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第175話 勝利
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「レナン様、これを」
おずおずとミューズから差し出されたのは一つの魔石だ。
「これは?」
「ルビアの魂の力が封じられた魔石です。母がこちらの魔石を使えば、少なくなった魂の補填を出来ると話していまして」
レナンはそれを受け取り、少し躊躇する。
(これを使えばエリック様の力の回復に役立つ、でも)
他の女がエリックの体に入るのは嫌だ、と思ってしまった。
「レナン様、どうされました?」
皆が心配そうに見つめているのを感じ、レナンは意を決した。
「何でもないわ。大丈夫、エリック様はわたくしが助けます」
魔石を握りしめ、エリックの為に祈る。
(わたくしの力もエリック様の元へと届きますように)
エリックと触れた時の感覚を思い出し、エリックの為に力を注いでいく。
魔石は音もなく崩れ、砂のようになって散った。
「エリック様……」
レナンの声掛けに僅かに瞼が動く。
「レナン……」
翠色の双眸がレナンを真っすぐに見つめる。
力なく上げられた手をレナンはすぐさま握りしめた。
「ここは、現実か……あぁきちんと体があるな」
レナンに握られている手や、自分の体を見てエリックは安堵の息をつく。
暗い空間の中で、徐々に消えていく自分の体を見て、恐怖を覚えた。
(このまま何も出来ず死ぬのか?)
二十数年生きてきて、思い出されることはいっぱいあるはずなのに、脳裏をよぎるのはレナンの事ばかりであった。
「君を悲しませることにならなくて良かった……」
泣き笑いの表情をしているレナンを見て、そして皆の顔を見てホッとする。
「皆も迷惑をかけてしまってすまない、そして助けてくれてありがとう」
謝罪をし、素直に感謝を述べた。
「凄まじい状況だな……体を盗られていたとはいえ、これほどの魔法をを放ったとは」
そりゃあ力も尽きるだろうと言わんばかりの周囲の有様に苦笑する。
部屋中凍り付き、未だ氷像と化しているものも多い。
「二コラも、すまないな」
早く助けて上げねばと起きようとするが、体が動かない。
体力も残っておらず、一人では起き上がることも出来なかった。
「兄上、失礼します」
身動ぎをするエリックの頭の方に回り、ティタンが上体を起こしてあげた。
「最後まで兄様に頼ってしまってごめんね」
魔力回復の薬を渡され、エリックは静かに飲み干した。
「全然足りないだろうけど、僕も補助するから」
レナンが握る手の反対側に手を添え、リオンは魔力を込める。
少しでも広範囲に、そして無駄なくエリックの魔力がいきわたるようにと。
エリックは自身の放った魔法の解解除を行なった。
下がった温度は変わらないが、ようやく部屋中の氷が一掃される。
「急ぎ、皆を手当てしてくれ」
エリックはそう指示を出すと深く息を吐き、力なく項垂れる。
「兄上、大丈夫ですか?!」
後ろから支えるティタンの声が耳に響く。
「大丈夫だ、安心して気が抜けただけだから。それよりももう少し小さな声で話してくれ」
耳元での大声はさすがに辛い。
「エリック様、大丈夫ですか?」
レナンの気遣う声が心地よく耳に触れる。
「本当に大丈夫だ。けれどレナン、もう少し側で支えて欲しい」
いまは温もりを感じたかった。これ以上離れるのは耐えがたい。
「エリック様、無事でよかったです」
ボロボロになった二コラが立ち上がってこちらを見ていた。
その目には涙が滲んでいる。
「二コラは死ねない分、だいぶ辛い目に合わせてしまったな、すまなかった。俺がもっと強ければこんな目に合わせなかったのに」
「いいえ、エリック様が掛けてくれたこの魔法があったからこそ、こうして再び会う事が出来たのです。そして今生きているエリック様こそ勝者、あなたは本当に強い人です」
跪き、二コラは改めて忠誠を誓う。
「我が主よ、此度の勝利、まことにおめでとうございます」
その言葉に思わずぽかんとしてしまった。
「そうか、戦に勝ったのだな……」
大事な事なのにすっかり抜け落ちていた。
生き延びただけではない、全てが、戦いが終わったのだ。
「帰りましょう、兄様。アドガルムへ」
リオンがにこりと優しく微笑む。
「そうだな」
弟達に支えられ、エリックも立ち上がった。
足にも力も入らない。本当は今すぐに横になりたいが、まだだ。
休む前にまだ、エリックがしなくてはならない大事な仕事がある。
「皆のもの。帝国の皇帝は捕らえた。これにてこの戦は我がアドガルムの勝利だ、勝者は我々だ!」
エリックの宣言にて盛大に勝鬨が上がる。
やっと戦いが終わった。
おずおずとミューズから差し出されたのは一つの魔石だ。
「これは?」
「ルビアの魂の力が封じられた魔石です。母がこちらの魔石を使えば、少なくなった魂の補填を出来ると話していまして」
レナンはそれを受け取り、少し躊躇する。
(これを使えばエリック様の力の回復に役立つ、でも)
他の女がエリックの体に入るのは嫌だ、と思ってしまった。
「レナン様、どうされました?」
皆が心配そうに見つめているのを感じ、レナンは意を決した。
「何でもないわ。大丈夫、エリック様はわたくしが助けます」
魔石を握りしめ、エリックの為に祈る。
(わたくしの力もエリック様の元へと届きますように)
エリックと触れた時の感覚を思い出し、エリックの為に力を注いでいく。
魔石は音もなく崩れ、砂のようになって散った。
「エリック様……」
レナンの声掛けに僅かに瞼が動く。
「レナン……」
翠色の双眸がレナンを真っすぐに見つめる。
力なく上げられた手をレナンはすぐさま握りしめた。
「ここは、現実か……あぁきちんと体があるな」
レナンに握られている手や、自分の体を見てエリックは安堵の息をつく。
暗い空間の中で、徐々に消えていく自分の体を見て、恐怖を覚えた。
(このまま何も出来ず死ぬのか?)
