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第173話 殺意
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「だから奪いたかったのか」
地の底から聞こえる様な、絞り出すような声がした。
バルトロスの後ろにはエリックが立っている。
「レナンから離れろ」
後ろから首に腕を回し、そのまま力を込める。
「ぐ、うっ」
たまらずレナンから手を離したバルトロスは、激しい抵抗を見せる。
その隙にレナンは離れることができたが、
「エリック様!」
傷だらけながらも、エリックはバルトロスを掴んで離さない。
「俺の妻を口説くとは、極刑だな。償いはその命でしてもらうぞ」
「死にぞこないが……!」
バルトロスの肘打ちがエリックの腹部に入る。
「がはっ!」
エリックの腕が緩んだ隙に、バルトロスはエリックの体を突き飛ばす。
「エリック様!」
レナンは駆け寄り、エリックに抱きついた。
「すまないな、心配をかけた」
「いえ、助けて頂きありがとうございます」
涙を流し、エリックに縋り付く。
自分のためにここまでしてくれたエリックをどうして責められようか。
「死に損ないが邪魔をするな、レナンは俺のものだ」
もはやその目は常軌を逸していた。
「何を勘違いしてるんだ?そもそもレナンは俺の妻でお前とは接点も何もない。なのに何故こんなにも執着する」
「その女が氷の王太子をも愛せる女だからだ。欠陥品の男すらも愛せるなら、それよりも優位な俺の事ならもっと愛すだろう。お前に体は返す、だから、その女を寄越せ」
「お断りだ」
エリックはレナンを後ろに庇い、拳を突きだす。
「そもそも俺の体だ。勝手に奪っておいてレナンと交換しろだなんて、虫が良すぎる。とっとと出て行け」
エリックが蹴りをくり出し、バルトロスを後退させる。
(レナンが回復してくれたのか? 体が軽い)
全快とまではいかないものの、だいぶ楽になった。
「レナンは俺の妻だ! 彼女を返せ」
記憶が体に引っ張られているのか、バルトロスは支離滅裂に喚いている。
死にかけている事で自我を保てなくなったか。
「違います、わたくしはエリック様の妻ですわ」
しっかりと否定し、レナンは集中した。
ここがエリックの体だとしたら、バルトロスがこれ以上暴れて負担になってはいけない気がする。
(バルトロスをここから追い出せばいいのかしら? でもそうなるとリリュシーヌ様のように、魂だけの存在でどこかに逃げてしまうかも)
放っておけば消滅すると言ったが、ルビアやレナンのような力を持つ者が他にもいるかもしれない。
「それならば……」
レナンは決意する。
「バルトロス!」
その名を呼び、彼の体に抱き着いた。
「「っ?!」」
男二人が対照的な表情になる。
歓喜と憎悪で。
「ははは、どうだ。レナンは俺を選んだ!」
嬉しそうに笑うバルトロスと、怨嗟の籠った目のエリックが対立する。
「そんなわけがない!」
何か意図があるのはわかるが、見ていて気持ちが良いものではない。
レナンはそんな男達のやり取りに目もくれず、心の中で唱える。
(集中、集中……)
リリュシーヌがやったことを思い出そうとしていた。
魂を純粋な力に変化させる方法を。
バルトロスの自我を消し、純粋な力に変えて、エリックの使い過ぎた魂の補充に当てようと考えた。
自我を消す、つまりバルトロスを殺すことになるのだが、レナンも覚悟を決める。
「エリック様の為ならば、何だって出来るわ」
「ぐっ?!」
急激な体の痛みにバルトロスは呻いた。しかし体に力が入らない。
だんだんと感覚がなくなっていく。
「何だこれは?」
「夫の魔力を使った分、返してもらうわよ」
バルトロスの体が段々と消え始め、ようやく自分は死に近づいているのだと気づいた。
