絶対の誓いだった。





 冷たい氷は温かな光に溶かされ、怖い鬼は可憐な花を愛でることを覚え、そして一途な青い蝶は気まぐれ猫に振り回される。

 戦は終わり、平穏が訪れた。







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