二十数年生きてきて、思い出されることはいっぱいあるはずなのに、脳裏をよぎるのはレナンの事ばかりであった。
「君を悲しませることにならなくて良かった……」
泣き笑いの表情をしているレナンを見て、そして皆の顔を見てホッとする。
「皆も迷惑をかけてしまってすまない、そして助けてくれてありがとう」
謝罪をし、素直に感謝を述べた。
「凄まじい状況だな……体を盗られていたとはいえ、これほどの魔法をを放ったとは」
そりゃあ力も尽きるだろうと言わんばかりの周囲の有様に苦笑する。
部屋中凍り付き、未だ氷像と化しているものも多い。
「二コラも、すまないな」
早く助けて上げねばと起きようとするが、体が動かない。
体力も残っておらず、一人では起き上がることも出来なかった。
「兄上、失礼します」
身動ぎをするエリックの頭の方に回り、ティタンが上体を起こしてあげた。
「最後まで兄様に頼ってしまってごめんね」
魔力回復の薬を渡され、エリックは静かに飲み干した。
「全然足りないだろうけど、僕も補助するから」
レナンが握る手の反対側に手を添え、リオンは魔力を込める。
少しでも広範囲に、そして無駄なくエリックの魔力がいきわたるようにと。
エリックは自身の放った魔法の解解除を行なった。
下がった温度は変わらないが、ようやく部屋中の氷が一掃される。
「急ぎ、皆を手当てしてくれ」
エリックはそう指示を出すと深く息を吐き、力なく項垂れる。
「兄上、大丈夫ですか?!」
後ろから支えるティタンの声が耳に響く。
「大丈夫だ、安心して気が抜けただけだから。それよりももう少し小さな声で話してくれ」
耳元での大声はさすがに辛い。
「エリック様、大丈夫ですか?」
レナンの気遣う声が心地よく耳に触れる。
「本当に大丈夫だ。けれどレナン、もう少し側で支えて欲しい」
いまは温もりを感じたかった。これ以上離れるのは耐えがたい。
「エリック様、無事でよかったです」
ボロボロになった二コラが立ち上がってこちらを見ていた。
その目には涙が滲んでいる。
「二コラは死ねない分、だいぶ辛い目に合わせてしまったな、すまなかった。俺がもっと強ければこんな目に合わせなかったのに」
「いいえ、エリック様が掛けてくれたこの魔法があったからこそ、こうして再び会う事が出来たのです。そして今生きているエリック様こそ勝者、あなたは本当に強い人です」
跪き、二コラは改めて忠誠を誓う。
「我が主よ、此度の勝利、まことにおめでとうございます」
その言葉に思わずぽかんとしてしまった。
「そうか、戦に勝ったのだな……」
大事な事なのにすっかり抜け落ちていた。
生き延びただけではない、全てが、戦いが終わったのだ。
「帰りましょう、兄様。アドガルムへ」
リオンがにこりと優しく微笑む。
「そうだな」
弟達に支えられ、エリックも立ち上がった。
足にも力も入らない。本当は今すぐに横になりたいが、まだだ。
休む前にまだ、エリックがしなくてはならない大事な仕事がある。
「皆のもの。帝国の皇帝は捕らえた。これにてこの戦は我がアドガルムの勝利だ、勝者は我々だ!」
エリックの宣言にて盛大に勝鬨が上がる。
やっと戦いが終わった。
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