「レナン、やめろ!」
そんな言葉を聞く気はない。
だが、死に怯えるバルトロスの声に内心で動揺が生まれる。
「止めるわけにはいかない、わたくしにとってはあなたよりもエリック様の方が大事なの!」
レナンは迷いを断ち切るように叫ぶ。
「エリック様が回復する為ならば、わたくしはあなたを殺します。あなたが死なないと、エリック様が死んでしまう。ならば」
レナンの手に力が籠る。
「わたくしは止めません!」
「レナン!!」
バルトロスの体がかき消え、そしてレナンの手に淡い光が残る。
「エリック様……」
呆然と立ち尽くすレナンをエリックは後ろから抱きしめる。
「すまなかった、つらい事をさせてしまって」
初めてレナンは人を殺した。
自分の意思で、明確に殺意を持って。
「わたくし、エリック様を助けたくて、力になりたくて」
声も体も震えている。
夢中だった。
けれどようやく事が終えて、自分のした事、そしてバルトロスのあの目が忘れられない。
死にたくないと懇願し、絶望で彩られたあの目を。
「いいんだ。あいつはどちらにせよ死ななくてはいけないものだったのだ」
口にしてから気づく。
そういう事ではないと。
(あのバルトロスは死んでいい人間だ。しかし、それをレナンがするべきではなかった)
レナンの意図が分かったのはエリックの為に返せと言った言葉からだ。
恐らく使い過ぎた分の力をバルトロスから抽出するためなのだろうと思った。
だから止めなかったのだが。ここまでショックを受けるとは思っていなかった。
(俺自身が人を殺すのに慣れすぎていたな)
それ故そこまで考えが至らなかった。こうなってから気づくなんてと悔しい思いだ。
「わたくしが、バルトロスを……」
言葉の先が紡げないようだ。
自らの口で言うには重い言葉だろう。
「レナンだけがしたわけではない。だから」
形を変えて、まだあるバルトロスを差す。
「こいつの力を俺に寄こしてくれ。俺がその罪を背負う」
地の底から聞こえる様な、絞り出すような声がした。
バルトロスの後ろにはエリックが立っている。
「レナンから離れろ」
後ろから首に腕を回し、そのまま力を込める。
「ぐ、うっ」
たまらずレナンから手を離したバルトロスは、激しい抵抗を見せる。
その隙にレナンは離れることができたが、
「エリック様!」
傷だらけながらも、エリックはバルトロスを掴んで離さない。
「俺の妻を口説くとは、極刑だな。償いはその命でしてもらうぞ」
「死にぞこないが……!」
バルトロスの肘打ちがエリックの腹部に入る。
「がはっ!」
エリックの腕が緩んだ隙に、バルトロスはエリックの体を突き飛ばす。
「エリック様!」
レナンは駆け寄り、エリックに抱きついた。
「すまないな、心配をかけた」
「いえ、助けて頂きありがとうございます」
涙を流し、エリックに縋り付く。
自分のためにここまでしてくれたエリックをどうして責められようか。
「死に損ないが邪魔をするな、レナンは俺のものだ」
もはやその目は常軌を逸していた。
「何を勘違いしてるんだ?そもそもレナンは俺の妻でお前とは接点も何もない。なのに何故こんなにも執着する」
「その女が氷の王太子をも愛せる女だからだ。欠陥品の男すらも愛せるなら、それよりも優位な俺の事ならもっと愛すだろう。お前に体は返す、だから、その女を寄越せ」
「お断りだ」
エリックはレナンを後ろに庇い、拳を突きだす。
「そもそも俺の体だ。勝手に奪っておいてレナンと交換しろだなんて、虫が良すぎる。とっとと出て行け」
エリックが蹴りをくり出し、バルトロスを後退させる。
(レナンが回復してくれたのか? 体が軽い)
全快とまではいかないものの、だいぶ楽になった。
「レナンは俺の妻だ! 彼女を返せ」
記憶が体に引っ張られているのか、バルトロスは支離滅裂に喚いている。
死にかけている事で自我を保てなくなったか。
「違います、わたくしはエリック様の妻ですわ」
しっかりと否定し、レナンは集中した。
ここがエリックの体だとしたら、バルトロスがこれ以上暴れて負担になってはいけない気がする。
(バルトロスをここから追い出せばいいのかしら? でもそうなるとリリュシーヌ様のように、魂だけの存在でどこかに逃げてしまうかも)
放っておけば消滅すると言ったが、ルビアやレナンのような力を持つ者が他にもいるかもしれない。
「それならば……」
レナンは決意する。
「バルトロス!」
その名を呼び、彼の体に抱き着いた。
「「っ?!」」
男二人が対照的な表情になる。
歓喜と憎悪で。
「ははは、どうだ。レナンは俺を選んだ!」
嬉しそうに笑うバルトロスと、怨嗟の籠った目のエリックが対立する。
「そんなわけがない!」
何か意図があるのはわかるが、見ていて気持ちが良いものではない。
レナンはそんな男達のやり取りに目もくれず、心の中で唱える。
(集中、集中……)
リリュシーヌがやったことを思い出そうとしていた。
魂を純粋な力に変化させる方法を。
バルトロスの自我を消し、純粋な力に変えて、エリックの使い過ぎた魂の補充に当てようと考えた。
自我を消す、つまりバルトロスを殺すことになるのだが、レナンも覚悟を決める。
「エリック様の為ならば、何だって出来るわ」
「ぐっ?!」
急激な体の痛みにバルトロスは呻いた。しかし体に力が入らない。
だんだんと感覚がなくなっていく。
「何だこれは?」
「夫の魔力を使った分、返してもらうわよ」
バルトロスの体が段々と消え始め、ようやく自分は死に近づいているのだと気づいた。
「レナン、やめろ!」
そんな言葉を聞く気はない。
だが、死に怯えるバルトロスの声に内心で動揺が生まれる。
「止めるわけにはいかない、わたくしにとってはあなたよりもエリック様の方が大事なの!」
レナンは迷いを断ち切るように叫ぶ。
「エリック様が回復する為ならば、わたくしはあなたを殺します。あなたが死なないと、エリック様が死んでしまう。ならば」
レナンの手に力が籠る。
「わたくしは止めません!」
「レナン!!」
バルトロスの体がかき消え、そしてレナンの手に淡い光が残る。
「エリック様……」
呆然と立ち尽くすレナンをエリックは後ろから抱きしめる。
「すまなかった、つらい事をさせてしまって」
初めてレナンは人を殺した。
自分の意思で、明確に殺意を持って。
「わたくし、エリック様を助けたくて、力になりたくて」
声も体も震えている。
夢中だった。
けれどようやく事が終えて、自分のした事、そしてバルトロスのあの目が忘れられない。
死にたくないと懇願し、絶望で彩られたあの目を。
「いいんだ。あいつはどちらにせよ死ななくてはいけないものだったのだ」
口にしてから気づく。
そういう事ではないと。
(あのバルトロスは死んでいい人間だ。しかし、それをレナンがするべきではなかった)
レナンの意図が分かったのはエリックの為に返せと言った言葉からだ。
恐らく使い過ぎた分の力をバルトロスから抽出するためなのだろうと思った。
だから止めなかったのだが。ここまでショックを受けるとは思っていなかった。
(俺自身が人を殺すのに慣れすぎていたな)
それ故そこまで考えが至らなかった。こうなってから気づくなんてと悔しい思いだ。
「わたくしが、バルトロスを……」
言葉の先が紡げないようだ。
自らの口で言うには重い言葉だろう。
「レナンだけがしたわけではない。だから」
形を変えて、まだあるバルトロスを差す。
「こいつの力を俺に寄こしてくれ。俺がその罪を背負う」
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